まるで一昔前のラーメン屋台みたいな、タイヤと屋根がついた手押し車――そこに並べられたヒーローカードに顔が引きつる。まさか、こんな風に売られているとは思いもよらんかったわ……。てか、これ海賊版とちゃうよな?
「ちゃんと正規品よ? ちょっと店舗が怪しいけど、ほら」
セシカの指した先には金メッキ加工されたプレートが柱に打ちつけられていた。ヒーロー協会承認小売店――アポロンメディアのマーク入り。
「……まじか」
「まじよ」
棚を見れば三百枚ほど残ったエキセントリックのカードに残りわずかなレジェンド先輩、オレのカードよりははけているものの微妙な売れ行きのバテリー先輩、着実な人気があるらしいクリアカッター先輩。それぞれ五枚買って尻ポケットに押し込む。今度サイン入れてもらわねば。
「贔屓のヒーロー、いないの?」
「うーん、どれが贔屓かと言えばレジェンドですかね。何より面白いし」
セシカの問いに首を軽く傾げながら答える。
「考えてみ――て下さい。あの恰好はどう見てもギャグでしかないでしょう。悪口を言うつもりはありませんが、昔のヒーロー映画そのままじゃないですか」
「まあね。でもそれが良いんじゃない? 私はらしくて良いと思うけど」
「だから悪口じゃないんですよ。どう考えるかは人それぞれですしね」
「なるほどね」
カードも買ったことだしもう興味ないやと離れようとしたが、セシカは他のグッズに興味があるらしく店から離れようとせぇへん。――音声付き目覚まし時計、ver.エキセントリック。デフォルメされたオレが万歳して時計部分を支えていて、その絵柄からアラレちゃんを思い出した。この世界にドラゴンボールはあるんやろか。シリーズはこれで終わりって言ったのに編集部の都合で放映されたGT(GめんなさいT山明)はあるんやろうか? あるなら読みたい。今度の休みは本屋巡りで決定やな。
「エキセントリック好きなんですか?」
あんまりエキセントリック関係のグッズばかりを見ているから、自然とそう口を突いて出た。セシカは口の片端を横に引っ張ると、困ったように眉根を下げた。
「まだ好きか嫌いかと言われたらどうとも言えないわ。でもまあ、これから好きになって行く素地はあると思うの。私刑が良いこととは言えないけど、スカッとするのよね」
法律事務所の人間が犯罪ギリギリの私刑に肩入れしちゃいけないって知ってるんだけどねとセシカは頭を掻いた。オレのしたことが、被害者本人ではないとはいえ、市民の気分を軽くしていると思うと面映ゆい。時計の天辺にあるボタンを押せば『早く起きひんとお天道様に代わってお仕置きするわよ☆』という、そういえば録音した覚えのある音声が流れた。ついでに音声は五種類あり、どれが流れるかはランダムだ。オフにしてまたオンにすれば『YOUぁ〜、私刑っ!』と流れる。我ながらノリノリで録音したもんや。何度もオンオフを繰り返して全種類聞くとセシカは真剣に悩み始める。……もしかして買うつもりやろか。本人は横におんでー、お付き合いしたら肉声で『おはよう』とか『素敵な朝だね』とか言うで、お買い得やでー?
「これ、欲しいわね」
「さ、さよか……」
その気はないんやろうけど、目の前に本人がおるなか録音した音声を選ばれるとはなかなか鬼畜や。プレイか、プレイなんか!?
熱心にグッズを一つ一つ手にとって選ぶセシカに対し、自分自身と仲間のグッズにはあまり――というか全く興味の湧かないオレは周囲をぐるりと見回した。この店がある公園は広く、中央に噴水を据え青々とした芝生が四方に広がる。車椅子同士がすれ違える程の道が北東、南東、南西、北西に伸び、芝生を小学生らしき少年少女が追いかけっこをしたりキャッチボールしたりとほのぼのした光景が広がる。平和や。
「ん?」
噴水の前のベンチに、見覚えがある鞄を持った少女が座っていた。茶色の髪に同色の瞳、白人らしい白い肌。服装はちょっと気合の入ったブランド品だから、親が金を持っているのだろうと分る。そしてその横には大きなフォントでDと書かれた、やけに目立つ鞄――ダッシュ進学塾の生徒なんだろうが、小学五年生か六年生に見える。まだ授業中じゃなかっただろうか。サボりか?
「セシカ、ちょっと行ってくる」
「え? ああ分ったわ」
グッズに夢中なセシカは話を聞いてるんかないんか……。
「なあ」
近寄ってみれば、少女は手を泥だらけにして土団子を作っていた。
「あ……せんせ、い?」
どうしてか期待に満ちた目でオレを見上げる彼女に頭を横に振る。
「先生ちゃうねん、堪忍な。一人で寂しそうやったから、つい声かけてもーてん。隣に座ってええか?」
とたんシュンと項垂れた少女にそう言い加える。サボりやのに先生に来て欲しいっちゅーんはどういうこっちゃろうか。見つけて欲しいとか、他に理由があるんやろか。許可が出たから横に座り、何と言えば良いのか分らんから口の中でもごもごして、黙った。
「お兄さんはヒーローテレビ、好き?」
「へ? ああ、好きやで?」
突然の質問に頷く。
「私も好き」
「さ、さよか」
話が続かねぇぇぇぇぇぇ!
「お兄さんはNEXT?」
「え、ああ。せやで」
「見せて」
潤んだ目で見上げられてうっと詰る。何この展開、わけわかめや!
仕方なく右手を上げて風を起こす。手の中で小さな竜巻がキュルキュルと走り、独楽を手の上で回した時みたいなくすぐったさに肩に力が入った。
「お兄さん、凄いのね」
少女は両手を合わせにこりと笑った。何故か疲れがどっと出たような気がして肩を落とす。ポンポンと肩を叩かれて顔を上げれば嬉しそうな少女の顔。
「お兄さんは嘘、吐けない人ね」
「それ、褒め言葉なん?」
「そうよ。顔に何でも書いてあるわ」
そこまで出やすい顔をしているつもりはなかったのだが……。十二歳? かそこらにバレバレってどんだけ分りやすい人間やねん。人生経験の差はどこ行った。
「お兄さんは分りやすくて、好きだわ。声かけてくれて、嬉しかった。――でも本当はね、先生に迎えに来て欲しかったの。だけど、やっぱり駄目みたい」
少女は一人で勝手に納得するとハァと一つため息を吐いた。さっぱりわきゃ分らんのやけど、説明してくれそうにないわな。これはあれか、『塾の先生への恋煩い、歳の差なんて関係ないわ、だって好きなんだもの編』か。塾の先生サイドからの男性向け十五禁で『お願い☆先生(ティーチャー)〜塾講師編〜』とかありそうや。性犯罪ロードをダッシュ村してまいそうなゲームタイトルやけど、直接的なインサート表現がなけりゃ十五禁や、大丈夫だ問題ない。「では、ギランギニョルを始めよう」とか言う水銀の人(?)とかが出ると十八禁に抵触するんや。
「じゃあね」
オレがそんなことを考えてたのを知ってか知らずか(知らんとって欲しい)少女はベンチからぴょんと飛んで下りると、振り返らずにどこかに駆けていった。
セシカのいる方を見ればまだグッズを睨んでいて、こっちのことなど知らぬ気に唸っている。――なんやねん、今日。ルパンダイブしたくなる程のエエ女に振られたばかりか、小学生にも振られた。ホンマないわ。ありえへんわ。泣いてまいそうや。空を見上げれば日は高く、眩しさに目が潤んだ。何で、何でやの、何でやねーん!
ハァイ、平熱は36度4分の方、リッキーことエキセントリックです。
人生初めての男としての軟派をしてはみたものの、振られたばかりか可愛い弟扱いで泣きそう。顔は良いつもりやのに小学生にも振られるわセシカはオレのこと忘れてグッズ選びに精を出しとるし、幸運の神様どころか恋愛の神様もオレには微笑んでくれとらへんみたい。そんな切ない胸の内を誰か分って、受け止めてくれたりせんもんかね? 絶賛恋人募集中やで!
次回はWind is the best[B]-風は四属性の中で最強です【B】-をお届けしまっせ! オレの美技に酔いな!!
09/12