バテリーはあれからずっと薬物患者のような反応を続け、三人がそれに辟易した頃、各社のプレゼンテーションが始まった。


「わが社ではヒーロー・バテリーの能力であるビームを有効活用するために――」


 どの企業も似たり寄ったりになるのは仕方ないことであった。ビームをどう使うか、どうバテリーを目立たせ活躍させるかについて知恵を絞ったのだろうことは分るため『どこも一緒』などと言いきってしまうのは酷であるが。各社に割り当てられた時間はきっかり十五分、十社を前半後半に分けてそれぞれ休憩時間を入れ――三時間弱のプレゼンを受けたバテリーはクリアカッターに背中をさすられつつ一息吐き、椅子に深く沈みこむ。そしてエキセントリックが差し出した氷の浮いたお茶を一口啜りあげる。


「選ぶの面倒くせぇ……」

「そんなこと言うんじゃありません」

「せやで先輩。そりゃ説明に来てくれた人たちに失礼や」

「だけどよ……今日はもう頭にゃ何も入んねーよ。帰ってションベンして風呂入って寝る」


 わが身のことであるバテリーと、あくまで当事者ではない三人の身の入り具合には差が出るのは当然と言える。あまり頭を働かせることが得意ではないバテリーが三時間弱も集中し続けたことには三人も驚いたが。


「バテリーさぁん」


 片付けの残る各企業の社員たちを待つ必要もなし、四人は先に帰らせてもらおうと立ち上がりかけた。そこに、プレゼン前に聞いた甘ったるい声が届く。


「おお!――えーっと、何ちゃんだったかなぁ?」

「キャシーですよぉ。あ! 自己紹介してませんでしたかぁ? ごめんなさぁい、オールディ交通のキャシー・ワーズワースですぅ」


 とたんヤニ下がった顔になったバテリーを呆れ眼で見てクリアカッターは長嘆息した。彼も若い頃こういう女に惹かれなかったとは言わないが、もう彼もバテリーも四十代後半である。今なおこういう女にヤニ下がるとはバテリーの女の趣味は悪いとしか言いようがない。横の若手・エキセントリックを見れば彼もまた嫌そうに眉根を寄せており、こういった類の女性は好まないようである。


「そっかーキャシーちゃんって言うのかー、くぁわいいね! どお、オジさんと一緒にご飯でも!」

「バテリー!」

「先輩!」


 先ほどからずっとレジェンドは眉間を揉み続けている。呆れかえって声も出ないらしい。


「何だよ、良いじゃねぇか」


 バテリーは唇を尖らせる。キャシーはそうそうと言いたげに頷き、とびきり甘い声でこう言った。


「バテリーさぁん、メルアド交換しませんかぁ?」

「ああ良いよ良いよ!」


 二人は赤外線でそれぞれの名前とアドレスを交換した。


「セイシロー=ジョシュア・ゴトー……? ああ、バテリーさんの本名ですかぁ」

「バテリー、なに本名を教えている!」

「しゃあねーだろ、自動的に送信されちまったんだよっ」

「個人情報保護はどこに行ったんだ……」


 クリアカッターが脇を突き、それにこそこそとバテリーは言葉を返す。キャラキャラと飛び跳ねるキャシーを横目に見て指が痙攣している。


「あ、そだ! これからカフェなんてどうですかぁ? 武勇伝とかぁ聞きたいです!」


 バテリーの両手を掴んでそう誘ったキャシーにエキセントリックが目を見開く。出会ってまだ一日目の男を、女が誘うか、と。ヒーローであるバテリーをテレビで毎日のように見ていたとしても、憧れのヒーローと対面して話すのは別の問題である。インテビューではないのだから。


「ならこのビルの下のカフェでもどお? あそこのカフェ・オレは絶品なんだぜ」


 さっきまでの疲れはどこに忘れてきたのか、エスコートするように立ちあがったバテリーに三人は呆れた。どうしてか肌がつやつやして見えるのは見間違いではあるまい。


「わあ、楽しみですぅ」


 二人が仲良く腕を組んで出ていった後姿を見送り、三人は顔を見合わせた。


「上手くいくと思うか?」

「全く思いませんね。あの人はあれでかなり貯金があるはずですし、玉の腰狙いとか」

「それともヒーローの名前と素顔を知ってるっつー優越感に浸りたいんかもしれへんな」


 レジェンドの問いに二人は頭を振った。あのミーハー臭がぷんぷんする女と付き合っても損しかしないだろう。化粧や服のセンスからも浪費家のように見受けられ、付き合っている間にバテリーが破産させられる未来が見えた気がした。


「監視しますか」

「私は賛成だ」

「そっすね」


 クリアカッターの提案にレジェンドとエキセントリックも頷いた。三人はマスクを外しながら駆け足で先の二人を追う。


「俺はエスプレッソを」

「なら私はぁ、キャラメルマキアートでぇ」


 ビルの地上階部分にはオープンテラスのカフェがあり、ちょうど三時を回った頃だとはいえ今日は平日である。人の影は少ない。ちょうど二人から見えない植木の影に三人は座り、砂を吐きそうな会話が繰り広げられる二人を窺う。デレデレとしたバテリー、否、清四郎と、傍目には媚を売っているとすぐ分るキャシー。話題はそれぞれの趣味であったり最近の悩みについてであったが、等身大な悩みに対してしゃべり方が似合っていなかった。


「――大丈夫、かな?」

「そーっすね」


 ナイジェルは何かに安堵したように笑むと、レジェンドに軽く頭を下げて二人を促した。


 その日は自殺サイトで出会ったという男女四人がビルの屋上から飛び降り自殺しようとし、その回収と引き渡しに出動しただけの、比較的平和な日だった。




Danach→


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