ファミレスに男ばかり四人、ドリンクバーのみ頼んでそれぞれコーラや紅茶を啜りながら話す姿は異様であった。窓際にユリウスと清四郎、通路側にナイジェルとレジェンドが座り、午後も夕方に近い赤みの強い光が頬を照らしている。


「先輩、あの子の会社――オールディ交通と契約しよう思てるん?」

「ああ! キャシーちゃんもいるしなっ」


 清四郎は緩む頬を隠せぬ様子だ。誤魔化しているつもりなのだろうか、頬を持ち上げている。


「オレは反対や。あんな女のどこがええんか先輩の趣味が分らへん。――なあ、清四郎先輩。女可愛いで契約なんてしたら、後々絶対後悔するって」


 ユリウスは清四郎の目を見つめて言うが、清四郎のにやけた顔は変わらない。


「大丈夫だって、契約なんてどうせどこも一緒だしよ。それならなるべくカワイ子ちゃんと一緒に仕事してーじゃん?」

「駄目だね、これは……」

「女の趣味悪いわ、ホンマ」


 あの子とチョメチョメしたいとニヤニヤ笑う清四郎を見て、ユリウスとナイジェルはソファの背もたれに倒れた。気楽な一人身のフリーター生活を送っていた清四郎はどこか幼いまま四十になってしまったところがあるが、妻子を抱えて二十数年働いてきたナイジェルは社会の構造をきちんと理解していた。清四郎の考え方は生ぬるい、しかし、それを口で言っても通じないだろう。清四郎には圧倒的に会社という枠組み内での経験がなさすぎるのだ。ナイジェルはどう伝えれば通じるか分らず、ユリウスはまだ社会経験が薄いため何を言えば良いのか分らず口を噤んだ。

 レジェンドは早々に説得に挫折した二人を微笑ましそうに見た。しかし清四郎を振り返る目は真面目に彼を見据える。


「セイシロー、今からする質問は、君のためを思って聞くことだ。真剣に応えてくれ」

「あ、ああ……」


 身を乗り出してそう言うレジェンドに清四郎は仰け反りつつ頷いた。正面から見るユリウスとナイジェルには清四郎がレジェンドに襲われているようにも見える。


「街角で年頃の女性から声を掛けられた経験は?」

「一応、十回くらいかな」


 ユリウスとナイジェルは目を見合わせた。一体そのうちの何回が詐欺であったのか気になるところである。


「たとえば――その女の子に言われてジェリー展示会とかに行った事は」


 清四郎は指折り数えた。その指は七回か八回を示し、しばらく首を捻った後八回と答えた。絶望的である。


「その女の子に宝石や高価な商品を強請られたことは……?」

「毎回だけど? いやー、俺は金持ちに見えんのかな? みんな俺に買って、買ってぇって甘えてくんだよ」


 豪快に笑う清四郎に二人は頭を抱え、レジェンドは額を揉んだ。


「残りの二回くらいは意味不明でよ、いきなり袖引っ張って来て『一回三万。どう?』とか聞いてきたんだよな。何がって聞いたら舌打ちしてどっか行っちまったけど」


 いっそ清々しい程女運が悪いと言おうか、そういう鴨にされていることに気が付いていない。清四郎のにやけた笑みに三人は腹が立つどころか哀れに思え、彼が楽しそうにすればするほど悲しくなっていった。


「セイシロー、それは……詐欺なんだ。お前は鴨にされたに過ぎない」

「詐欺?」


 目を丸くして聞き返す清四郎に、レジェンドは憐憫の目を向ける。今までそれを詐欺と知らずに生きてきた彼を純粋と言うべきなのか、それともただの阿呆と言うべきなのか、流石のレジェンドでも言葉を選びかねた。


「そう。若くて可愛い女の子を使って男をひっかけ高価な宝石や化粧品を買わせ、クーリングオフ期間が過ぎたらそのままドロン。宝石の展示会とかに連れて行かれたのなら売り手とその子はグルだ。――身に覚えはあるかい?」

