ヴァンパイアの娘5



 私の懸念は大当たりした。あんまり好きじゃなかったデーボとかJ・ガイル、女たらしのホルホース、エンヤ婆、ンドゥール、マライヤ……勇者パーティを倒しに行った全員が帰らず、今はヴァニラが侵入者の対応をしてる。ヴァニラのクリームが猛威を奮ったら屋敷は半壊じゃ済まないね。ヌケサク? そんな仲間なんていたっけ?


「DIO様、私も出ます! 許可を!」


 ヴァニラを心配してとかそういうのじゃなくて、このままじゃ私は何の役にも立たないままになるからだ。何のために今まで訓練してきたのか? DIO様の敵を倒すためにじゃないか。DIO様は魔王かもしれないけど私にとっても良くしてくれた人だ。こんな時くらいしかお返しができないんだから……。

 だけどDIO様は首を横に振った。


「いや、お前は出るな」

「な――何故ですか、DIO様!」

「お前はまだ弱い。この部屋で大人しく待っておれ」


 そして首筋に衝撃を受けたと気付くこともなく、私の視界は暗転した。

 ――気絶していたのは数十分で、目覚めたらDIO様は部屋にいなかった。嫌な感じがして轟音の響く階下を見やればヴァニラと柱みたいな髪型の男が戦っている。DIO様がここにいないなら外か。でもそろそろ日の出に近いんだけど……。柱男はヴァニラがどうにかするんだろうし、私がするべきはDIO様の下に今すぐ馳せ参じることだろう。日光を通さない暗幕が部屋にあるからそれを持って行かないと。


「スカーレット・テトラグラマトン! 暗幕を持ってDIO様の下に行くよ」


 浮かび上がる様に現れたテトラがしっかりと頷く。テトラは私を抱き上げ、床を踏み抜いて私の部屋へ直通の穴を開ける。ちょっと砂埃を被っちゃった暗幕を抱きしめた私をテトラが抱えて走りだした。DIO様を早く見つけないと、あと二三十分くらいで日が上る。DIO様のことだから心配いらないとは思いたいけど――悲しいけど悪役って倒されちゃうのがセオリーなのよねェ!

 日の出近いエジプトの街を右へ左へ……時計台が爆音と共に崩れたのを見てそっちへ向かったら、今度は別のところから爆音。カイロ中を走り回ってる気がする。ああもう、どこですかDIO様!

 あっちへこっちへとうろうろして、上から探そうと思い至ってビルを上った。と思えば今度は地上で爆発――おちょくられてるような気分になってきた。

 テトラと共に爆発のあった方向へ走る。遠くから「最高に『ハイ!』ってやつだアアアアアハハハハハハーッ!」ってDIO様の大きな声が聞こえ、これでDIO様の下に辿りつけそうだと安堵のため息を吐く。


「不死身ッ! 不老不死ッ! スタンドパワーッ! 取るに足らぬ人間どもよ! 支配してやるぞッ!! 我が知と力のもとにひれ伏すがいいぞッ!」


 あと二十数秒もすれば着きそうな場所でDIO様が哄笑している。まさに悪役。その舞台がロードローラーの上だってのがなんとも言えない。

 だけど何故か、DIO様が不自然なポーズで止まった。まるで体が動かせないかのように本当にピクリとも動かない。DIO様の後ろからヌウっと学ランの青年――DIO様に写真を見せてもらった勇者空条承太郎が、彼のムキムキのスタンドでDIO様の膝を破壊した!


「嘘だ、DIO様……DIO様!」


 だけどこっちの声は届いていないようでDIO様はこっちを振り向くこともなく承太郎と向き合い、そして突然大きな声をあげる。


「どうでもよいのだァーッ!」


 何がどうでも良いの!?――と思ったけど、私の疑問に答えてくれる人がいるわけもない。DIO様は傷だらけの膝から血を発射し、承太郎に目潰しをした。流石はDIO様、いらないところまでコントロール力抜群! どうやったらそんなコントロールが身に着くのか不思議!


「どうだ! この血の目潰しはッ! 勝ったッ! 死ねいッ!」

「DIO様それ敗北フラグ!」


 ザ・ワールドのハイキックと承太郎のスタンドのパンチがぶつかり合う。そして、ひび割れ砕け始めるDIO様の膝。亀裂は膝から上半身へと走り、腹を通り胸へ届き――

 私の頭の中に、以前DIO様が話してくれた昔話が閃く。


「……そういうわけで、この首から下はわたしの本来の体ではなく、ジョナサン・ジョースターの体なのだ」

「なら、DIO様は頭と体が離れても生きていられるのですね」

「そうだ。頭さえ無事であればわたしはいつまでも生きていられる」


 テトラが私を持ち直す。私の手の中には、いつもはテトラが腰に刺している短剣。テトラが私を前に投げ飛ばし……私は短剣を横に滑らせた。

 亀裂は鎖骨まで届いていたけど、DIO様の頭とジョナサン・ジョースターの体の付け根まではまだ届いていない。短剣で切断されたDIO様の首が飛ぶ。私の目の前に目を見開いた空条承太郎。くるりと一回転してジョナサンの肉体を蹴り後退、テトラが追いついてDIO様の首に暗幕を被せる。


「テトラ、離脱!」

「チッ――逃がすか!!」


 暗幕に包んだDIO様の頭をテトラに抱えさせ、その場から逃げさせる。魔王は勇者に倒される運命なのかもしれないけど、けど!


