どうして消えてしまったの。ねえ、Siren



 生まれたときから一人の人生の記憶があった。前世ってやつだと思うんだけど、その記憶のせいで新しい親を親と認識できないとかそういうことはなかった。子供はいなかったけど三十まで生きたし、両親とは自然に疎遠になってて時々手紙とか物品のやり取りをする程度だった。三人姉弟の真ん中だったから長女みたいに期待されてたわけでもないし弟みたいに猫可愛がりされてたわけでもない。まあ、いたらいたで良いけど「いなくちゃならない」存在じゃあなかった。姉は同僚の悪くない男捕まえて二十五で結婚して家を出て、弟は大学時代にDQNな女の子に捕まってバツイチ子持ち出戻り男になった。私は未婚で恋人なしの独り暮らし。死因は思い出せないけど未練はあんましない。

 シングルマザーな第二の母さんの負担になりたくなくて、夜泣きとか色々なことを我慢したりして、でも三歳になる頃に母さんが壊れた。

 「あんたはおかしい」「なんで教えてもない文字が読めるの」「気持ち悪い」「あんたなんか私の子供じゃない」「私の子供を返してよ!」私だって、母さんの子供になりたくて転生した訳じゃない。でもなってしまったものはどうしようもないから、最大限の努力をした。だけど、だからこそ気持ちの悪い子供だったんだろう。職場の人が母さんを病院に押し込んで私は児童養護施設に入った。母さんの姉である人はB県にいて、私たちのいるS県とは距離がありすぎた。

 施設に入って一週間後、施設の人に連れられて行った病院で見たのは、バスタオルを丸めた塊をあやしてる母さんだった。こりゃもう駄目だと、その時はっきり理解した。次の週には母さんの姉と言う人が来て、一緒に病院へ行った。


「おかーさん、来たよー」


 飲み物を買ってくると言ったおばさんに先んじて病室に向かう。ドアを開けたとたんむわりとかおる糞尿の臭いに眉根が寄って、一歩病室に入った。ぶらんぶらんと揺れる足と、その股から床に流れ落ちた糞尿の跡。バスタオルが母さんの喉に食い込んで、顔は涙や鼻水でぐしゃぐしゃだった。

 私の背中でおばさんの悲鳴が上がり、静かだった廊下に反響した。


「そんなに私、悪いことしたのかなぁ……」


 ただ、迷惑をかけたくなかった。シングルマザーで大変そうだから、家でまでくるくる働かなくても良いように我慢をした、つもりだった。どこで間違えたんだろう?

 ぼんやりと母さんの死体を眺めながら、私は私の声を聞いた。


『今度は間違えないようにしようね。ね、私』


 紙粘土みたいなもう一人の私の言葉に、コクリと一度頷いた。



 母さんが自殺したことで、私はおばのうちに引き取られた。おばの名字は花京院、一つ上の典明という従兄がいた。なんと、ここはジョジョの世界だったらしい。つまり彼はあと十年と少ししたら死んでしまうのだ。

 粘土のように不定形の私が言う。


『彼は大事だわ。ねえ私?』

「そうだね。何しろ、彼を大切に思ってる人が二人もいるんだし」


 まだ四つの彼には、私が本当の妹であるかないかなど関係なかったようだ。彼は目下の存在が出来たことにとても喜び、お兄ちゃんと呼べよと胸を張った。まだハイエロファントグリーンを人に見せびらかしたい年齢だったのが一番の幸運かもしれない。次第にスタンドは私と典明の二人の秘密になっていった。

 中学生になる頃には、彼は私が本当の妹でないことをすっかり忘れていた。それで問題があるわけでもなしシスコンになったこともまあ気にするほどのことでもなし。自分と同じスタンド使いであるジョジョたちに出会えば何かしら良い方向に変わるだろう。友達いないコミュ障もそのうち治るだろう。兄妹二人でゲームするというコミュ力の無さが果たしてそう簡単に軌道修正されてくれるとは想像しがたいけれど。

 私が引き取られてから十三年、典明は十七になり私は十六になった。母さんたちと四人で行ったエジプト旅行で、私は額に肉の芽を植え付けられた。肉の芽による能力低下を防ぎたかったようで、典明がディオ様に従わなければ私が死ぬという。私のスタンド『ダブル・フェイス』には直接的なパワーもなければ、クレイジー・Dのように有用な能力もない。つまりちょうど良い人質だった。

 原作のように他人を巻き込むことなく相対した典明と承太郎は、承太郎が私に自殺防止のために猿ぐつわをしたことで戦いの決着を得た。流石はスタープラチナ、反応する間もなかった。

