七時ごろにカメラ等大型の機材が運び込まれ始め、八時少し前の今ではいつでも来いと言わんばかりである。特にヒーロー関係を一手に引き受けるHERO-TVのカメラはカメラマンもキャスターも目を皿にしてエキセントリックの出現を待ち、他社に先を譲ってなるものかと物凄い形相である。ついでにこの日は先負けであったが、日本の文化などこのシュテルンビルトには関係のない話である。生放送は禁止、良くて九時以降の放送と通達が来ているが、この勢いでは無視しそうだ。


「いーい!? どこよりも先に、何よりも先にエキセントリックを見つけるのよ!?」

「「イエス、マーム!」」

「返事が小さい!!」


 HERO-TV地上組のマリアが率いる班は、マリア、助手のジョンソン、カメラマンのトーマスの三人一組の班である。良く言えばスレンダーな体型をきびきびと動かし二人に命令する姿は軍人に似ており、少し強面なこともあいまって怖い。そして性格も何故か軍人気質で、二人が逆らうことは先ずない。


「――エキセントリックです!」


 マリアが二人を振り返ってしかりつけた瞬間、他の会社のキャスターがそう声を上げた。慌ててカメラを回すトーマスに悔しさをにじませるマリア、目が悪いため見えていないらしいジャクソン。かなり個性的な三人であることは間違いない。

 インラインスケートで空中を滑りながら現れた彼は昨日と同じく胸元にポロをする男のマークを刺繍したシャツに黒のジャケット、同色のパンツ姿だった。ネクタイは緩めでフォーマルとは言い難いが、昨日少し話した彼の性格を考えるとキッチリ着ている方が珍しいのだろうと思われる。

 マリアはトーマスがきちんと撮っているのかと睨みつける。――きちんと撮っているトーマスにすれば言い掛かりも甚だしかった。


「ハロハロー?」


 空中庭園のガラス窓はすべて開け放されており、エキセントリックは社長の正面に滑り降りるようにして着地した。支社長が両腕を広げて歓迎の意を示す。


「よく来てくれたね、エキセントリック! この場に来てくれたということは、信じても良いのだろうね?」

「ん、オレも無職じゃ死んでまうもん。就職すりゃ美味いおまんま食えるんやし、こっちから頼みたいくらいや」


 平均身長よりもかなり高いラルフローレンシュテルンビルト社支社長は、インラインスケートを履いて普段より十p近く高くなっているはずのエキセントリックを抱え込むようにハグした。まるで大型犬が飼い主にのしかかっているようで、この場にいる記者やカメラマンには「忘れないよこの道を、パトラッシュと歩いた」という歌声が聞こえたような気がしたとか。


「ちょ、苦しい! 重い!」


 本人は悲鳴を上げてもがき苦しんでいるつもりのようだが、傍目には口元を覆った黒い布がモゴモゴと動く様子やジタバタと両腕両足を動かしているのが可愛らしく映る。ほのぼのとした空気が庭園に広がった。


「もし君が来てくれなかったらどうしようかと思ったよ!」

「ぐぇ」

「シュテルンビルト支社が潰れるか否かの瀬戸際だったからね!」

「うぇ」

「本当に嬉しい!」

「もぇ」


 げに悲しきは身長差、支社長が抱き込んだのはエキセントリックの頭であった。首は抱えられ動かすことが適わないというのに、振り回されて胴体以下が右へ左へ振り回されるこの状況。首の骨が折れても仕方がない状態である。折れずに済んでいるのはひとえにエキセントリックの首が頑丈――なのではなく、彼が必死に支社長の体にしがみ付いているためである。


「も、堪忍、しぬる――」


 エキセントリックの悲痛な声に、シュネッケと呼ばれる頭の両側頭部で髪を巻く髪型の女が慌てて止めに入った。支社長の膝裏を蹴り、驚いて力が緩んだところを引きはがす。哀れ、エキセントリックはぐったりとして青白い顔である。気絶していてもおかしくない状態だが、やはり彼はヒーローなのだろう。身体能力も高いに違いない――その場にいた全員はそう思い込むことにした。九時放映予定のニュースからこの部分は削除されるに違いない。


「きれいなお姉さんおおきに。休ませるならその胸で休ませてほしいなーなんて」

「すみません、椅子を」

「無視か、チュンデレか」


 なんとも強かな男である。あとの一言さえなければクールであれただろうに、そのたった一言で全てを無駄にしている。たった一言、されど一言。一円足りないだけで電車には乗れないことと同じである。可哀想なものを見る目がエキセントリックに集中した。

 エキセントリック曰く「きれいなお姉さん」は支社長の秘書らしく、二脚持って来られた椅子の一つにエキセントリックを座らせるともう片方に支社長を座らせた。間にテーブルも用意し対談の準備は手早い。

 マリアは運良く――というよりは邪魔な他社のカメラマンや記者をそのエルボーという武器でもって掻い潜り一番前を占領することに成功した。ジョンソンとトーマスはそれに呆れ申し訳なさそうに周囲へ頭を下げつつ、しかし最前列に立った。他社の人間からすれば理不尽極まりないが、HERO-TV関係者であるため口を噤む他ない。ただでさえ注目されるニューヒーローであるのだ、ヒーロー関係の報道を独占する最大手に目を付けられてはなけなしの視聴率を奪われることとなりかねない。世知辛い世の中である。

 椅子に座り一息付けたらしいエキセントリックは疲労の色濃いため息を一つ吐くと髪を掻きあげた。秀麗な容貌が――顔の上半分だけであるが――露わになる。報道陣はほうと感嘆のため息を吐いた。文句を言うつもりはないが、レジェンド以下ヒーローズは総じてデブ、否、立派な体格をしている。先ずレジェンドであるが、誰がどう見ても太鼓腹であり、日系の子供たちから広まったあだ名はアンパンマンである。次にレーザービームを放つNEXTであるバテリーはひし形の顔と能力がビームであることからカレーパンマン、面長で水を操るクリアカッターは見た目とは程遠い食パンマンがあだ名である。業績に対してあまりに酷いあだ名だが、そう呼んでいるのは子供が中心のため否定も出来ず、ヒーロー控室からは時折男の泣き声が聞こえるとか聞こえないとか。


「これが契約書だ。良く読んでからサインしてくれ」


 支社長は秘書に手渡された茶色い皮表紙のファイルをそのままエキセントリックにスルーパスする。思っていたよりも薄かった書類にエキセントリックは目を見開いた。表表紙と裏表紙が分厚いだけで、中身は二枚しかないのだ。


「契約っちゅうからにはもっと分厚いモン想像してたんやけど、薄いなコレ」


 報道陣用のパワーポイントがホワイトボードに表示され、彼らもその内容の少なさに疑問の声を上げる。


「そうでもないよ。僕たちはあくまで服飾関係の会社でしかないからね。なら、僕たちがするのは単にモデル契約でしかないってことさ」

「モデルやけど危険手当とか出るんやな、これ」

「そりゃそうさ。君が死んでしまっては元も子もないんだから」


 エキセントリックはふうんと鼻を鳴らした。思っていた形とは異なるが、こちらの方がより良い形であるのだから文句を言うわけもない。二枚だけとはいえぎっしり書かれた契約内容にじっくり目を通して行く。危険手当は出動一回につき百万。月給は仕事内容により変動するとあった。


「ここ、服飾関係の会社以外の別会社との重複契約を認めるっつーのやけど、どゆこと?」

「それか。――例えば君が身につけるシルバーや靴にまで事業を拡大したいとは思っていないんだ、僕たちは。だからそういう契約は自由にしてくれれば良いってことさ」

「なるほど」


 面白い、とエキセントリックは内心呟いた。契約内容が面白いこともあるが、この社長がである。どの社と契約するかはエキセントリックが選ぶものの、ラルフローレンはこの契約内容を組んだということで相手の会社に恩を売れるのである。これを機に提携を結ぶこともできるだろうし、相手が弱小会社なら発言権を得られる。契約書類は薄いくせしてリターンは大きいのである。この支社長、天然でどこか抜けた部分もあるが良い部下を持っているようだ。

 契約を三度読み返してまだ見ぬ他の契約会社と三方一両得の内容であることを確認し、エキセントリックは署名欄に本名を記入した。どうせ契約した相手には本名も顔もバラすのだから問題ない。支社長はエキセントリックからファイルを受け取り確認すると一つ頷き、立ち上がって握手を求めた。とたん焚かれるフラッシュに少し目を細めながらエキセントリックもそれに応え、明日の紙面は決定した。




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