お姉さんを迎えにきた鬼に連れられ、閻魔大王のいるという中華風な御殿に入る。筋骨逞しい鬼さん達に連れられこれから地獄での生活を送る方々とすれ違いざまに顔を見れば、絶望に染まった表情ばっかやった。ここに来たときのうちも似たような表情やったに違いない。


「大王様」

「んん、なにかあったの?」


 地獄方面の出口から入って、うちの案内役の鬼が玉座の中年に声をかける。出口を逆行して良かったんやろうか。


「この娘の年齢と結婚歴を今一度調べてください。この娘は未婚にも関わらず生まず地獄に落とされたと申しております」

「え、そうなの?」


 梅干しを食べているような口をしたおっさんは、私にチョイチョイと手招きをしはった。口元がうさこちゃんにも関わらず髭は立派で威厳に溢れてるのには違和感が拭えへんけど。


「えーっと、お名前は?」

「松下由里子です」

「君、いくつで死んだの?」

「十七です」


 閻魔大王らしい中年は机の上から虫眼鏡を取り上げ、少なくとも五メートルは離れた位置にいるうちを虫眼鏡越しに見はる。


「ありゃま、本当なのね。いやあ、君二十八かそこらにしか見えないのね!」


 うちの心は海よりも深く山よりも高く傷ついた。そんな老け顔のつもりはなかったというのに、まだ二十も越えていないこの顔を二十八と言われるとは。


「十と廿を見間違えるなんて失敗、このワイがするとは思えないのね……この子にも見覚えないし」


 閻魔大王はうーむと首を傾げはった。うちもこんな中年に対応された覚えはない。


「君、担当者覚えてるのね?」

「あ、はい。確か若い人でした」

「大体いくつくらい?」

「二十に入ったかそこらでした」

「あいつなのね……」


 閻魔大王は額を揉んでため息を吐いた。あいつとは誰やろ? 何か問題でもあったんかもしれん。


「君を地獄に送ったのは私の息子なのね……やっつけ仕事だから毎日怒ってるんけど、まさかこんな不始末しちょるとは思わなかったのね」


 あの目つきのきっつい青年がやっつけ仕事とは、人は見た目によらないもんやな。眼鏡をかけスーツをびしっと決めて、つう格好が似合いそうな人やったんやけど。


「君はえーっと、三十六日も生まず地獄にいるのね」


 三十日やなかったんか。六日も過ぎてたとはなんとも予想外や。


「転生するにあたって、お詫びに五つ願いを叶えるのね。新世界の神になるとかいう願いでもなければだいたいは叶えられるのね」

「五つですか」

「ん」


 死んでから三十六日――感覚としては三百年以上――が過ぎとるし、俺TUEEEE! をしたいっつう欲もない。


「私が死んだすぐあとに行くことってできます? 要は生き返りたいってことなんですけど」


 五つもいらんから甦らせてほしいなー。


「んー、生き返ることはできないじょね。もう時間は三十六日進んでるんから、生き返っても人と関わり合いになれない寂しい一生を送ることになるのね」


 なるほど、生き返っても将来に希望を持てないニートになるっつうことか。


「なら、家族の夢枕に立たせてください」


 まさかあんな死に方でぽっくり逝くだなんて思わんかったから、両親も兄貴も悲しんでくれてる――やろ、きっと。ところで、あのマンションはベランダに植木鉢飾るのは禁止やった気がするんやけど――一体どこのバカがそんなことをしたんやろうな。うちん幼馴染もヤの付く事務所勤めやし、ハジキでこう、ポーンとやってもーてくれへんもんやろか。いや、あかんか。幼馴染犯罪者にしたならんわ。


「ふむ、良いのね。あと四つ」

「不慮の事故とかなんとかで死なないようにしてください」


 転生した先で通り魔に刺されて死亡。あら早かったわね、お帰りなさい地獄へ☆ なんつうになったら空しい。


「ふむふむ」

「それと、料理の才能をください」

「ふむ?」

「毎日美味しくごはんを食べたいんで」


 お袋の料理ははっきり言うて微妙の一言に尽きた。せめて転生後にゃ美味い飯を食いたい。さて、あと二つあるけど、何にしょか。


「残りの二つは保留とか、駄目ですか」

「無理なのね」


 考え付かへんけど、なんか言わんとならんのやろう。


「じゃあ、来世では面白おかしい人生を送れるようにしてください。それと、とりえず凄い超能力的なものを」

「――分かったのね。案内の子がつくから、彼に着いて行けば現世に行けるのね」


 ここまで案内してくれた鬼さんがうちを手招いた。変やな、そっちって地獄のある方やなかった?


「いつもなら盆にしか開かないんだが、今回は特別だ。現世に行って、二日以内に帰ってきなさい。扉をくぐれば自然と家に着くし、枕元に立てば夢に入ることもできる」

「あ、はい」


 地獄の門のすぐ近くにあった朱塗りの扉を開けば、妙にうねった空間が広がっとった。例えるなら水あめみたいな粘度の黒っぽい何かがパンパンに詰まっとるような。


「これに飛び込めと」

「その通りだ」


 Oh my God……あんまりや。押すなよ、押すなよ! より酷いやんか。そう尻込みしとったうちの背中を、鬼さんは無情にも押した。途端に襲いくる吹上の風――こんなところでテンプレートにせんでもええやん!
 死んでから全く伸びてない肩にかかるほどの髪をばさばさに乱しつつ、うちは落ちてった。




Danach→


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