01



 思えばつまらない人生だったと思った。









 私は親に好かれていなかった。私も親が好きではなかった。僅かにいるという、腹の中にいた時の記憶がある子供、それが私だった。

 母と父は所謂出来ちゃった婚で、胎内で私の自我が芽生えて数カ月、父は「こんなはずじゃなかった。オレ達には子供はまだ早い、墜ろさないか?」など言っては母を不安にさせていた。今から考えれば父も母も子供を育てるには若すぎる年齢だったが、胎内の私にとっては恐ろしいこと以外の何でもなかった。もし墜ろされたら……死んでしまう。

 だから、大きくなった時に聞いてしまったのだ。私って要らない子だったの? と。

 今考えれば馬鹿なことを聞いたものだ。胎内での記憶があると知った両親は私を怖がった。私は私で自分の首を絞めたのだ。

 だが幼い子供が、自分の存在を否定される言葉を何度も聞かされて不安にならないだろうか? 生まれた後は私を可愛がっている様子の父だったが、生まれてしまったから諦めたのではないか? 心の底では今でも要らなかったのにと思っているのではないか? そんな考えがずっとしこりとして頭の中にあった。

 両親は『記憶がない』弟を猫可愛がりしている。『望まれて生まれてきた』弟は我がままで、全てが自分の思う通りにならなければ満足できない性質だ。あれが果たして将来矯正されるとは思えない。







 さて、話は変わるが今の状態を説明しよう。端的に言えば、マンションが火事だ。火の元が二階だか一階だかは知らないけれど、とりあえず下の階から火が上っている。

 ヒソカ少年が消えてしまって数日が過ぎ、学校が明日からまた始まるのを考え寝溜めしようと今のソファーで寝ていた私が目覚めた時、火はもう逃れられないほど身近に迫っていた。

 急いで窓を開けたが、逆に火の勢いを増しただけ。だが一酸化中毒死はまぬかれるはずだ。広くはないベランダに出れば、下の階のベランダから上がる火柱に降りられないことを知る。逃げ場所は、ない。

 家の中に引き返し、無事だった台所の蛇口を捻った。良かったことにまだ水が出る。タオルに水をかけて口元に当て、流しの食器を漬けるボウルに水を張り頭から被った。まだ死ぬ気はない。まだ死にたくない。出来うる限りの全てをして、生にしがみついてみせる。

 今気付いたことだが、外ではサイレンが鳴り響いていた。動転のあまり聞こえていなかったらしい。助かる、か? いや、助かってみせるんだ。

 ベランダに出ようと居間を通り抜けようとし、気付いた。ソファーの横に置きっぱなしのカバンと、それについたキーホルダー。キーホルダーを取りポケットに突っ込んだ。

 結果を言うならば。私は助かり、両親は弟を連れ帰国した。保険金が出るとはいえ炎上した我が家、大家が探してくれたワンランクもツーランクも下のマンションに三人は今暮らしているという。

 必死で助かる道を探した私は今、入院している。十日ほどで退院して良いそうだ。

 新聞に、軌跡の生還者だとかと持ち上げられた形で載った。雑誌の記者も来て、取材して行った。週刊誌にはちょうど良いネタだったに違いない。明日退院、という日に、両親が見舞いに来た。見舞いになのかただ顔合わせになのか。


「貴女がいなけりゃ、私たちは向こうにいられたのに」

「何で火事になんか巻き込まれた」


 傷付きはしなかった。が、疲れた。看護婦さんに何枚か便箋を貰い、手紙をしたためる。宛先はとある雑誌社。中堅の、だがなかなか愉快な雑誌社。今までのことを全部――覚えていることを書いた。胎内での記憶があること、親とは冷えた関係であったこと、退院前に告げられた言葉。

 最後にこう締めくくった。











 これをネタに記事を書くも良し、しないも良し、そちらのご自由にどうぞ。ですが、私の様な人間がこれからいなくなることを願います。

 私は舌を噛み千切った。最後に握り締めていたキーホルダーが何故か、火傷しそうなほど熱かった。


1/12
×|次#

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -