あれから三日、何故か犯罪が一件も起きていないシュテルンビルト。――否、何故かという理由は分っている。エキセントリックによる私刑のせいである。

 撃たれるのは良い――のか知らないが、撃たれると分っていて犯罪を起こすのだから良いのだろう。捕まるのも良い――これもそうなのかは知るべくもないが、たいがいが逮捕されているのに罪を犯すのだから良いのだろう。しかし、私刑で後頭部を悲惨な目に遭わされるのは誰も嫌なようである。顔は摩擦によるやけどとコンクリートの凹凸でできた裂傷、後頭部も然り。そんな姿を見た者たちが目に見える悪事を控えるのはほぼ当然と言えた。

 我らが私刑執行人・エキセントリックは朝日がさんさんと降り注ぐ中、駄目な方向で魔改造された先輩・バテリーを救うためとあるゲーム会社の前に立っていた。普段のような口布ではなくサングラス装備で、隣には疲れた顔のバテリー……後藤・ジョシュア=清四郎を伴っている。クリスチャンの両親の間に生まれた彼はアメリカの血など一滴も入っていない。聖ジョシュアの日に生まれた彼は似合わないのにミドルネームがジョシュアであり、小学時代はからかわれたという苦い経験があったとか。


「ここが先輩の会社やねんね」

「ああ、そうだよ」

「なんかこの道みたいな返事やな」

「あーあ、そうだよー」


 あかしやの花が咲いている、と二人でハモる二人は同じ日系のためか急速に仲良くなっていた。母国とは遠い異国の地で仲間がいると思うと心強く、二人はエキセントリックの公式デビュー前から頻繁に酒屋に行ったり(お忘れかもしれないがユリウスは未成年である)と年齢を超えた友情を育んでいた。

 顔を隠してのヒーロー業とはいえ自社では流石に顔パスの清四郎だが、不審者です疑ってくださいと言わんばかりのサングラスに立て襟のコート姿のユリウスは来客者としてネームタグをもらわねば警備員に追い出されかねない。不躾な視線を送る受付係りにへこたれず、ユリウスは口元まで上げていたジッパーを下ろした。


「先輩の職場見学に来てん、ネームタグくれへん?」

「ハイ喜んでっ!」


 まるで居酒屋のような返事にユリウスは少しきょとんとし、苦笑しながらネームタグを受け取る。黒髪+美青年+関西弁という組みわせはシュテルンビルト広しと言えどユリウスの他にはなく、受付嬢は興奮を隠しきれぬままエキセントリックの背を見送った。だが彼女の心中は複雑であった。かの美青年ヒーローエキセントリックに会えて嬉しい。バテリーが連れて来てくれて嬉しい。――しかし、何故わが社はエキセントリックと契約しなかったのか? 上層部の考えなど知る由もないが、あんな四十代の中年よりも若くて恰好良くて少しワルっぽいのが素敵なエキセントリックの方が何倍も良い。


「俺、初めてあんな顔したの見たわ」


 清四郎は受付嬢の生々しい面を垣間見て腕を擦る。女とは恐ろしいものだ、良い男と見ればハンターの目をするのだ。清四郎はユリウスだけを映す受付嬢の瞳の奥に獰猛なライオンを見た。野性の世界では雄が雌にアピールするが、理性の世界では女が男を引きずりこむのである。まるで蟻地獄のように。


「女の人ってのはあんなもんやで、先輩」

「怖いな、女って。てか、お前まだ十七のくせして経験豊富かよ。この大魔法使い様に土下座して謝れ」

「いやいや、経験なんてないて。オレまだチェリーやもん」

「嘘こけ。外人の血が混じってるならセイチョー早いだろ、二重の意味で」

「ホンマやって。てか先輩下ネタ止めて、ここ会社内、人見てる」


 ユリウスと同年代同士の会話ならまだしも片方は四十路である。もしこの二人を尾行している者がいたとすれば清四郎の憐れさに涙が止まらなくなったに違いない。男は三十までさくらんぼを守れば魔法使いになれるのであるが、大魔法使いということは四十代後半である現在もなお「わーたしさくらんぼっ☆」であるということになる。出会いがなかったのかそれとも別の理由があるのか。唯一明らかなことは、熟年結婚でもしない限り老後が寂しいと言うことである。


「で、話変えるけど、そんなに開発部って酷いん?」


 清四郎はエレベーターの下向きの矢印ボタンを押し、木琴を叩いたような軽快な音と共に着いたそれに二人は乗り込んだ。車椅子が三台同時に入れそうな広さで、たった二人で乗り込むには広すぎた。ユリウスの質問に答えることなく清四郎は扉を見つめた。

 先ほどと同じ音がし扉が開く――地下三階にあるここは新設されたばかりのヒーロー事業部であった。陰鬱な薄暗い廊下に機械油の匂い、声は聞こえないものの奥には複数人の気配がする。


