ヴァンパイアの娘4



 DIO様の御屋敷で暮らすようになってもう四年近くが過ぎた。DIO様の部下も増えて、オラウータンから犯罪者まで選り取りみどりだ。中でもエンヤ婆の息子だっていう性犯罪者J・ガイルは視線が厭らしいから嫌いだけど、相方のホルホースはこの世の全ての女性の味方を自称するだけあって優しいから好き。だけど現地妻は良くないと思います。

 今や二歳半になったハルノの初めての言葉はもちろん「ショー」で、次に「いおたま」だった。DIO様って言いたいんだろうけど舌足らずで言えてないのがすっごく可愛かった。でも今はもう私の事をショーン、DIO様のことを父上って呼べるようになった。ちょっと寂しい。

 ……んだけど。


「やー! ショーンはハルノと一緒行くの!」

「ハルノ、分って下さい。ショーンはDIO様と共に敵と戦わなければならないんです」

「ショーン、ハルノを捨てるの!?」

「私がハルノを捨てるわけがないでしょう。ハルノ、きっと迎えに行きますから……」


 授乳から子守唄からトイレ訓練から、ハルノの世話のほとんどは私がしてきた。シオバナに今さら母親らしいことをしろと言っても無理だろうけど、今はそのシオバナに頼るしかない。彼女はスタンド使いじゃない一般人で大人だ。ハルノを連れてどこへでも逃げられる。


「ハルノ、私の事を忘れないで下さい。私の心はいつも貴方と共にあります――元気で」


 DIO様とハルノと私で写った写真をポシェットの中に入れてやり、ハルノの肩をそっと押す。ハルノは目にうるうると涙を溜めて口を戦慄かせる――うう、可愛い。撫でてあげたい! でも我慢しなくちゃ駄目。私が決めたことなんだから。


「ショーン……」


 今にも泣き出しそうなハルノを見ていられず顔を背ければ、右手からシオバナが面倒くさそうな足取りでハルノを迎えに来たところだった。


「はぁ……ハルノ、行くわよ」


 全くハルノに興味がないと言わんばかりの目をしたシオバナにハルノを渡すのは、本当のことを言うと、嫌だ。でも今この屋敷を離れても良い人間はシオバナしかいないのだから仕方ない。

 シオバナに抱き上げられ連れて行かれるハルノが私に手を伸ばす。


「ショーン!」

「ハルノ、きっと、きっとです! きっと貴方に会いに行きます!!」


 我ながら思う。どこの少女漫画だ。まるきり、高校生あたりで再会する男女の幼い理不尽な別れそのものじゃないか。

 ハルノを避難させるの理由は一つ、巻き込まれてハルノが死ぬなんて未来を防ぐためだ。魔王を倒しに来る正義のヒーロー――空条承太郎という勇者が率いるチームがここエジプトに向かっているというニュースを聞いて、私はハルノの疎開を決めた。魔王は勇者に倒されるのが定石……。もしDIO様が倒されなかったとしても、屋敷が半壊してハルノが巻き込まれたなんてことになったら笑えない。

 ハルノが何度も私を呼ぶ悲痛な声は、屋敷の扉の向こうに消えた途端に途絶えた。よほどの大音量でもない限り外の音は聞こえない防音仕様の屋敷が今は少しだけ憎い。


「良かったのですか? ハルノを手放すなんて……貴方はハルノにかなり執着していたように思いますが」


 私の次にハルノの面倒を見てくれていたテレンスが、がっくりと肩を落とす私にそう言った。


「全然良くないです。良いわけがないです……。でも、DIO様がジョータローとやらに倒されるとは思いませんが、もしこの屋敷へジョータローが辿りつくなどと言うことがあれば――この屋敷が戦いの舞台になるでしょう。DIO様ならジョータローとの戦闘で屋敷が半壊しても気にしないと思うんです」