 肉の芽を摘出された翌日、ホリィさんがスタンドの暴走に倒れた。原作通りの流れではあるけれど痛々しい。ホリィを心配してくれるのは嬉しいが力のない私は日本に残るべきではないか、というジョセフさんの提案もあり、私は家へ帰ることになった。


「ダブル・フェイス、典明に付いておいて」

『遂に私の出番が来たのね。ねえ私、後悔しないって言える?』

「するわけがないよ、十三年前からずっとこうするつもりだったんだから」


 ダブル・フェイスは不定形のスタンド、そのままではパワーも何もない。でも、ダブル・フェイスにしかできないことがある。

 典明は両親に何も言わず、私にただ一枚のメモのみ残してエジプトへ立ってしまった。でも、帰ってこない息子に対して「男の子だし短期間の家出くらい心配無用」と笑うお母さんたちに真実は言えなかった。ああダブル・フェイス。彼らの息子を助けて。原作よ変われ、ダブル・フェイスの能力を発動させてくれるな。そう祈りながら毎日を過ごしていた、ある日のことだった。ホリィさんを苦しめていたスタンドが消えた。

 そして届く典明の訃報。死化粧で温かそうな頬は固く、典明の体にすがり付く私を見詰める承太郎たちの表情も硬かった。身内の死体を見るのは二度目のはずだった。顔から表情が抜け落ちて、まるで人型ロボットのように全てが、いいや、絶望以外の全てが失せた。典明がなぜ死ななければならなかったのか。ああダブル・フェイス。今こそ私の望みを果たせ……!





 ジョセフさんが「言いにくいことだが」と私に話しかけた。ホリィの身を案じてくれるのは嬉しいが、力のない君まで巻き込むわけにはいかない、と続けるジョセフさんから視線を外して、典明を見上げる。


「典明、じゃあ私は帰るね」

「ああ。二人には適当に言っておいてくれ」

「分かった」


 そして、家に帰ったのは典明だった。

 私のスタンドは直接的にはパワーもないし、クレイジー・Dみたいに有用な能力を持ってるわけでもな。だけど他にはない、ある意味でラスボスな能力を一つ、持っている。

 対象者と私の立場を、決めておいた始点から終点までのあいだ入れ替える。その期間内であれば私は対象者の能力を全く同じレベルで全く同じように使用することができる。ただし、私の行動範囲は対象者がした行動から大きく外れることはできない。たとえどんなことが起きるかを知っていたとしても口には出せないし、行動に移すことも出来ない。アドリブは可能ながら、あらかじめ定められた台本を読むことしか出来ないのだ。








 血を吐きながらこの十三年間を思い返してみれば、典明とゲームばかりしていた気がする。典明とお揃いのさくらんぼピアスに触れればなぜかじんわりと暖かいような感触がした。

 私が決めていた終点になれば、この旅に関わった一行は初回の記憶を取り戻す。元々そういう能力だからだ。典明は友人を手にいれ、世界を広げるだろう。ただ叶うならば、気心の知れた友人と笑いあう彼を見たかった。

 ああダブル・フェイス。君は果てしなく私だ。主人公になりたかった。一瞬で良いから煌めきたかった。そしてその煌めきの結果が死だとしても構わなかったのだ。そう、今この瞬間! 私は誰よりも何よりも輝いている! ああダブル・フェイス。これほど私に相応しいスタンドはない。

 白く染まっていく視界の中、絶叫する典明の姿を見た気がした。









+++++++++
 24に載せたものの転載。蛇足ながら解説。

 前世であまり家庭内で重要視されていなかったこともあり、自分は脇役にもなれないような存在だと思っていた。

→転生した先では、「片親では大変だろう」と言う親切心を発揮したつもりだったが、思っていた以上にその親が繊細に出来ていた。

→親の自殺方法がまるでアニメや漫画のキャラクターの悲しい過去みたいだと考える。まるで物語のキーマンになったかのようだ、と。

→花京院との出会いから、花京院の立場になり変われば皆幸せじゃないかと打算的なことを考えつく。

→『主人公格になりたい(人に興味を持たれたい)』という望みを叶えるスタンド能力が発現する。

→花京院が死ななかったら花京院の両親も承太郎も嬉しいよね。それに自分も主人公格になった気分が味わえるよね。

→花京院発狂。



ちなみにタイトルである「どうして消えてしまったの。ねえ、Siren」は

・どうして消えてしまったの:消えて=死んで

・Siren:警報→死の警告をする存在→原作を知っている夢主
    :セイレーン=人を死に至らしめる存在→原作

=どうして原作が変わってしまったの/どうして夢主は死んでしまったの



 実は旅の間に承太郎が夢主に惚れてたとかいう裏設定がだな……。
2013.05.31

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