HERO-TVのほぼ独占だったヒーローの解放のおかげで、ヒーロー業界は今までになく活気に満ちていた。ヒーローカードの販売やフィギュア、ゲーム等々、ヒーロー業界は無限大の可能性を秘めている。――つまり、ヒーロー関連のものを売ればぼろ儲けという方程式が成り立っているということだ。それまであってないようなものだったヒーロー協会はウハウハで、マーベリック会長もようやっと努力が報われたからか、このムーブメントの起爆剤になったオレに礼状を送ってきた。別にいらんかったけど、捨てるのは可哀想やし額に入れて飾っといた。

 ヒーロー協会が、市民がよりヒーローを身近に感じられるようにと色々と打ち出した企画の一つであるヒーローブログの更新状況だが、オレ以外はほぼ更新していない。じいさんはいまいちブログの意味分かっていないし、ナイジェル先輩はブログに書くようなことがないらしいし、清四郎先輩は機械音痴だ。公式ブログでまめに書いているのはオレくらい――時々ナイジェル先輩が思い出したように更新して、じいさんは息子さんの代筆で週に一回その週にあった事件の感想を更新しているだけだ。報酬は一更新ごとに3シュテルンドルという微妙な値段だが、一日5〜6回更新すればその日の三食代が出る。報酬が欲しくて更新しているわけじゃないが、くれるというならもらうのが関西人の関西人たる由縁だ。

 ――では、ベッドの上でごろごろしながら由里子ことユリウスがお送りいたしました。次は台所のユリウスさぁん、お願いします!


「何やってんにゃろ、オレ」


 アホちゃうか、と鼻を鳴らして起きあがる。ヒーローなんて大変なお仕事をしているオレは健康第一、できる限り早寝早起きが基本である。時刻はすでに八時半を回っており、明るすぎて眩しい日光が窓から差し込んでいる。ベッドの中でうだうだするのも良い加減に止めて起きた方が良いだろう。


「朝飯作らななぁ……面倒くさっ」


 今日はインスタント味噌汁と冷やご飯、明太子と納豆と海苔で済ませようかねぇ。関西人なら味付け海苔は当然やんな。

 しょぼしょぼする目を擦りながらベッドから転がり降りる。ベッドの端からわざと落ちて四つん這いになり、のろのろと洗面所へ向かう。今のオレは人間様の尊厳とか一切無視や、しゃあないやん人間かて動物やもん。

 洗面台にすがって立ち上がり、プラスチックの桶に水を張り顔を洗う。関西人の節約術をなめたらあかん――エアコン代節約のために一日中環状線で回り続けるとか、市内だとシルバーは博物館・美術館入館無料だから中に入って涼むとか、洗剤ケチってあんまり泡立ってないスポンジで食器洗うとか、うちのオカンら平気でしとったし。その代わり食材にはうるさいんやけどな。

 日常生活で一番何をどうするかと言えばスーパーでの買い物だが、一つの店だけで買うなんてことは先ずしない。高めだが良い食材を置いているラッキー・パントリー、全国規模のチェーンを生かした品ぞろえのダイエー、服から食材から日常生活必需品を広く扱い、社長の娘が(元?)相撲取りの嫁であるせいか何故か鍋の品ぞろえが良いコノミヤ、安売りが目玉のナカガワ。しかしシュテルンビルトにこれらのスーパーがあるわけがない。いくつものスーパー巡りをして、それぞれの特徴別に買い物してるのだ。はっきり言って面倒――でも財布の中身には限界があるもので、細々とした節約により一ヶ月240シュテルンドル(1シュテルンドル=85円換算)生活(水高熱費含む。家賃別)を送れてる。ここでさっきの一更新につき3シュテルンドルの報酬云々を考えてみよう。だいたいオレは一日に四五回は更新するが、気分が乗らない時は二日三日空く。で、たとえば一ヶ月に二十日一日あたり四回更新したとすると240シュテルンドルが入るということになる。するとあら不思議、食費・水高熱費とブログ収入が一致するのだ。がめついというなかれ、これが商人の血なのである。

