美食人間国宝
死にたい奴は勝手に死ねと思ってた。――今は、人を巻き込むなクソ野郎と思ってる。
「小梅さんの料理はもはや神の領域と言っても良いでしょう」
どこだかの金持ちが、ニコニコと笑いながら私を見つめる。どうやら私の作った料理がお気に召したらしい彼は、私としては適当に作ったやっつけ韓国料理スンドゥブもどきが一番のお気に入りらしい。辛いのが好きなのか。どうでも良いけど。
「はあ、そうっすか」
支配人が目を剥いて私の横腹を突くけど無視だ、無視。これで『俺様に向かってその態度は何だ――!! 貴様なぞ辞めさせてやるわー!』とか言ってくれたらこっちは万々歳なんだけどね。きっと今回も無理だろう。
「はっはっは、小梅さんは恥ずかしがり屋のようですね。いやぁ、本当に私の料理人に欲しいですよ」
「いやはや、そう言って頂けるととても嬉しいです」
また支配人が横腹を突っつくけど無視。こんな不特定多数の人間に料理を出すよりか、個人の料理を作ってる方がどれだけましか。チラリと支配人を見たら泣きそうな顔でぶんぶん頭を振っている。
「どうです、私に雇われてみませんか」
「松平様、小梅は我が店の料理長ですゆえ……そう言った勧誘は……」
支配人が言いにくそうにやんわりと断るのを、邪魔すんじゃねーよこの禿げとか思いながら見やる。ああでも、私がこの松平さんだっけ? の屋敷に勤めることになったら、この人毎日のようにお客を呼びそうだ。それは面倒い。よし、頑張って断ってくれよ、禿げ。
「はっはっは、分っていますとも。この料理を毎日食べることができたらと思い、つい言ってしまったまでのことです」
松平さんは柔和に笑って、また私に向き直った。
「美味しい料理をどうも有難うございました、また来ますね」
「あ、はい。毎度」
支配人が脇腹を激しく突いたけど、無視した。
料理が全て! というこの世界に生まれて二十年近くが過ぎた。まだ十代だけど。
でも。この世界はグルメだなんだと言っている割に――飯はあんまり美味しくなかった。包丁を握れるようになるまではイギリス料理か貴様はと言いたくなるようなレベルの料理の数々に三食毎度泣きそうだったし。何故材料を計らない、何故そこで油を投入する、もっと優しく混ぜろ云々。居酒屋で厨房に立ってた私からすれば噴飯ものの漢料理(適当料理とも言う)の数々に卒倒しそうだった。
「小梅、久しぶり!」
支配人からもぎ取った休日、この世界での兄がグルメタウンに来ると言うから久しぶりに会おうと思ったんだけど――
「小松、そこなる巨漢はどなた?」
なんか、どっかで見た覚えがあるけど全然記憶にない。
「この人はトリコさん! あの有名な美食屋だよ、なんで小梅知らないの?!」
「人間に興味ないし」
「そういう子だった!!」
青い髪の巨漢はトリコというらしい。右手を差し出してトリコを見上げる。
「初めまして、私は小松の妹で小梅と言います」
軽く頭を下げつつ挨拶すれば、トリコは右手を握って上下に振りながら口の中で私の名前を繰り返した。
「もしかして小梅、グルメタワー最上階のグルメパレスの料理長か?」
「あ、はい。そうですけど」
十歳の時に連行されて以来、ずっとグルメパレスで働いてる私はまあまあ有名なんだとか。雑誌とか読む暇ないしどんな風に噂されてるのかは知らないけど。
「小松!! お前あの小梅と兄妹だったなんて、何で言わなかったんだ?! オレが紹介するまでもなくグルメタワー行き放題じゃねーか」
「いや、妹の権力にたかるとか出来ませんよ」
何故か興奮し始めた男は無視することにして、ちょっと猿顔っぽい兄に話しかける。似なくて良かったといつも思う。
「小松、そこのトリコさんが良ければ私も一緒に回りたいんだけど良い?」
「トリコさん――」
「あの小梅と飯屋を回れるなんて、首相でもできねーことを断るなんてするわけねーよ。よろしくな、小梅!」
そうなんだ?
「いっぱい食べようね!」
「うん、食べられるものは」
私、自分が作ったもの以外はレベルが低すぎて食べられないものが多いんだけどね。――まあ、祭の屋台だと思えば平気かな。
そして、私は節乃婆さんに会う。
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題名が思いつかないって言ったら最年少美食人間国宝とか∞星シェフはどう? ってコメントを頂いたので、OPっぽく遊んでみた。 08/15.2010 シリーズ化して美食人間国宝だけで良いような気がしてきたから「〜に、私は――なるっ!」の部分を消した。 2011/10/06
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