「……なるほど、賢明な判断です」

「ハルノはまだ二歳半ですから、自力では逃げられません。私だってハルノを手放したくなんてありませんでした」


 ただハルノの世話をしていれば良かっただけの昔と違って、今の私はDIO様の部下だ。DIO様が戦ってるのに部下の私だけ安全な場所でほけーっとしてるなんて、駄目でしょ。

 項垂れる私の頭をテレンスはポンポンと叩いた。


「さっさと承太郎一行を倒してハルノ様を迎えに行きましょう」

「うん……」


 テレンスの大きな手に頭を押しつけるようにつま先立ちになる。ハルノ、私の将来の旦那様! きっと迎えに行くからね!!







 ハルノが承太郎一行との戦いに巻き込まれないように外へ逃しても良いか、とショーンが聞いて来たので、ハルノに関する全てはお前に任せていると答えてやった。ハルノをシオバナに連れて行かせたショーンは、誰が見ても沈み込んでいると分る顔で訓練室に改造した元音楽室に現れた。


「DIO様、ハルノが行ってしまいました……」

「来い、ショーン」


 椅子に座るわたしの膝を叩けば、ショーンがよじ登る前にテトラが抱き上げて乗せてしまう。


「自分でも上がれます、テトラ!」


 テトラはふるふると頭を横に振ってショーンの額を指で小突いた。テトラ――スカーレット・テトラグラマトンはショーンの成長と共に筍か何かのように伸び、今では本体の背をも越して成人女性ほどの体格がある。わたしのザ・ワールドと同じく人型に限りなく近いスタンドであり、籠手に包まれた拳は女性型の見た目に反してかなりの重さがある。三十センチのとき既に三百キロを片手で持てたのだから、当然の力と言えるだろう。


「テトラはお前が怪我をする可能性を潰したいのだ、そう怒ってやるな」

「うう……分りました。有難うございます、テトラ」


 少しむくれた顔でテトラに礼を言うショーンの頭をテトラが優しい手つきで撫でる。そうしなければショーンの頭をうっかり潰してしまうからではないかと思っているが、訊ねたことはない。


「DIO様、ジョータローを倒してはやくハルノを迎えに行きたいです」

「そうだな」


 わたしとしてはハルノなどいなくても構わない。それどころか邪魔だ。ハルノがいればショーンのテンションは上がるが、わたしの傍にいてもハルノに夢中になってしまい使えない。ハルノがいなくともテンションを上げられるようになってもらわねば困る。

 まだ小さい頭がわたしの胸にポスンと埋まった。


「では始めるか」

「はい!」


 ――ショーンのスカーレット・テトラグラマトンはザ・ワールドと同じく人型でパワータイプだ。始めは他の部下に任せていたショーンの訓練相手だが、最近ではわたしが相手をしてやっている。わたし以外のスタンド使いではテトラのパワーに押し負けてしまい訓練にならないのだ。

 ザ・ワールドとスカーレット・テトラグラマトンが向かい合う。この音楽室はミニコンサートを出来るようにと作られた部屋であるから、こうして訓練するのにはちょうど良く広い。

 ザ・ワールドがテトラの拳を受け流したり軽く蹴り飛ばしたりして訓練を付けるわけだが、レスリングかボクシングでも観戦しているような気になってくるのだろう、ショーンはわたしの膝の上で拳を振り上げたりとジタバタし始める。何度も顎を殴られたが所詮子供のパンチだ、痛くはない。

 だが、ショーンの頭が鳩尾に入った時は……うむ。ザ・ワールドが殴られてもいない鳩尾を抱えて崩れ落ちるのを、ショーンは不思議そうに見ていた。


「早く育ちわたしの腕となれ、ショーン」


 柔らかい髪を撫でながら何度目になるか分らぬ言葉を吐く。先ずはさっさと承太郎たちジョースターの血統を倒し、この世を支配せねば。そして……目指すは天国。覚悟のある世界へ。









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 24から転載、加筆修正有り
2013/08/31

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