「なあ、クーリングオフって、二週間だったか」


 清四郎は正面に座るユリウスに訊ねた。


「せやで」

「付き合いが毎回二週間しか保たなかったのは、騙されてたからなのか?」

「……せや、ね」


 その返答を聞いて清四郎は机に伏し、その頭をレジェンドが優しく撫でる。

 ユリウスはコーラをズーコロコロと吸い上げながら一人、違うことを考えていた。仮に清四郎がこれ以上ない初心な男で「異性と話すなんて恥ずかしくて無理だ」という性格だったとすれば、彼が女性関係に疎くても当然であるし騙されるのもまあ当然――かもしれない。しかし清四郎はMicRoの受付係に対し文句を言い、自分に対する態度とユリウスに対する態度のあまりの差に少しむくれていた。女が男を顔で選んでいると分かっているのだから、騙される素地がないのだ。ならば何故こんな詐欺に遭っているのだろうか。女の趣味が悪いというレベルで済まされることなのか。


「清四郎先輩、先輩の中で可愛い女の子ってどんなんなん?」

「可愛い女の子? あー……女の子ってのは、こう――」


 清四郎の両手が虚空に形を描く。ひょうたんを描いているような線である。


「やーらかくて? ヒカリモンが好きで、ちょっと頭が足りなさそうなしゃべり方してて、すぐ泣くよーなのだな」


 あまりに酷い偏見に三人は口を噤んだ。どう育てばこんな偏見を持つに至るのか、是非ともその半生を語って頂きたいものである。


「じゃあ、会社の受付係の人のことはどう思ってはる?」

「あ? 受付係の女? 無愛想で女らしくねぇよな、あいつ。女ってのはこう、守ってやりたくなるようなのじゃねーと」


 レジェンドが清四郎の肩を叩いた。その目は優しい。


「おっさん?」

「女性はただ一方的に守るものじゃないのだよ、清四郎君」

「せやで、先輩。女ってもんはもっと強かやで」

「その通りだね」


 そして始まった三人の説得だが、いくら語っても清四郎は理解できた様子がない。彼の中での女性像は凝り固まった偏見に満ちたもので、清四郎の脳には三人の言葉を理解するための柔軟性がないのである。地球は丸いと言ったガリレオ・ガリレイの言葉を信じられなかった当時の有識者のように。

 レジェンドはしばらく考え、うっすらと笑んだ。良い言葉を思い付いたのだろうか。


「セイシロー。君は、女の子はかよわいから守ってやらなければならないと思っている。しかしそれは女性を馬鹿にしているのと同じだ。女性は弱いだけでは、可愛いお馬鹿さんではいられないのだよ」


 レジェンドは窓の外を眺めた。目を細め、数拍の沈黙ののち顔を戻す。


「これは君の母国で実際にあった話だと聞いた――

 昔、日本のどこかで大きな地震が起きた。日本は地球のたった2%の土地しかないのに、地球上で発生する地震の二割が周辺で起きるという地震多発国だ。彼らの地震への備えは充分だと思われていたし、彼ら自身もその通りだと思っていた。しかし高架の高速道路は崩れ、ほとんどの家屋は倒れ、火事が起き、人々は逃げ惑った。

 とある若い夫婦は地震でマンションの一室が揺れたものの二人とも無事だった。一番初めの大きな揺れの後、奥さんは夫に逃げようと催促した。でも彼は布団に包まって逃げようとはせず、奥さんに怪我がないかと聞くこともしなかった。その後奥さんは旦那さんと離婚したそうだ。

 また、とある子連れの夫婦も地震で家が揺れたもののみんな無事だった。でも、お父さんだけが、お母さんや子供を放ってさっさと逃げてしまった。それも、子供の足を踏んで逃げたのさ。だからお母さんは一人で子供を連れて逃げて、その後このお母さんもお父さんとは離婚したそうだよ。

 ――さて、清四郎君。君は女性を守らなければならないものだと言ったね? この二つの夫婦を例に考えてみようか……女性は必ず守らなければ生きていけないものなのかな。それどころか男性よりも強かで立派だ、ただの可愛い馬鹿ではいられないんだよ。結婚と言うのは一方的に庇護したり庇護されたりすることじゃない。共に立って、手を繋いで歩いて行くものなのさ」


 レジェンドの目は優しい。彼が言ったことは実際に阪神淡路大震災の時にあったことだ。女とは弱いだけではいられない生き物である――彼女達は、強かに生きるすべを本能的に持っているのかもしれない。

