僕は自分の後ろ頭を撫でた。ただの想像であるのに何故かヒリヒリと痛い気もするそこを、ただ、撫でる。目を閉じて、ここに至った経緯を思い出す。

 ――彼の付き人兼目付役として付けたリヴィアからの連絡でHERO-TVを付けた僕は、銃を突きつけられて震える彼の姿を見た。彼がしばらく前にあった銀行強盗の被害者だということは本人から聞いて知っている。そして、銃で胸を撃たれたことも。トラウマかフラッシュバックか……顔から血の気が引いて行くのが分った。彼は大丈夫なのだろうか?

 しかし、彼は良い意味で僕を裏切ってくれた。


「ふざけんのもたいがいにしゃーがれァクソがぁ!!」


 ヒーローの音声を拾うためのマイクを付けていないはずの彼の声が聞こえる。バテリーのマイクが拾ったのかな? まあそんなことはどうでも良い。ユリウス君――エキセントリックは、インラインスケートを履いていることを有効に活用した。足を滑らせて股割りし拘束から逃れると能力で犯人の顔を殴り飛ばし、衝撃で空を舞った銃をパシリと受け止める。威力が強かったためだろう、歯が折れてみっともない犯人の肩に鉛玉を撃ち込んだ。


「――は撃たれる覚悟がある奴だけや……」


 マイクが拾ったのはそんな声で、前半は聞き取れなかったものの、悲しそうなその声に胸が締め付けられる。弱者として撃たれたことのあるユリウス君を思うと息が苦しくなる。

 ユリウス君が事件で生き延びたのはただ運が良かったと言う他ない。強盗犯の凶弾は心臓のすぐ横を貫通したにも関わらず、心臓も動脈も肺も傷つけることはなかった。まさに奇跡、神の御技と言うべきだろう。本人は「オレ、キリシタンとちゃうで。どっちかっつうと神道と仏教の混合宗教の信徒? でも信徒っちゅーほど信仰深くもないし……」と言っていた。彼の信じる神が彼を守ったのだろうか、それとも彼自身がその奇跡を掴みとったのか。そんなギリギリで生を逃さなかった彼は、一体どんな思いで放火犯を撃ったのだろう?

 エキセントリックとして働く契約をした後、彼は自分のスタイルは自分で決めさせて欲しいと言ってきた。自分は犯罪者を許したくないから、犯罪者に対して辛く当たることがあるだろう。しかしそれを止めてくれるな、と。ユリウス君はオレはSやから犯罪者苛めしたいだけやねん等と茶化して言ったが、僕には分る。それは建前なのだと。

 ユリウス君の身の内には、彼の信ずる正義が燃え盛っているのだ。彼は弱者を守るため立ち上がり、彼らの代わりに犯罪者への私刑を行おうとしている。声なき被害者の代わりに処罰を下す正義の味方――きっと民衆はそういうヒーローを待っていた。


「大丈夫かリック」


 バテリーが駆け寄りそう訊ねると、ちょうど彼のすぐ後ろを追っていたHERO-TV地上班も二人に合流したようで視点が変わる。魔術師のつもりなのだろうか、ぴったりしたボディースーツに頭から被るマスクのバテリーは背中にロケットランチャーに似た筒を背負っている。同じヒーローとして交流があるユリウス君が聞いた話によると使いづらいことこの上ない道具らしく、他の会社と契約し直せと仲間からも説得されているのだとか。僕は極太のレーザービームというのもなかなか面白くて良いと思うんだけど、でも街中で使うには威力がね。あの会社も趣味に走る暇があるならバテリーの能力に合った武器を開発するべきだと思うよ。


「大丈夫っす。それよか、先輩はよそのオモチャ変えてもろた方がええで。ホンマこまごましたとこに使い勝手悪いて」

「まあ、そうだよな。その通りなんだけどな」


 バテリーもため息を吐く。新進気鋭のエキセントリックが番組でこう発言したのだから向こうの開発部も心を入れ替えれば良いのだけどね。他のヒーローからも遣い辛いと言われては変えざるを得ないと、考えてくれるかな。


「ところで先輩、捕縛用の縄とか持ってはらへん?」


 カメラが二人を並んで映そうと横に回った。フルフェイスのマスクは元の顔を忍ばせるところが全くなく、バテリーの雰囲気をがらりと変えている。恰好良くなった、とか悪くなったということではなくて、別の人に見える。ここまで魔改造されたらいっそ哀れな気もしないではないね。