「酷い、ってもんじゃねーよ、あれは……」

「え?」


 ユリウスが清四郎を見上げた時すでに彼は歩き出しており、ユリウスは慌てて彼の後を追った。

 「ヒーロー事業部」という真新しい看板が掲げられた扉は埃っぽく、拭き掃除を何年していないのか疑いたくなるほどである。擦りガラスではないはずの窓は埃のせいで中の影も見えない。勝手知ったると言わんばかりに扉を開いた清四郎の後ろからユリウスは顔を差し込み、目を疑った。汚れきった白衣姿の男五人がテレビの前で正座をしている。両さんが「テッテッテレビを見る時は、部屋明るくして離れて見てね!」と注意していたことを忠実に守っているのだろうか、テレビから二メートルは離れた場所に座布団を敷き、そこにちょこんと正座待機――一体彼らは何を見ているというのか。テレビアニメらしく声優の特徴的な声が聞こえ、カラフルな光が画面から発されている。


「ディバイィン、バスタァァァァァァァァ!!」


 アウト、とユリウスの口が動いた。彼はこの瞬間理解してしまったのだ、この研究者たちが何を求めてNEXT能力者用ロケランなどを作ったのか。彼らはそう、夢を追い求めることで現実を見失ってしまったのだ。原作のレイハさんなんてスマートな形のものは科学技術的に難しいとしても、魔砲が見たかったのだ。ただそれだけの、ささやかな願いであったのだ。


「くっ……!」


 言いきれない切なさがユリウスの胸を突いた。彼は口元を抑え、壁にもたれかかって涙を一筋流した。


「O☆HA☆NA☆SHI☆したいの!」


 少女の声が室内に響く。ユリウスは思い出した。――そうだ、自分はお話しに来たのだった、と。彼は「またかよ」と頭を抱えてしゃがみ込んでいる清四郎の横をすり抜け、五人の座るおぜんの上からチャンネルを取って停止ボタンを押した。


「ああっ! 今良いとこだったのにぃ!」

「KYの登場間際とは貴様、プロか!?」

「レイハさんレイハさんレイハさん」

「誰だ観賞会を邪魔する奴は」

「フェイトたん萌え」


 怪しい言動の者が二人含まれているが、ユリウスはその二人は思考からシャットアウトして三人に話しかけた。サングラスを外し、ジッパーを下げる。


「オレはエキセントリックや……あんさんたちと話ししにきてん」

「エキセントリック? 誰だっけ」

「何の用だ、部外者は出てけ」

「レイハさんはぁはぁ、レイハさんが足りない!」

「リリなの観賞会に参加しに来たのか?」

「フェイトたんの生足スリスリしたいお」


 この返事を聞いた瞬間、エキセントリックは理解した。こいつらは駄目だ、と。特に後半三人の返事は絶望的である。


「バテリー先輩の後輩や。ついこないだデビューしたばっかの」

「――思い出せない」

「あれか。そういえばリストバンドを付ける時に会ったような気もしないではないな」


 反応したのはマシな二人だけで、あとはまた再生ボタンを押して観賞会を始めてしまう。仕事時間中のはずなのだが、問題にならないのだろうか。


「で、バテリー先輩の武器やねんけど、あれじゃ小回りが効かんねん。別のもっと小さめのレーザーを出す機械に出来ひんかってお願いに来たんや」


 バテリーが何故自ら言わないのか。それは、今までも何度も言い続けてきたが聞き入れてもらえなかったからである。しかしそれはほぼ当然のことと言える――オタクのロマンを理解できない人間の説得など素通りするに決まっているからである。ゲーマーならば一度は憧れる昇龍拳を繰り出してみたい、大きなお兄さんを自称する者ならば十代初めの少女が「月光の力でメイクアップ!」なる呪文を唱えて変身する姿を見たい。これはロマンであり、部外者には理解できないサンクチュアリなのだ。


「馬鹿者、レーザー使いならば魔砲は当然。何故みみっちい武器にしなければならない」

「そう、ロケランこそ破壊者の杖!! そのうちバテリーの二つ名を黒い悪魔にぃ!」


 ユリウスは頭を抱えた。つまり彼らはオタク的な意味で魔砲使いを作り出したかったのだ、自分の手で。しかし魔砲なら黒姫もあるではないか――いや、あれは魔砲ではなく魔法に近い。


「他にもあるやろ、ビーム関係の技って……」


 ユリウスの漏らした一言に、一人が頭を振った。


「始め、能力がビームだというからサイキックソーサーにしようかと思った。しかし不可能だった。弾幕も考えたが周辺への被害が強すぎると上部からのストップがかかった。他にも色々と企画案を提出したが受け入れられず、ロケットランチャー型魔砲台になった」


 やけに仰々しい口調の男が腕を組みつつそう言った。サイキックソーサーをビームでしようというのは根本から間違っているし、弾幕など一分間に何百発撃てと言うのか。


「あんな、あんたら現実と二次元混同してへんか? サイキックソーサーは霊力を固めたもんであって、撃てば真っ直ぐ飛んでいってサヨウナラまた会える日までのビームで再現しようとすんのは無理や。弾幕かて再現しようとしたら軽く人間の反射可能速度飛び超えるわ。するならカメハメ波とかちゃうん」


 科学者たちの目が輝いた。――ユリウスは清四郎を振り返り、清四郎は首を横に振る。科学者の暴走は止まりそうにない。




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