同室者が惰眠を貪っている中、朝は六時起床の癖がついているオレはいつも通りすっきりした目覚めだった。新しい朝が来た、希望の朝だ。喜びに胸を開き大空仰げ。口笛で体操の歌を吹きながら用意をする。おお、ワッペンが縫い付けられとる! 流石はしもべ妖精、仕事が早い。

 杖を杖ホルダーに差し込み、昨日渡された時間割を見ながら授業の用意をする。一年生は授業が少ないから楽だなという考えと、だから高学年では授業が多くて泣くんだという考えの両方がそれぞれ自己主張した。選択科目は数えるほどしかないうえタイトルからしてつまらなさそうだ。しかしマグル学は一年から選択可だったのか? 確かタイムターナーがどうこうとかいう巻からではなかったろうか。年代が違えば、ということかもしれない。


「しかし、覗いてみるのも面白いかもしれへんな」


 もともとマグルのオレは思考回路がマグル寄りだ。なにしろ五十年近くマグルをしてきたのだから。まあ、その中の三十年ほどはヒーローとして一般人というより芸能人として過ごしてきたわけだが。

 マグル学なら教師に教わらずとも分かる。しかし、魔法族から見たマグルの科学技術がどのように評価されているのかというのは興味深い。とってみようかね。


「一限目からマグル学かいな……その次が魔法薬学、三限飛んで四限が妖精の魔法ね」


 杖を振る科目なら家でもできた。が、原材料が必要な魔法薬学や生き物相手の魔法生物学はどうしようもなかった。教科書は熟読しているものの作業に関してはトーシロなのだ。

 準備も終わったことだし、同室者は放置で食堂に行こう。イギリスの料理はブレイクファストしか褒められたものではないのだ、朝飯をくいっぱぐれたら一日を憂鬱に過ごさなければならない。


「せや、あれないんかな、アレ……生徒はイギリスからだけやないんやし」


 紅茶も嫌いではないが、オレはコーヒーの方が好きだ。コーヒーを厭い紅茶にしがみ付いているのはヨーロッパ中でもイギリスくらいであり、他の国々ではコーヒーは普通に飲まれている。あえて言うならイタリアのエスプレッソが良い例か。アメリカ独立時に海に紅茶を捨てられたからと今でも憎々しく思っているのだから、いったい何年経てば許せるのか分かりやしない。アメリカもアメリカでイギリスでは紅茶が好まれているから自分たちはコーヒーを好んで飲むということをしているし、お互い引けないところまで行ってしまったのかもしれない。

 これから始まる学校生活に思いを馳せつつ寮をで、まだ閑散とした廊下を歩く。授業は九時始まりだからまだあと二時間強ある――授業までは図書館にでも行くか。家にない蔵書もあるだろうし、心持ち駆け足で広間へ向かう。

 見た目は重い扉だが、ちょっと押せば後は勝手に開いてくれる。タッチ式の自動ドアみたいなものか……魔法も科学も目指すことは一緒、生活をいかに便利にするか、だ。マグルも魔法族も関係ない、皆便利に生活したいのは一緒やってこっちゃ。


「……うわっ」


 広間の中にはしかし、オレ以外の生徒が複数いた。やはり高学年になると宿題が多いせいか朝早くから起きて勉強に精を出すらしい、いたのは六・七年生らしき奴らが三十人程いた。スリザリンのテーブルには八人、レイブンクローは十五人、ハッフルパフが四人、グリフィンドールも四人。この真面目な人間の多さは流石レイブンクローというべきなのかもしれない。

 パーティで会った覚えもないような奴らと付き合うつもりはないのでテーブルの一番端に座る。その瞬間、目の前にトースト、バター、目玉焼きやゆで卵、カリカリに焼いたベーコン等が並んだ。ただしアイスコーヒーはなかった。


「アイスコーヒーが欲しいなー」


 誰に言うでもなく呟けば、すぐに目の前に氷の浮かんだグラスが現れる。言えば出てくるようだ。付属のストロー(プラスチック製じゃないようだが、一体何で出来てるんだか)を差して、一口吸う。ちょっとばかし濃いが、氷が解ければ適度な濃さになるだろう。目玉焼きをパンに乗せたいわゆるラピュタパンを食べる。半熟だから黄身が零れるんだよな……黄身を吸ってしまう派とかそもそも半熟卵ではしない派とか色々あるが、オレはわざと零す派だ。皿に落ちた分を新しいパンで拭いつつ食べる派。なんか醤油が欲しくなってきた。