「ん、持ってるぞ」

「後で新品返すんでください」

「別に新品を返してくれなくても良いぜ、ちゃんと返してくれれば別に」

「ついでにバイクも貸してくれると嬉しい」

「――バイク? バイクはどうするんだ?」


 バテリーの恰好に似合うよう、バイクは漆黒に濃紺という渋いというか恰好を付けたカラーだ。あそこのヒーロー事業部は一体彼に何をさせたいんだろう? 以前までは仮面を付けた醤油顔の気の良い中年だったのに、今ではコスプレも痛々しい醤油顔だ。

 シートの下から捕縛用のロープを取りだした彼にエキセントリックは手を上げて礼をして、犯人の腕をがっちりと縛り残った端を持って笑顔になる。


「いやぁ、ちょいとゆっくり走ろおもて」

「は?」


 バテリーが首を傾げる。そんな彼を置いてエキセントリックはロープの端をバイクのタンデムバーに括り付けた。彼のしたいことが分ってきた。つまり、これから私刑をするだろう。


「お、おい……まさかお前」


 バテリーがどもりながら訊ね、エキセントリックは晴れ晴れとした表情で答える。


「犯罪者には人権なんてモン、ないと思いません?」


 現場のレポーターは困惑した声を上げ、ヘリのレポーターはエキセントリックは一体何をするつもりなのか、と興奮気味な疑問を口にした。番組は上空からの視点に斬り代わり、ゆっくりと走り出したバイクを追いかける。時速は5kmかそこら、引きずられる放火犯の後頭部がコンクリートと擦れている。流石にそれで目が覚めたのか犯人は口汚く罵り声を上げ始めた。バイクが止まり、地上班が彼の音声を拾う。


「犯罪者に人権はないんや。――なんなら、オレが貴様のその醜いツラに墨入れたってもええんやぞ? 私は犯罪者ですって刺青をな」


 笑顔のはずのその顔に僕は感動した。立ちあがった放火犯を振り返ってそう言った彼の声はまさに地を這うようで、どうやら苛々しているらしいことが分る。そしてバイクを再び走らせ始め、救助活動を終えて一息ついていたレジェンドに手を振ったりしつつだんだんとスピードを時速15km程まで上げた。人の歩く速度はだいたい時速3kmだからおよそ五倍。初めはロープに引っ張られて走っていた放火犯も、センター街を一周する頃にはただ引きずられるだけになっていた。

 最後まで放送しようという意気込みを褒めるべきなのか呆れるべきなのか、HERO-TV地上班は一時間近い引き回しに付き合った。警察署の前でやっと思い出したのか「お天道様に代わっておしおきよ!」とウィンクしたけど、遅すぎるからね。帰ったら注意しなきゃ。

 自業自得と言えばその通りだけれど、放火犯は路上を引きずられて顔は裂傷だらけ、後頭部も同じくらい擦れたらしく悲惨なことになっていて、僕は自分の後ろ頭を撫でた。――大丈夫、僕の髪はまだ現役だ。

 カトリーヌの慈愛に満ちた表情なんて、見なかったんだからね。
















 はいはい、今回はバトルシーンがあってちょっと満足なエキセントリックでっせ! でもあんまりオレ、活躍してない気がすんねんな……。もっと派手な敵と戦いたいってか、お粗末すぎてやる気でーへん。え? 今回やられそうになった癖にって? それはアレや、銃を見た瞬間ちょっとPTSDっぽい何かが煌めいてん。今度からはちゃんと対応できるから安心してな。PTSDって何やったっけ。

 てかさ、今オレ〆を支社長に取られてムカついとんのやけど。エエとこ取りやん、なんか恰好良いやん、あのおっさん! きれいなねーちゃんとフラグ建てとるみたいやし、羨ましいわ!……え、後頭部? それはうん、気にしない方向で。

 次回、オタク趣味ってそっちかい! 行くよ、レイジン○ハート!――なんて四十路のおっさんに似合うと思っとんのか、このボケ共! 契約を巡る恋の騒動?……バテリー先輩、女の趣味悪いな! てか、なんでこうシリアスシーンが入るんや! I’m very sorry he is in his late forties-まことに残念ながら、彼は四十路です- 男はいくつんなってもガキってホンマやな……




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0720.2011






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