今すぐどこかへ逃げてしまいたいような気分だったからホグワーツの外観など気にしている余裕もなく、マクゴナガル教諭が色々と注意事項を言っているのも右から左だった。開かれた扉からぞろぞろと入っていく一年生の集団の最後尾についてホールに入る。天井が夜空だとかどおでもエエし……とりあえずスリザリンに入る、それだけ考えてにゃな。

 ああ、前世は楽やった。スーツ着て犯罪者をメッタメタにしたら金と賞賛が手に入るという楽な人生だった。ちょっと後輩が救いようのない馬鹿だったりオカマだったり素顔晒したりしたけど、それでも十分すぎる程良い人生だった。なのに、今生は兄貴を支えるために一生を捧げろと命じられる。

 あの頃は良かったなぁ……もっと人生は自由だった。と、そこまで考えてオレはハッと正気付いた。独立してしまえば家なんて関係ないじゃないか、と。

 オレは分家として本家を支えるようにと繰り返し言われてきた。しかし兄貴はもう成人して闇の陣営としてブイブイ言わせていて、卒業と同時に従姉のシシー姉上と結婚した。つまりマルフォイ家は兄貴が継ぐ。その次は兄貴のガキが継ぐ。兄貴がブラック家のシシー姉上と結婚した時点で決まっていたことだ。――兄貴にはブラック家の後見が付いているのだから、分家とか必要なくね? いらないよな、そうだよな。とりあえず純血さえ守っていれば文句もないだろうし、親父の遺産なんてそのまま兄貴にスルーパスが決定しているのだから相続関係のごたごたも起こりえない。なんだ、簡単な話じゃないか。


「マルフォイ! マルフォイ・ジュリアス!」


 色々と考えているうちに番が回ってきたらしい。振り分けされていない新入生がまだ半分くらい残っているため、人込みを最後尾から前まで突っ切って進む。厳格な表情の婆さんと、スツールに乗せられた古臭い帽子、正面には校長が冷えた目でオレを見ている。バレとらんと思っとるんやろうか……この校長こそ差別意識の塊やんな。スリザリン生は全員駄目や、純血主義はいかんもんやと思っとる。パーちゃうか。

 スツールに座り、頭に帽子が――


『スリザリン!』


 心配して損した気分や……。

 背中は脂汗でびっしょりだったし、一息吐いてからスリザリンの席に向かう。スリザリンのみから拍手が起こり、あとはレイブンクローがまばらに拍手しているだけだった。こういう扱いにイラっと来るのだが、向こうはそんなつもりはないのだろう、きっと。


「ようこそスリザリンへ! マルフォイ家の二男だよね」

「ええ、そうです。――では失礼」


 どこかのパーティで見た覚えがある気がする男が進み出てきたが、邪魔だったので杖で脇腹をえぐって横を通った。セブルス兄さんはどこじゃろな。


「セブルス兄さ――セブルス先輩!」


 スリザリンの中でも浮いているのか、セブルス兄さんの両隣はそれぞれ二人分ほど空いていた。オレがスリザリン寮に入ったのを見て拍手をしてくれていたのは見えたが、オレがどこに座るかまでは興味がなかったのか上半身を戻している兄さんに声をかける。


「ジュリアス」

「スリザリンに入れましたよ、オレ」

「ああ。良かったな」

「ええ。流石のオレも毒を送りつけられるのは勘弁ですから」


 セブルス兄さんはフッと笑んだ。陶器製のティーポットから手ずから紅茶を注いで置いてくれる。


「お前の性格ならレイブンクローはありえてもグリフィンドールやハッフルパフはないさ」

「ですかね。自分では分らないのですが」


 ストレートで頂いて、それからレモンを絞った。


「早く部屋に行きたいです。最大の難関を乗り越えたのでさっさと休みたい気分ですよ」


 最後の一人まで組み分けが終わった。今年は例年になくスリザリン生が少ない年らしく、新スリザリン生はたったの二十人弱。男七人に女十人という少数精鋭(?)だ。他の寮は三〜四十人はいるのに半分しかいないとは。

 校長の変な掛け声でテーブルに料理が並ぶ。オレの味覚からすれば味付けが濃いし脂っこいうえ単調な味だが、他の生徒にとっては美味しい部類らしく勢い良く食べている。米が、味噌や納豆が欲しいねん。


「どうした、進んでいないようだが」

「少し味が濃くて。三食全部朝のメニューを出してくれれば万々歳なんですけどね」

「夕飯が不味いのは仕方ない」

「台所を探してみようかな」


 セブルス兄さんが苦笑してオレの頭を撫でた。兄さんはどうやらオレの頭を撫でるのが好きらしい。パンを千切り、ローストビーフのフルーツソースがけを巻きつつ食べる。わさび醤油をかけて食いたい。

 そんなこんなしているうちに晩餐が終わり、監督生の先導でスリザリン寮へ入る。唯一地下に伸びる寮だ、もしかすると秘密の部屋への行き道があるかもしれない。今年は人数が少なかったおかげで男子は五人部屋を三人・二人・二人で使え、運良くオレは二人の部屋になった。同室者は見るからに脳が筋肉か脂肪で出来ているスカー・ゴイル。ゴイル家の二男だ。


「――まさか、な」


 部屋の奥には姿見があり、ちょうどオレの顎のあたりに蛇の装飾があった。オレはパーセルタングではないので試すことはできないが、もしかするともしかするかもしれない。

 例年なら五つ並んでいるはずのベッドは、使わない分を運び出したため二つしかない。幸運なことに両端を残してくれているからゴイルの寝息を聞きながら寝るなんてことにはならないで済むようだ。


「良い夢を、マルフォイ」

「ああ、お前もな」


 就寝前の挨拶をできるくらいには脳みそがあるらしいゴイルにそう返す。カーテンを閉める音がしたと思えば、すぐに鼾が聞こえてきた。あの鼾、癖やないやろうな? 今日は特に疲れとるだけってことはない……やんな。はぁ。

 オレは羊皮紙を十五センチ程切って羽ペンをインクに浸した。スリザリンに入ったこと、兄貴――じゃなかった、兄上の紹介で知り合ったセブルス先輩が良くしてくれていること、今年はスリザリン生が少ないこと、飯がまずいこと。


「――ジュリアスより。純血を褒め称えよ、と」


 純血派の決まり文句のようなもので、折に触れ唱えるのが日常となっている。ある種の洗脳のようなものと言える。


「アドルフ!」


 一年生の寮部屋は地上階だ。窓を開ければ梟が降り立つ。――オレの飼い梟のアドルフだ。ワシミミズクで角のように伸びた顔の羽根が特徴で、キスのつもりなのか唇を甘噛みしてくるが鋭い嘴が痛くて毎度泣きそうになる。


「これを父上に。お願いな」


 アドルフは一鳴きして翼を広げ了解の意を示す。足に括り付けた手紙は今晩中に届くだろう。これで首の皮は繋がったと、着替えることも忘れてベッドに倒れ込む。もう今日は一生分の緊張を使った気分だ。

 ゆるゆると沈んでいく意識の中、セブルス兄さんの顔が眼底に浮かぶ。どうしてか、セブルス兄さんが呟いた一言に聞き覚えがある気がしてならない。黄色なんて普段から使う言葉やっつぅに……どうしてこうも気になるんやろか。




Danach→


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