05
生まれ変わる前から喧嘩は好きだった。女のくせにとか男女とか色々言われたけど、そんあのが気にならないくらい『喧嘩』は僕にとって魅力的なモノだった。
訓練室の横に設置された控え室。流れ弾で怪我をするかもしれないと言って沢田綱吉に連れられそこに入った。防弾ガラス製の窓から雲雀恭弥とリボーンの戦いを見つめてると、沢田綱吉が話しかけてきた。――戦いに集中したいのに、何の用なのさ。
「××君」
「何」
「××君は、怪我がすぐに治るって聞いたよ」
「そう操作されたからね」
「痛覚もないんだって?」
「ないんじゃないよ。能動的に信号を遮断できるだけで」
一体何を聞きたいのかさっぱり分らない。沢田綱吉を見上げれば泣きそうな顔をして僕を見ていた。――なんだ、そういうことか。
「同情されても嬉しくなんてないよ」
きっと、僕に本当の意味で『同情』できるのは六道骸と柿本千種、城島犬だけだ。理不尽な目に遭った者の気持ちは、同じ目に遭った人間にしか分らない。表面的な部分をなぞるだけの『同情もどき』なんていらないんだよ。
「僕は今雲雀恭弥と一緒にいる、それだけが僕の現実だよ」
――もしあの時六道骸が僕を引き取りたいと言ったら、僕はついて行くつもりだった。他のどんな人間よりも僕と六道骸は近かったから。でもそれと同じくらい僕は理解していた……六道骸が僕を引き取れないことを。
「誰しも直視したくない過去がある。それをわざわざ指摘するのは嫌味でしかないと思うね」
六道骸にとって楽しいとは言い難い思い出を引きずりだす存在である僕を、どうして彼が傍に置きたがるだろう。雲雀恭弥が僕を引き取ることができたのはひとえに、無知であるからだ。無知は罪じゃない、知ろうとしないことが罪なのだと人は言う。けどそれは違う――知る必要のないことを知ろうとしないのは、罪じゃない。雲雀恭弥にとって僕の置かれていた境遇は知る必要のないことだ。どれだけ苦しんでいたかなんて雲雀恭弥には関係ない話だからね。
「沢田綱吉、君は僕の境遇を知ってどうするの? もう研究所はないんだよ」
研究所がまだあると言うなら僕の話を原動力に怒りの拳を振うこともあるだろうけど、もう研究所はない。なら、知ってどうするの?
沢田綱吉は眉根を寄せた。苦々しい表情じゃなくて困ったような顔になってる。
「オレは、知らなきゃいけないんだ。マフィアの闇がどれほど酷いかを……オレが背負うものとして」
どうやら沢田綱吉は心優しい人間みたいだね、僕にはまるで真似できない。
「研究所はボンゴレの傘下のマフィアのものだったの?」
「――違う! それは違うよ!」
「なら何故君がその責任を負う必要があるの」
「だって、それは――オレがボスだから」
『いつも眉間にしわを寄せて拳を振うボンゴレ十代目』ね。
「君は全てのマフィアのボスにでもなったつもりなの? 君の目が届かないところでは僕を生み出したような研究なんていくつもなされてるだろうし、人体実験で死んでいく人間もごまんといるだろうね。で、それのどこが君の責任なわけ?」
「オレは、イタリア最大のマフィアのボスで、だからこそ監督しなきゃいけないんだよ」
沢田綱吉の表情は引き締まり、なるほどリーダーらしくカリスマがあった。
「君はボンゴレのボスだ」
「ああ」
「最後まで見捨てちゃいけないのはボンゴレファミリーだよね」
「そうだよ」
「今、ボンゴレを見捨ててるって分ってる?」
「――え?」
雲雀恭弥とリボーンの戦いに目を向けていた沢田綱吉が僕を勢いよく振り返った。
沢田綱吉が責任を負うべき対象はボンゴレファミリーだけのはず。傘下のファミリーはそれぞれのボスが責任を負えば良い。だというのに敵対ファミリーの責任まで負ってどうするの? これは戦いなんだよ、敵に人権を認めちゃいけない。相手は人間じゃなくて狩る対象だ。
「それってどういう――」
「君は仲間のことだけ考えてれば良いんだよ」
沢田綱吉はまだ若い。十代目に就任してから数年の今なら間に合うから。
僕は控え室と訓練場の間の扉を開けた。
「次は僕とだね」
満身創痍の二人に向かってそう言えば、十分休ませろと返ってきた。
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