 ユリウスはコーラを吸い上げた。実際に体験していない由里子にとって阪神淡路大震災は「一昔前のこと」でしかない。しかし彼女は関西生まれ関西育ちである。身近な教師や親戚が被災者であり、学校には被災体験を語る大人が訪れたりと、幾度もその被害を耳にしてきた。それをこの遠い異国の地で聞くという違和感、そして空しさ。窓の外を眺めれば石畳が敷き詰められた歩道にコンクリ敷きの自転車道と車道、一定距離ごとに植えられた街路樹は日本ではそう見ない種類の木だった。由里子の記憶にある街路樹はイチョウや桜であった。それがここは、名前も知らない見覚えもない木々。

 ユリウスは胸をさすった。平たい胸の真ん中には引きつれた銃創が残っている。


「だけど……なあ、ユリウス。女は男が守らなきゃいけねぇもんだろ? だって女だぜ?」


 清四郎は同郷で話の合う後輩に同意を求めた。同じ日本人なら分ってくれるのではないか、そう思ったのだろう。


「先輩、そりゃちゃうねん……全くの思い込みや、言うてるわけやないんやで? ただ女やからっちゅーて皆が皆守らんと生きてけんもんやないんや。女かて打算で生きとるし、玉の輿狙うし醜い争いかてするし」


 自分を馬鹿に見せるのは期を狙っているからだ。海底で魚を待つ蛸は、近寄って来る魚に興味がないというフリをして虎視眈々とチャンスを待っているのである。それを説くユリウスに清四郎は眉尻を下げた。


「じーさんがさっき言いはったんは『女を馬鹿にするな』っちゅーこっちゃ。支え合えるパートナーにもなれへんノータリンを選んでもうたら身の破滅や。でも一等怖いんは、かよわいノータリンのふりした奴や。いつの間にか絡め取られて何もかも全部吸い取られてまう」


 ユリウスは元女だからこそ女の恐ろしいところは分っているつもりである。彼の生々しい表現に清四郎はヒッと唾を飲み込む。レジェンドは彼が過去に女性関係で苦い経験をしたことがあるのだろうかと考え、ナイジェルは彼が女嫌いなのだろうかと顔を窺った。


「じゃあキャシーちゃんは……」

「頭の弱い子のふりしたバニーガールや。鼻の下伸ばしとったら貯金やなんや全部パクられるで」


 レジェンドは自分の考えに確信を持ち、ナイジェルは娘を紹介しない方が良いだろうと一人で頷いた。仲間の子供といっても苦手なものはどうしようもない。盛大な勘違いをされているとも知らず、ユリウスの口は動き続け――それと共に清四郎の頭も垂れていった。


「女、怖い」

「何を今さらな。どこもかしこも家ん中はカカア天下やで、先輩」


 それからバテリーは女を見る度に身を震わせ、HERO-TV地上班のマリアに怒鳴られて更に悪化。契約は良いところと結べたもののだんだんと女性恐怖症になっていった。


「ユリウス君のせいだね」

「オレのせいっすか?」

「先ず間違いなく、君のせいだ」


 レジェンドとナイジェルにそう言われて首を傾げるユリウスがいたとか。
















 こんばんみ、お茶のペットボトルはラッパ飲みせんと口を付けずに流し込む方のユリウスです! 今回はあんまり出番なかったっちゅーか、メインは清四郎先輩やったな。ヒーローズの紹介を兼ねてたし気にせーへんけど、オレの出番少なくしたらオレがおる意味のうならんか? 何でか知らんけど女性恐怖症になってもた清四郎先輩はともかくとして、ナイジェル先輩とか出来る男風味やし、レジェンド先輩は頼りになる爺さん。オレの影が薄うなったら連載休止にさせたるんやからなっ!

 さてさて次回はオレが公式デビューしてから二度目の大事件。石油タンカーが高架から落ちてビルに追突!? しかもそのビルが進学塾で授業中やったやって!? 二度目なのにさっそく奥の手を使わにゃならんのか、それとも風だけでどうにかなるもんか? 五話、Wind is the best-風は四属性の中で最強です- 風のスクウェアになったら偏在もできるんかな――え、あれは魔法? 分っとるわいそんくらい、夢見させてくれてもええやんか……。


++++
0801.2011






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