 顔を洗った後の水はベランダのキュウリに遣ったあと冷蔵庫の冷やご飯をレンジに突っ込み、お湯を沸かしインスタント味噌汁の用意をする。用意といっても小分け包装の味噌と具をお椀に絞り出すだけだが。竹の割り箸を五センチほど水の入ったコップに突っ込み、納豆と明太子を取りだそうと冷蔵庫のドアを開けた。豆腐が目に付いたから冷や奴を増やすことにした。味噌、納豆、豆腐……大豆のオンパレードや。そして冷や奴には醤油もかける。まさに大豆×大豆=神。お湯が沸くまでの数分の間にパンツ一丁になり、洗濯籠にシャツもパジャマも突っ込んだ。そしてジーパンだけ履いて台所へ戻る。

 量が少ないからすぐに沸いたお湯をお椀に注ぎ、茶碗をレンジから取り出すとコップから割り箸を抜いて水をまたキュウリに遣る。昨晩作った麦茶を代わりに注いでテーブルに置いた。チャンネルの電源ボタンを押しテレビを付けた。国営放送のお姉さんが街中を歩き、すれ違う人にマイクを向けている。

 割り箸を水に浸すのは修学旅行やキャンプの度に友人から変だと言われてきた。が、水を含ませると箸におかずがくっ付きにくくなるからねぶり箸をせずに済むのだ。お化粧に気を使ってるお姉さん方もしてみたらエエで、口紅も付かへんから。


「いただきますっ」


 両手を合わせてそう言ってから箸を取り味噌汁に取りかかる。先ず味噌汁から食べるというのも箸先を濡らすのが目的だ。それがあとから作法になったんやで。

 ニュースキャスターの可愛いお姉さんが屋台のような小ぢんまりとした店に足を向ける。暇そうな老婆が店番をするそこはヒーローグッズの小規模店舗らしい。台に並べられているのはオレ達のカードだったり音声付目覚ましだった。流石レジェンドのじいさんのカードは残りわずか。クリアカッター先輩は堅実に半分程度が残り、ほぼ減っていないんじゃないかと思われるバテリー先輩、と、オレ。デビューしてまだ数回しか出てないし、オレに関してはこの反応でも当然といえば当然と言える。せやけど……バテリー先輩の人気のなさは泣ける。ニュースキャスターがカードについて店番に訊ね、バテリーとエキセントリックの人気のなさを話す。エキセントリックへのフォローがキャスターにより入り、バテリーはあえてスルーされた。可哀想な先輩。

 納豆を海苔で巻いたり明太子を海苔で巻いたりしてご飯を食べ終え、たった三つしかない洗い物をシンクに置かれた桶につっこんで水を張っておく。オレの部屋には茶碗とお椀は三組ある――何が悲しゅうて一回一回皿洗いをせにゃならんのか? 一度で済ました方が洗剤も少なくて済むっつぅのに。ついでに皿洗いは昼飯の後だ。

 お茶を入れていたコップでうがいをして口の中に残っている納豆の粘り気をすっきりさせ、爪楊枝でシーハーしながらタンスから今日の服を適当に引っ張り出す。ラルフローレンさんとタイアップしてるおかげでポロとカッターは全部ラルフローレンブランドです有り難うございました。襟刳りの浅い白いシャツにピンクの三分袖のカッターを着て完璧。どこにも付け入る隙はないっ!

 今日は本社への出向もヒーロー関係の取材もない、犯罪さえ起きなければ一日フリーの日だ。カレンダーの今日の日付は赤いマジックで二重丸、月に二回あれば良い休日なのだ。だがじいさんもナイジェル先輩も清四郎先輩も今日は取材やなんやで忙しいらしいし、遊びにつきあってくれる心優しい友人は一人もいない。てか、ヒーロー関係者しか知り合いがいない。

 財布やハンケチを突っ込んだポーチを腰に巻いていざ出陣、とその前に『これから街をぶらぶらする。今人気やって聞くカード屋でも冷やかしに行ってみよーかなー。カード用に写真撮ったけど、先輩の撮影なんていつしたんかさえ知らんし。とりま数枚ずつ買ぉて後々プレミア付いた時にオークションに出したろ。サイン付きやったら高くなるやろな〜』とブログにアップし、携帯もポーチに突っ込んで家を出た。アベックが斜め下に見える階段で熱烈なチューかましとったのを目に入れへんようにしてエレベーターに逃げ込む。朝っぱらから視界の暴力や……。




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