レジェンドとかいうおっさんとゆかいな仲間たちが元気いっぱい人助けをしているのを、交差点に設置された画面で見る。なんっつーか、デブや。ボンレスハムみたいや。あの重量はどうにかならんもんやろか……。


「ま、それより銀行やな。ギンコーギンコー」


 歩いていれば見つかるもので、オレは広々とした行内に入った。省エネとは無縁そうに明るい銀行内には三十人ほどの職員と客がおり、私は自動預け払い機に通帳とカードを通した。物価が良く分からないが、とりあえず一万シュテルンドルを引出し封筒に突っ込む。鞄に収め、さて買い物のためにスーパーを探すかとドアを振り返った。――ら。


「手をあげろォ!!」


 黒いタイツを頭に被った男が四人飛び込んできた。自動ドアを破らず開くのをちゃんと待つあたり微妙にマナーがあるように思えなくもないが、犯罪をしている時点で公共の福祉に反している。

 とたん行内に響く悲鳴、子供の泣き声。オレも両手をあげて預け払い機の前に立った。なるほど、治安が悪いというのはこういうことなのか。にしても初日で銀行強盗とエンカウントってかなり酷くはないか。それとも毎日どこかで犯罪が起きている街だから仕方ないとか?


「死にたくなければこれに金を詰めろ……すぐにだ! 警察に連絡しようと思うなよ」


 ヒーローが来る前にずらかるぜ、と自信満々に言う彼らはどうやら、レジェンド氏以下のヒーローたちが来る前にすべてを終わらせて逃げたいらしい。きっと、ヒーロー全員が出動する大規模な事件が起きるのを待っていたのだろう。行内の全ての人間の顔色が一気に青くなった。

 人質には見るからに足腰が弱そうな老婆と乳児。暴れる可能性のある幼児よりも持ち運びに便利で暴れることのない乳児を選ぶあたりは外道極まりないが、そう考え付くとはどうやら多少の頭が回る人間がいるようだ。

 銀行員が人質の乳児を痛々しそうに見たが、強盗犯に銃を突きつけられて鞄に札を詰める作業に集中させられる。――ホンマ治安悪いな、この世界。内心そうため息をつきながら両手を頭の後ろで組んでいると、強盗の一人がオレの前に立った。


「おい、色男」


 男はいやらしい笑みを浮かべ、オレにしゃがむように命じた。十センチほど低い相手は見下ろされるのがお嫌らしい。膝を曲げて中腰になると、口元を歪ませてオレの顔に唾を吐きつけた。


「おれはお前みたいないけすかない顔の奴がいっちゃんキレェなんだ、よっ!」


 そして銃を振りかぶり、うちの頬を銃身で殴りつける。見ていた人質たちの間から上がる悲鳴。――歯は折れなかったが口の中を盛大に切った。殴られるまま倒れ伏せば再び銃を振り上げられる。撃たれないだけましと考えればええんか、それともこれから脳天に直撃する鉄塊に恐れおののけばええんか……。地獄で痛みには慣れているというものの、痛くないわけじゃないのだ。

 ガツン、とうちと銃のぶつかる痛い音がした。


「がっ」


 ついうめき声が漏れる。男はいやらしい笑い声をあげた。


「ひ、ひひ……! 死ね死ね死ね!」


 脇腹を踏みつけられ、蹴られ、銃で頭を殴られる。地獄と比べれば苦行の範疇にも入らないものだが、痛いことは痛い。

 足で蹴って転がされ、腸を押しつぶさんばかりに体重をかけられる。周囲の息をのむ音が聞こえた。


「おい、ずらかるぞっ!」


 強盗犯仲間の声に男はうちから足をどけた。が、その代わりに銃を構えた。――ちょ、まさか。


「ひははは、死ねぇ!」


 銃口が狙うのはうちの心臓。顔からサァと血の気が引いていく音がする。初日で死亡とかホンマないわ! どんだけ治安悪いのシュテルンビルト!

 引き金が引かれ、銃が火を噴いた。胸に鋭い痛みが走る――心臓は免れた、と、思う!


「っぐあああ!!」

「こら、遊んでる暇はねーんだぞ! 早くしろ!」


 うちが苦しんでいるのを見て男は下卑た笑い声をあげて喜んでいたが、仲間が呼んだのに忌々しそうに従った。ドダバタと足音が遠のいていき、聞こえなくなったところでみんなが動きだした。

 胸が焼けるようで、食道を熱い液体が逆流してくる。顔を横に向けて吐き出せば真っ赤だった。ほんまないわ、転生して一日で死ぬとか。ないわ……。

 強盗が逃げた行内はさっきまでとは一転して騒然とし、数人の銀行員がうちを囲んで声をかけたり止血しようとしたりと忙しい。この人たちの話によると弾は心臓からずれて肺を傷つけとるらしい。弾が貫通して床にめり込んどるのが安心だねと言われても全然嬉しゅうないんやけどな。


「きゅ、救急車、は」

「今呼んでいるわ! すぐ来ますからね、もう少しの辛抱ですよ」


 死にたくない……あんな一方的にやられて死ぬなんて嫌だ。あんな奴らにただやられて泣き寝入りなんてしたくない。死にたくない、死にたくない。あんな品性のかけらもない奴らにやられて死にたくなんてない。

 手を握ってくれている人に励まされながら、うち――オレは救急車を待つ。痛みと血液不足でぼんやりとする頭をだらりと転がして見た先には乳児を抱きしめて泣く母親に、ほかの客や銀行員に囲まれて労わられる老婆の姿。酷い。非情い。非道い。犯罪者は理不尽だ。自分の利益のために弱者の命を浪費する。


「もうすぐ来ますからね、大丈夫ですよ」


 オレを安心させるように声をかける銀行員を見上げる。オレの手を擦りながら笑みかける姿になんだか悲しくなった。自分たちも怖かっただろうに、気丈にふるまう姿になんだか泣けた。

 救急車のサイレンの音が聞こえてきた。まだ死にそうにないから死なへんな――今生は生に見苦しいほどしがみ付いてやるんや。今生こそ、寿命まで生きたる。


「おりゃ、まだ生きたるんや……!」




Danach→


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