やっとオレ視点が帰ってきたー! ……メタ発言乙。自虐って辛いよな。オレは自分を傷付けるよりも他人を傷つける方が好きです。自分が働いて疲れるよりは他人を馬車馬のように働かせる方が好きです。人力トロッコには涙を誘われたが、それはそれ、これはこれ。

 今日のオレは、入れ代わり立ち代わり花道を歩いて見得決めるアレ、ファッションショーのモデルとして控室にいる。舞台はピース大阪の一階二階を合わせたくらいの広さのホールで、抽選に当たった一般客も来るには来るけど、主に来るのは業界の皆様方ばっかりだとか。オレはそのショーでムーンウォークしてキメて服をアピールせにゃならん。まあ、ムーンウォークなんぞしたら幹部の皆さんにドヤされるけど。

 現在オレは美人なお姉さんたちに囲まれてウハウハ――というわけではなく、髪型から化粧から、念入りに加工されている。整えてもらっていると言うレベルではない、まさに加工というのが一番ふさわしいレベルだ。鏡を見たら「これが私……?」状態。モデルはこんなに化粧するものだったのか、知らなかった。

 ドイツ人と日本人のハーフ――ラルフローレンさんが興信所を雇って両親を調べたそうで、オレは日本からの留学生と遊学中であった現・ドイツの大富豪の道ならぬ恋の末に生まれたのだとか。いつの時代の話や?――に生まれ変わったオレは睫毛ふさふさ、猫目もぱっちりとして愛嬌がある二枚目だ。だが写真うつりとか遠目にも目鼻立ちがはっきり見えるようにとかいう色々な理由で睫毛は付け足され髪は後ろに撫でつけられる。まるで宝塚のようだ。……ビジネススーツのお披露目ショーやんな? なしてこんなんにするん? なあ! スタイリストのお姉さん方が目を逸らしてオレの質問に口を噤む。そういう態度を取られると余計に気になるのだが分ってやっているのだろうか。――焦らしプレイか!?

 と、待ち時間にまさかの焦らしプレイを食らい驚き震えていたオレの耳に、耳慣れない電子音が届いた。周囲を見回しても音源は見つからず、視界の端に光るものを見た気がして視線を腕に落とせば白いリストバンドにCallの文字が点滅している。これはバテリー先輩の契約した会社の新設ヒーロー事業部が開発した呼びだし用連絡器具だ。「魔法って良いよね」が口癖の変な人が怪しげな笑い声を上げながらオレの腕に巻きつけたのを思い出す。


「お呼びだしやーん」


 実は始めから、オレのモデルデビューとヒーローデビューは同じ日にしようかという話になっていたそうだ。しかしオレのウォーキングに合格が出たのがちょうどショーの前々日で、上層部の皆さんの考えは「モデルデビューを優先させた方が業界に顔も売れるし良いのではないか」というものだったという。昨日ジムから出た後にカトリーヌさんを詰問したらそう言われた。


「なあ、どないしよ。ショーを優先するよりヒーロー業を優先した方がええやんな、これ」


 オレ一人が決めて良いことではないし、今日から俺の付き人となったリヴィアに訊ねる。素人の俺が迂闊な判断をするよりも、詳しい人間の冷静な判断の方が良いに決まっている。


「そですね……ヒーローとしての仕事よりもショウを優先したなんて噂流れて不買運動とか起きたらダメですから、ここはヒーローとしての仕事優先です」


 インドネシア出身のリヴィアのくせは少し聞きづらいが慣れればどうということはない。オレは頷いて立ちあがった。


「でもその化粧で出るのもダメです。化粧落とししてから行ってください」

「化粧のし損やがな……蒸しタオルで拭てええの?」


 スタイリストさんたちを振り返ると、首を勢い良く横に振られた。ほうか……あかんのか。

 なるべく急いで化粧を落としてもらったが付け睫毛だけはそのままだった。別に睫毛がふさふさであろうがなかろうが良いのだが。ヒーロー時用のスーツを手早く着る――特別な素材らしく、米軍が防弾チョッキに使っている布だとか。そこらの銃では穴があかず簡単には燃えず破れない素材を求めたらそこに行きついたらしい。口元をぴったりと覆う布を持ち上げて顔の下半分を隠し、いざ出陣。リヴィアのお茶目なのか胸ポケットにごついグラサンを入れられたが、何に使えと言うのだろうか物凄く不安。

 部屋を出てすぐCallと書かれた表面を押す。


「おまたせしました、エキセントリック出ます」

「え、来るの!?」

「いや、呼んだのそっちやん!?」

「来るなら来るで早く応答してくれないと! 他の三人はもうすぐ揃うわ!」


 オペレーションスタッフの叱責に首を縮める。そないなこと言われても、こっちも突然のことやし、急いだ方やねんけどな。


「了解です、で、今回はどんな奴なん?」


 いつまでも怒られていては進むものも進まない。ショーの会場内から屋上に出るために走りながらの会話だから少しいらっとくる。ちょうど止まっていたエレベーターに乗り込み屋上へ。Closeボタンを連打するがなかなか閉まらない扉にいらいらした。扉が閉まり、するすると屋上へ向かって行くエレベーター。


「トリプル・J・カンパニーに放火した男が、タクシーを強奪してニュー・シュテルンビルトブリッジ方向へ逃亡中なの」

「そのトリプル・J・カンパニーの地図は!」

「リストバンドの右上にあるボタンを押したら地図が表示されるわ。こっちで住所は転送するから、真っ直ぐ向かって頂戴」

「アイアイ!」


 罪を犯すとは、つまり犯人は死にたいということだろう。つい勢い余って殺しても誰も文句言わないと思うんだ、うん。うん。

 エレベーターが付き、オレは屋上に出た。リストバンドの右上のボタンを押せば現在地と犯人の位置が赤と青の点で表示された。直線距離で行けばそう遠くはないから十分もかからないだろう。インラインスケートを手早く履き、オレは屋上から飛び出す。地上までの距離は百五十メートルと少し、目的地まで下り坂を滑るように行けば時速100kmはすぐに超えるだろう。

 さあ、糞犯罪者。ションベンは済ませたか? 神様にお祈りは? 部屋の隅でガタガタ震えながら命乞いをする準備はOK?

 まあ、許してくれっつっても許さんがな。




Danach→


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