「DIO様を殺させはしない!」

「俺に餓鬼をいたぶる趣味はないぜ、そこをどけぃ!!」

「どかん! DIO様を捕まえたければ私を倒してから行け!」


 テトラがどんどん離れて行くのが分る。どうやらDIO様はテトラに色々と騒いでるみたいだけど、テトラは無視して走ってる。テトラ偉い。


「てめえみたいな餓鬼がどうしてDIOに従う?」

「DIO様は私の恩人です。たとえDIO様が悪の大魔王だとしたって、DIO様が私を慈しんでくれたことは本当の事ですから」


 ボロボロとはいえ承太郎は大人の男で私は子供。刃物で人を傷つける訓練なんてしてこなかった。夢中で短剣を振りまわす私に空条承太郎は眉間に深い皺を寄せて……腹に強い衝撃を受けてからの記憶は、ない。









 引き返せ、戻れと何度テトラへ行っても聞く様子はなく、テトラが向かったのは我が屋敷のようだった。濃くなる血の匂いに鼻をひくつかせる。最近かいだばかりの匂い……ヴァニラの血だ。それも大量の血が溢れたらしくかなり濃い。嫌な予想が頭をよぎる。

 わたしを包む暗幕が一瞬広げられたと思えば、一緒に包まれたのはヴァニラだな? ピクリとも動かないそれに事実を知る。ヴァニラ、貴様も死んだのか。


「ンなッ!? どういうこった!?」


 その場にいたらしいポルナレフの素っ頓狂な声もすぐに遠くなり、テトラは駆ける。きっとどこかわたしの隠れられる場所を探しているのだろう。そして数十分も走っただろうか、底冷えのする様な冷気がわたしの傷口をくすぐる。暗幕が外され、ここがどこか分った。カイロ博物館の地下資料室だ。どうやって入ったのかは知らんが良い判断だ、ここにはわたしの崇拝者がいる。

 テトラの手によってヴァニラの体にわたしの首が添えられた。テトラの無機質な目は真剣な色を宿している。私はヴァニラの体に根を張る様に……神経を伸ばし、繋がった。

 これから数年は十分に体を動かせんだろうが、問題ない。九十六年の沈黙に比べればその程度辛いものではないからな。だが、ショーン。アレがあの場に残ったことが気がかりでならない。酷い目に遭わされてはいないだろうか? まだ七つか八つの子供だ、そう酷い目に遭わされてはいないと思いたい。


「テトラ、ショーンのところへ戻れ」


 しかし、テトラはふるふると首を横に振った。なんと、アレは小さいながらなかなかの忠臣。わたしが以前した昔話からとっさの判断で首を飛ばしたのもさることながら、自らの安全よりわたしの安全を取るつもりのようだ。


「ならば命令を変えよう。テトラ、屋敷からわたしの崇拝者たちの名簿と、日記を持って来い」


 今度はテトラもコクリと頷いた。そして走りだし壁をすり抜けていった。スタンドのみだからこそできる芸当だな。

 そして数十分待ったわたしの下に帰ってきたテトラは、わたしの服と崇拝者の名簿、日記を確かに持っていた。テトラは指先さえピクリとも動かぬわたしを浮かせたり床に転がしたりしながら服を着替えさせ、良い仕事をしたと言わんばかりに額の汗を拭う動作をした。ショーンが部屋の掃除を終えた時に同じ動作をしていたことを思い出す。

 そういえば、わたしのザ・ワールドはどうなったのだろうか。今のわたしと同じような木偶の坊だとすると面倒だ。わたしの介護をテトラに任せねばならなくなってしまう。


「ザ・ワールド」


 呼べば現れる我がスタンド。ジョナサンの体を捨てヴァニラの体を得たためかその肉体にヒビはないが、首に繋ぎ目が見える。やはり影響があるようだ。動けと指示すれば予想外に滑らかに動き、力の入らない私を抱き上げる。


「先ずは電話だ。わたしがこの場にいたという証拠を消さねばならない」


 宿直室かどこか……館長に連絡せねばな。


「先導しろ、テトラ」


 わたしをここへ連れて来たテトラなら道もどうにかなるだろう。命じればテトラは頷いて歩き出した。


「ショーン、必ずお前を救いに行こう。それまで待っていろ……」


 わたしは忠義に応えぬ主になるつもりなどない。必ず承太郎共から救いだしてみせる。それまでその牙を研ぐことを忘れるなよ、ショーン。








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 24から転載、加筆修正有り。話の都合上、ヴァニラ戦を半日近く後ろにずらしました
2013/08/31

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