イフタフ



 会社が年単位で契約しているジムで汗みずくになり、しかしシャワーなんぞという風呂に入った気になれないものを浴びる気はない。でもだからと言って独身寮の風呂もいかん。あそこには僕よりも体格の良い奴等がすし詰めに入っていてむさくるしいのだ。

 お供するっスとかなんとか言いながら僕の周囲をグルグル回る後輩を殴って昏倒させ、悠々と銭湯へ向かう。僕は銭湯で電気風呂にゆったりと浸かりたいのだ。いちいち背中を流しますっスだの湯加減はいかがっスかだのと絡んでくる後輩は邪魔でしかない。自前の風呂桶の中で石鹸がカコンと音を立て、僕の気分をより向上させる。


「なぁーおい、良いから金出せよ。こうやってオネガイしてんだからよォー?」

「え、でも……本当にお金ないんですって。離して下さい……」


 ジムを出てすぐ駅前の広場で、見るからに気の弱そうな餓鬼がつっぱった餓鬼たちに絡まれていた。あいつらこんなところで堂々とタカリか、勇気があると言うか何と言うか。誰か交番に走っていたりするのか?――おいおい誰も彼も見て見ぬふりとか。

 自分の恰好を見下ろせば、僕の勤める警備会社のロゴがプリントされた甚平だ。ああ、なんて僕は運が悪いんだ? あんな頭の悪そうな餓鬼に自ら絡みに行かなきゃいけないなんて!


「ヘイ、そこの頭の悪そうなボーイズ。僕の目の前で一般人から金を巻き上げようとするなんて迷惑な行為は今すぐ止めてくれないかい」

「ンああン!? なんだテメー! テメーも痛い目みてぇーのかよォ!?」

「チビのくせしてよぉー! どこの中学生でちゅかー!?」


 チビ、だと!?


「おいクソガキァ! 僕を、僕のことをチビと言ったか!! チビと、豆粒と!!」

「いやそこまでは言ってねぇよ」

「煩い天誅! とっても痛いチェリーアタック!!」


 一人の股間を蹴りあげれば「うぼぁー!」と言いながら奴は悶絶した。


「や、野郎! なんて恐ろしいことをしやがる!!」

「説明してやろう餓鬼共。僕は同じ男だからと言って股間を避けてやる程優しくはない!!」


 つっぱった餓鬼たちがゴクリと唾を飲み込んだ。タカられていた少年も顔を青ざめさせている。なんだよ助けてやっているんだろうが感謝しろよ。


「さて、次にとっても痛い思いをしたい馬鹿はどいつだ? 僕の美技の餌食にしてやろう!」

「こいつ最悪だ!」

「信じらんねぇぜ! こいつの金的には迷いも躊躇もねぇ!!」


 体をいくら鍛えたところで、股間という急所はどうしようもない。どうにかしたければプロテクターでも付けるのだな。


「馬鹿者、戦いにおいて迷いや躊躇などする方がおかしい! 弱点を攻めること、それが最高の一手だ」

「恰好良いことを言ってる気がするけどなんか違うような気もする!!」

「つまり金的一択だって言ってるってことだろ!?」

「う……うわぁ……」


 タカられていた少年が顔を引きつらせた。

 僕の金的を食らった餓鬼が「この野郎……ぶち殺すッ!!」だとか言いながらよろよろと立ち上がった。とっても痛かっただろうに殊勝なことだ。


「立ち上がる気か……だが、悲しいかな。その行動をたとえるなら、ボクサーの前のサンドバッグ……ただうたれるだけにのみ、立ちあがったのだ」


 可哀想に。つい名言を言ってしまったじゃないか。


「なんか凄い人に関わっちゃったよ……」


 こらタカられていた少年、それはどう言う意味だ!


「なんて性格の悪い野郎だ! 悪人のくせして正義漢ぶりやがって嫌味な野郎だぜぇー!!」

「てめぇの技が金的だって分かってりゃ防ぐ方法なんていくらでもあるんだぞォ!」


 つっぱった餓鬼共が騒ぎ始めた。


「馬鹿め、僕の攻撃が金的だけだと誰が言った。受けるととっても辛い連打!!」

「凄いネーミングセンス……」


 タカられてた少年、僕に〆られたいのか!

 僕の拳はもちろん体格や体重もあって軽いけれども、その分スピードと回数がある。それに「軽い」と入っても一般人の拳の倍は重いのだ。伊達に鍛えているわけじゃない。

 さっきの言葉通り餓鬼共をサンドバッグにした後、いつのまにか地面に転がしていたお風呂セットを拾い上げる。さて良い汗もかいたことだし銭湯に行くか。


「あ、あの! 助けてくれて有難うございました!」


 ――これが僕と広瀬康一の出会いであり、僕が原作に巻き込まれていく始まりだった。康一くんのせいで空条承太郎と知り合いになり花京院の生まれ変わりじゃないかとか馬鹿なことを言って絡まれるようになるとは、この時の僕は思いもしなかったのだ。






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24からの転載。加筆修正有り。
2013/06/24

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