「梅塩はないんかな……なかったらクレイジーソルトとかのハーブミックスの塩」


 そう呟くと容器に入った塩が出てきた。ホグワーツの屋敷しもべ妖精凄いわ……そこに痺れる憧れるぅ! テンション上がる。このまま注文を続ければ醤油や味噌も揃えてくれるかもしれない。個人的には納豆が欲しいが、周囲の人間にはあの匂いは駄目だろう。残念でならん。

 皿に落ちた分の黄身に塩をふりかけ、パンを千切って拭う。デニッシュ系のパンだけじゃなくて良かった。あの穴だらけのパンじゃ黄身がすくえへんからな。

 とまあ、オレが一人楽しすぎるぜと朝食に舌鼓を打っていると、上級生の一人が友人か下僕かは知らんが筋肉族の男を連れてやって来た。ニヤニヤしているのを見るとどうやら難癖をつけに来たらしい。迷惑と言うか、暇人なんやなーと思う。


「やあ、君がルシウス・マルフォイの弟?」

「そうですが、何か?」


 呼び捨てにできないあたり、親しい間柄ではないのだろう。


「ミスターには在学中とてもお世話になってね。それを君を導いてやることで恩返しをしようと思ったのさ」


 ニヤニヤ笑いが顔全体に広がり、彼本人のいやらしさが強調される。オレは眉間に皺を寄せそうになった。


「必要ありません。兄の貸しは兄本人のものであって弟のオレがしたことではありませんから」

「そう言うなよ」

「ほら、良いところに連れてってやるぜ」


 どうやら友人らしい男が口を開く。人数が少ないとはいえ広間の中は声で満ちている。広間の端っこにいるオレの様子など誰も気にしやしない。教師もまだ一人もいないし、もしこのまま連れ去られたらメッタメタにしてやんよ☆ とされるに違いない。

 オレはアイスコーヒーのグラスを見た。まだ直径1cmくらいの氷がいくつか残っている。


「行くぜ――ウワッァァ!」

「ヒェッ!」


 突然悲鳴を上げた二人に、流石に他の生徒も注意を引かれてこっちを見た。六十近い目がオレとこの二人を、そしてオレの腕が掴まれているのを見た。とたん鋭くなる視線――当然だ、新入生に絡む不良上級生にしか見えない。その通りだが。

 オレは氷が二つ減ったアイスコーヒーを飲みきると、鞄を持ってさっさと逃げた。


「待てっ! お前一体何したッ!!」

「何もしていませんよ?」


 まだ九月とはいえ、イギリスの夏は短い。厚着している背中に氷が入ればそりゃあ冷たいことだろう。オレはふっと嘲笑った。


「上級生なのに何が起きたかもわからないんですか?――上級生なのに?」


 大事なことなので二度言いました。優しいオレはもう一回、今度は氷を二つずつにして背中に突っ込んであげた。とたん上がる悲鳴。


「突然どうしたんですか? そんな、真冬に水風呂へ飛び込んだような悲鳴を上げて」


 まだ初犯だし、と優しすぎるオレはその場を去った。もしこれからも絡んでくるようであれば……まあ、全身が氷と仲良くなれるだろうな。















 オレだって外道やSの自覚はあるけど、初犯に頭から冷水かけるような非道はせーへん……つもりやで? なジュリアスです、んちゃっ☆ まあ、兄貴の重圧から逃れてフリーダムな学校生活を送れるとなればちょっとタガが外れてもうてもしゃーないやんな。うん。

 でもあの悪戯仕掛け人っちゅーのにはちょっとイラッ☆ とすることが多いから、うっかり手が滑ってイヤンバカン、な展開になったりするかもしれへん。ま、そん時はそん時や。

 次回、第二話『魔法薬学の教室が地下にある理由』。そらなー、そりゃそうやわー。



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0806.2011






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