セブルス兄さんと呼ぶよう言われて数時間。偉人カードの中にニコラス・フラメルがあったのを見て少ししょっぱい思いをしたりしつつ列車の旅を楽しんでいるうちに、セブルス兄さんがオレを犬か猫とでも思っているのかずっと撫でてくるせいでちょっと眠くなってきた。
あくびをしたオレに「少し寝るか」とセブルス兄さんが聞いてきたのに頷く。このセブルス兄さんは学者というよりも従者か世話係に近い気がするのだが、転生先は必ずしも原作世界ではないという表れなのだろうか。しかし例のあの人とかいるし、兄貴は死喰い人だし。分らん。
とりあえず疑問は横に置いておくことにして。セブルス兄さんのローブの中に潜り込み胸を枕にして寝ようとした、その時――
「ようスニベルス! 夏休みが終わったばっかだってのに陰険そうな顔のお前にはこれをプレゼントしてやるぜ!!」
コンパートメントの扉を勢い良く開いたせいか盛大な音がした。やけに目に染みる白煙がコンパートメントを満たす。吸い込んだ煙は喉も刺して痛いのなんの。すぐに扉を占める音もして閉じ込められたと知る。
「ブラックっ……!」
兄さんがオレを膝から下して立ち上がるが、煙で満ちた室内は視界が利かずどうしようもない。二人して咳き込んでいれば声が二人分聞こえるからかブラックが疑問の声を上げた。
「あ、誰かいんのか?」
「まさか。スリベニーだよ? 一緒に過ごすような変人がいると思うかい?」
「いねーよな!」
視界は利かないが何が起きたかは分かる。ハリーの父親とブラック家の長男が率いる悪戯仕掛人の襲撃を受けたんだろう。くそ、寝ようとしとったオレの邪魔しよってに!
「ワ、ワティワジ!」
オレたちの様子が分からないのは向こうも一緒。咳き込みながら杖を振って唱えれば煙は収束し、扉の隙間を通って通路の二人の鼻に飛び込んでいく。咳き込み始めた二人に驚いたのか傷だらけの青年とひよこ頭の青年が駆け寄って背中をさする。
「――ジュリアス、今のは君か?」
「ええ。兄上には内緒にしててください……まだオレは死にたくないので」
「僕も後輩をわざわざ殺させるつもりはない。僕がしたということにしておこう」
セブルス先輩はオレを背中に隠すように立ち、コンパートメントの扉を開けた。濃度の高い煙を吸ったせいで激しく咽ている二人を見下ろしフンと鼻を鳴らした。
「自分の悪戯で苦しむとは、なかなか面白い趣味をしているな。ポッター、ブラック」
「それは君がっ!」
「被害者は僕であって貴様ではないはずだ、ルーピン。それとも貴様には僕を責める権利があるとでも言うつもりか?」
カヒューカヒューと怪しい呼吸の二人は支えがないと立っていられないようだ。傷だらけとひよこ頭に支えられてようやく立っている。
「だけどここまでする必要は」
「これ以上のことを毎度しておきながらよくそんな口が回る。僕だけではなく新入生を巻き込んで……悪戯はさぞ楽しいのだろうな」
一歩横にずれてオレと傷だらけが対面する。傷だらけは目を見開いた。
「自分のしたことをよく考えるんだな、ルーピン。そこの邪魔な二人を連れて、さっさとどこかに行け」
饒舌なセブルス兄さん――原作第一巻か? ハリーいびりの初回と一緒か?
「ごめんね……ほらっ、二人とも行くよ」
オレにだけ申し訳なさそうに目を細め、傷だらけは二人を引きずって去って行った。
「セブルス兄さん、あれは何だったんですか」
「あれは悪戯仕掛人と名乗る奴らだ。一人は君も知っているブラック家の白痴シリウス・ブラック。脳みそが軽いせいか髪も軽いらしい跳ねた頭の男はジェームズ・ポッター。傷だらけの役立たずはリーマス・ルーピン、残りはピーター・ペティグリュー。巻き込まれたら必ず怪我をするから近づかない方が良い」
辛辣だ……。まあ、そんなところも格好良いのだが。そこに痺れる憧れるゥ!
セブルス兄さんはふと窓の外を見やった。イギリスにこんな地域があったのかと驚いてしまうほどの赤い砂漠が広がり、遠くに小さく緑色が見える。
「あと一時間もすればホグズミード駅に着く――着替えよう」
「はい」
オレは頷いて上着を脱ぎ、カッターの上からローブを着る。ネクタイはまだない。入る寮によって異なる胸のワッペンはホグワーツの屋敷しもべが総出でしてくれるそうだからローブの胸元は寂しいばかりだ。新入生然としたオレに微笑ましいものを感じたのかセブルス兄さんは唇の端をあげるだけの笑みを浮かべた。
「初々しいな」
「そうでしょうか。オレはそこまで緊張しているつもりはないのですが」
セブルス兄さんは首を横に振る。
「そういう意味で言ったのではない。単に格好のことだ」
なるほどと頷いた。新入生にネクタイはないし、ローブのワッペンもない。襟だって寮の色ではなく黒だ。
それからしばらく時間潰しに話した。だんだん速度をゆるめていく列車から外を見れば鬱蒼と茂る緑に近づいていて、ついに森の中に入った。
「もう着く。荷物はここに置いていっても寮に送られるから問題ない。――一人で行けるか?」
「大丈夫です。有り難うございました、セブルス兄さん」
セブルス兄さんがここまで気配りしてくれるのは、面倒を見てくれた先輩であるマルフォイの弟だからだろうか? それならそれで構わないのだが、単なるオレとして仲良くしてほしかったなと思わなくもない。どうなのかはセブルス兄さんしか知る由もないが。
ホグズミード駅に着いた列車から降り、セブルス兄さんに手を引かれて一年生のグループに合流した。スリザリンで会おうと言って別れたセブルス兄さんの背中を見送る。
スリザリンに入らんと殺されるからな……帽子を脅してでも入らねば。ああ、ホンマ憂鬱や、スリザリン入れんかったら帽子燃やして逃げよ。
Danach→