02



 我々風魔の一族が代々まつる祠。それは扉こそあるものの、今まで一度として開いたことはない。何故ならただ一枚の木の板を彫って扉のように見せているだけなのだから。完全なる密室であるその祠の中から気配がしたことに私は首を傾げた。人間が入る入口などないのだ、中に何かが入れようはずがない。

 私と、次代の風魔小太郎である子供――達太郎の二人で祠を見る。何が起こるのか、何が入っているのか。まさか祠を破壊するわけにもゆかず見ておれば、扉が内側からぐいぐいと押された。開くはずがない。一枚板なのだから。そう、思っていたのに。

 ただの彫り込みであったはずの線が切れ、ガタリと言う音と共に開いた。達太郎も目を見ひらいてその様子を見ている。


「ぷはぁ」


 中から突き出てきたのは幼子の白く柔らかな手。今まで日の光を浴びたことがないように白いその手はペタペタと扉の周囲を探ると飛び出た床板を掴み、その頭と胴を引き出した。月のない夜のごとき黒髪はさらりと零れ、髪の隙間から覗く瞳は底に銀の散った紅だ。幼子特有のまろやかな輪郭は餅のようで、小作りな鼻や口が愛らしい。


「えっと、だーれ?」


 少女は私と達太郎を見比べ頭をコテンと横に倒した。髪が重いのかひきずられているようで四つん這いながら体勢を崩す。


「私は風魔小太郎、風魔の里の長でございます」


 私が臣下の礼を取れば達太郎もそれに従う。


「御遣い様を埃にまみれさすことは本意ではございません。――失礼仕る」


 不思議そうに首を傾げるこの少女は――天から遣わされた方に違いない。かのような幼子を遣わされた理由は分らないが、もしかすると我が里の子供の数が減っているのを憐れまれてのことやもしれん。私は御遣い様をそっと抱き上げる。軽い。


「どこ行くの?」

「我が屋敷へ。まだ幼くおられるのにこのような僻地へ来られるのは大変だったでしょう、湯を用意いたしますゆえ旅の塵をお流しください」


 見たところ五歳かそこらか。忍としての教育を受けた者でもなければ、この年頃の子どもと言えば騒がしく、品がなく、粗野なのが通常だ。しかし御遣い様は流石というべきか物腰丁寧で上品、箸よりも重いものを持ったことなどないだろう。

 達太郎に目配せし、先に帰り湯の用意をするよう命じる。達太郎は頷き駆けた。――達太郎こそ次代の小太郎に相応しいと再確認する。


「お名前をお尋ねしても良いだろうか」


 これから長い付き合いになるだろう、いつまでも堅苦しいままではこの幼い御遣い様もお辛いことだろう。私はさきほどより少し言葉を崩して御遣い様を覗きこんだ。


「螢です、こたろーさん」

「螢様ですか、良い名前ですな」


 屋敷にゆっくりと歩いて帰れば湯の用意ができており、女にまかせて達太郎を呼びつけた。御遣い様――螢様を天へ帰さぬよう、私は何でも利用するつもりだ。達太郎が螢様を見た時に煌めいた光を、私は見逃していなかった。


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