ブログのコメント欄にコアなファンからのラブコールが届いているのを電車内で確認する。スーパーを訪ね歩いた地元よりもセンター街の方が色々とあって面白いから、たった四駅ながら電車で移動だ。自転車乗り入れ用車両なのと平日の九時前だからか人は疎らで、壁に背を預けながら車内を見る。世の中は現在冬休みであり、普通の子供なら家の中でゲームしたりして遊んでいるだろう。もしくはまだ寝ているかもしれない。
 ブランドなのか、Dという文字が大きくプリントされた鞄を背負った少年が自転車の前籠をいじっていた。小学校高学年か、それとも中学生かもしれない。しけた面で、見るこっちまで憂鬱になりそうな顔をしている。


「次は、セントラル。セントラル」


 録音の車内放送が流れ、オレは自転車の横に移った。サドルに片手を置いて体重をかける。外はビルの乱立する町並みが広がっていた。

 駅に着けば早々と少年が扉の前に立っていた。。その後ろに続いてオレは電車を降り、自転車専用改札を通って外へ出た。緩やかな傾斜のスロープをのろのろと下り、出た先は大通りの自転車道だった。高架の線路の斜め下には高速道路が走り、車のタイヤの音が聞こえてくる。近未来と言ってええんかも良く分からんこの世界やけど、こういうところは変わらんみたいや。

 道の端に移動し携帯を開く。メール画面にして、本日二度目の更新。

 『ついさっきセントラルに到着した。目の前の喫茶店で美人なお姉さんがおるからナンパしてくる。「お嬢さん、オレと甘いひとときを過ごしませんか」と甘い言葉吐いて手を握って真面目な顔すればきっと上手くいくと信じてる。弾撃ちゃ必ず当たる軟派師の教えを受けたことあるオレが言うんや、間違いない。いやでも、教えてくれたんおっさんやってんけどオレにも当てはまるんやろか? ダンディーな魅力とかないんやけど。ここは若さでごり押しか? とりあえず不二子ちゃんにダイブしてくるわ。皆、オラに力を分けてくれ!』

 斜め前にあるモダンな雰囲気の喫茶店に、黒髪のねーちゃんが我が儘な胸の下に腕を差し込んで座っていた。右手はマグを持ち、左腕はテーブルにもたれ掛かりメロンを寄せて上げている。寄せて上げるのが女の心意気とはいえ、男になってから股間にコンニチハした息子さんが暴れん坊将軍になりそうや。男になってから知った男の『まあ色々いっぱい』はまさにカルチャーショックだったが、元々レズビアンだったオレには男の体の方が都合が良いわけで。

 携帯を閉じてポーチにまた放り込み、自転車を引いて駐輪スペースに置く。マグを傾ける後ろ姿は色っぽく、うなじは見事な富士を描いている。日本髪が似合いそうや。


「相席、良いですか?」


 テーブルに片手を軽く置いて声をかければ、おねーさんは片眉をくいと持ち上げてオレを見た。そして弧を描く唇。


「良いわよ」

「では失礼して」


 正面の椅子を引いて座れば、面白そうにオレを見つめてきた。


「まだ貴方二十かそこらよね。こんな年増をナンパするなんて、もしかして年上好きなのかしら」

「あなたはまだまだ若い――年増なんて言って自分を卑下しないで欲しいな。そしてとても、魅力的だ」

「あら、まだ知り合ってもいないのに」

「出会った瞬間始まる恋というのも情熱的でしょう」


 マグカップを握っていた手がテーブルの上に伸ばされる。その細い指先に指を絡めながら彼女の目を見つめる。年齢は三十半ばやろか、女は三十路からっちゅーんはホンマのことで、三十前後で大変身する。性格が顔になるというか。凛々しい顔立ちはどこかけだるげで、それが女としての色香を割り増している。組んだ足が色っぽい。


「なら……私と火遊びでもする?」

「是非と言いたいところですが、火遊びではあまりにもったいない。あなたの本命になりたいな」


 友人連中に「クサい」と言われまくった口説き文句だが、彼女はどううやらお気に召したらしい。楽しそうに笑い声を上げ、何か注文なさいなと言った。

 注文を取りに来たウェイトレスにアメリカンと一口サイズのケーキを頼み、お互いに自己紹介する。


「ユリウス、ユリウス・カイザーリンクです」

「セシカよ。セシカ・ディ・ピエトロ。名前からも分かる通りイタリアン」


 なるほどイタリアンならクサい口説き文句を聞き慣れている。普通に流せて当然だろうな。それにここはアメリカであり日本じゃない――直截な言葉の方が好まれるということか。だが、前世からスラスラとクサい台詞が口から雫れたとは思うが、今ではそれが悪化している気もしないではない。転生効果か、それともTS効果か、どっちともかもしれんな。


「セシカ……オレの育った国では清らかな紫の花って意味になるね。素敵な名前だ」

「素敵な口説き文句ね。貴方の――ユリウスの育った国って?」


 適当な当て字だったが気に入ってくれたらしく、セシカは嬉しそうに訊ねてくる。絡めた指先がセクシーです、ああっセシカ様ぁっ!


「日本さ。君を案内してあげたいな、大阪や奈良……オレの地元」


 ついノリで指先にちゅーしたら頬を撫でられた。これが大人の女の余裕か? お姉さまに食われるんやったらリード権とられてもエエっ!


「こんな可愛い男の子がいるなら日本も良いわね。そのときは案内を頼もうかしら、ねえユリウス?」


 そのままスルリと顎を撫でられ、少し首を傾げた流し目がなんとも色っぽい。


「ああ、セシカ……」


 とまあ、これからそういうホテルに行きますと言わんばかりの雰囲気を出していたオレたちの空気を切り裂いて、ウェイトレスがコーヒーとケーキを持ってきた。空気読めや! 今エエとこやったやん! ホンマにエエとこやったやん!


「ケーキは食べないの?」

「ああ、セシカに食べて欲しいな。さっきまでのセシカは見るからに憂鬱そうで放っておけなかった」


 どれだけ小さく食べても二口で終わるだろう小ささのチーズケーキにはラズベリーソースがかかり、幅5ミリもないフォークが添えられている。それをセシカの前に押しやれば、そう訊かれた。そして微笑むセシカ。


「ホント良い男ね、ユリウス。あいつにもこれだけの甲斐性があればもっと楽なのに」

「あいつって?」

「彼氏よ。ここで一時間前に待ち合わせの予定だったの」

「あ……やっぱり?」


 憂鬱そうな美女、恋多きイタリアの女――その実体は彼氏持ち。くそ、火遊びってのはそういう意味か! ガツガツしている若い男をあしらう美女、最高に良い女だというのに彼氏持ちという悲劇にはオレはもう涙が出ない。


「でも良い男だって言うのは本当よ。若い子に良くあるがっついた雰囲気もないし、常に一線引いてたでしょ? まだ十分も一緒にいないけど、私でも貴方が体目的で近づいたんじゃないって分かるわ。モテモテなんじゃないの? お姉さんに教えなさいな」


 一気に男女間の駆け引きからお姉さまによる恋愛指南講座になった。オレは泣けばエエの?


「今までにつき合った子は一人だけで、清いつき合いだった。高校に入ってクラスメイトとして過ごす内に好きになって、必死で口説いてやっとつき合ってもらえた。でも諸般の事情で別れることに……」

「あら、意外と貴方純情じゃない」

「本命以外に迫られてもあんまり嬉しくないんや――ないんだけどね。でもそれ以前に、一ヶ月前にシュテルンビルトに北ばっかりの上男しかいないむさ苦しい職場だから出会いがない。こうやってナンパしたのも出会いを求めたから」


 だというのに一発目から彼氏持ちとか、ないわ。と頂垂れれば頭を撫でられた。ああ、もう年下の可愛い男の子としか見てもらえてへん!


「今日一日はどうせ暇だし、セントラルのどこに何があるかまだよく知らないでしょう? 案内してあげるわ」


 セシカはにっこりと笑み、オレの頭を撫でた。世話好きは嬉しいが、できるならおつき合いの方をお願いしたかったです。




Danach→


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