ヴァンパイアの娘2
DIO様に息子が生まれてハルノって名付けられた。黒髪に琥珀色の目をしたハルノは生まれたばかりの時こそお猿さんみたいな顔だったけど、数週間もすればふくふくほっぺの天使に変身した。目が大きいし眉も凛々しい。きっと将来はモテモテだろうな――私の旦那になることが決定してるから浮気なんてさせないけどね。魔王の後継ぎ候補が旦那様……うん。ベリーグッドだね。
ところで。ハルノはもう生後三カ月なのだけど、生まれてからこの三カ月の間に一度もDIO様と会えてない。DIO様はさして我が子に興味がないみたいだし、そんなDIO様の元にテレンスとかヴァニラがハルノを連れていくわけもない。ハルノの首も据わって抱っこできるようになったから私が連れていってあげよう。……シオバナがいたらハルノはもっと早くDIO様に会えたんだろうなぁ。
汐華さん――っていうかもう呼び捨てにしてる――シオバナは私やエンヤ婆の予想通りハルノの育児を放棄した。二週間ベッドの上で養生した後、ハルノを見に来てた私に「んじゃ、ハルノのことよろしく」と押しつけたのだ。今はDIO様から渡されたカードで遊び歩いてるとか。その遊びっていうのは男遊びも含まれるらしくて、エンヤ婆が阿婆擦れめがって文句言ってた。
というわけで、ハルノの面倒は主に私が見ている。DIO様に許可をもらっていたからテレンスも許してくれて、私ではどうにもならないこと以外は任せてくれている。たとえば、ハルノをお風呂に入れるのは私には大変だってことでテレンスがしてくれる。
「うりうりぃ、ハルノは可愛いですね!」
テレンスに用意してもらったぬるいミルクを飲ませ、飲み終わったら私にもたれかかる様に抱えて背中をポンポン叩けばハルノがクプッってげっぷした。満腹になったことで眠気が来たんだろう、ハルノはすぐにスヤスヤと眠り始める。うーむ睫毛長い。
ヴァニラが台車を改造して作ってくれたベビーカーにハルノを乗せる。元が台車だからキュルキュルと鳴るそれを押して廊下を進み、あるものを見つけた瞬間、私にはどうしようもない障害があったことに今さら気付いた。
「おぅ……」
DIO様は塔の上にいるから、ハルノをDIO様に会わせてあげるためには長い階段を上らないといけない。もしハルノを階段から落としてしまったりしたら……ハルノが死んじゃうか大怪我をしちゃう。それは駄目だ。ハルノは私の旦那様になる人だからね。
階段の下で、誰か来ないものか、いっそDIO様がここまで降りて来てくれないものかとうろうろしてたら、ヴァニラがDIO様に何かの報告があったらしく通りがかった。
「そんなところで何をしている、ショーン」
「ああ、ヴァニラ! 良いところに来てくれました!」
「一体どうしたのだ」
「ハルノをDIO様に会わせてやりたくて来たのですが、階段があるのを忘れていたんです」
ベビーカーが揺れたせいで目をぱっちり開けて私を見つめるハルノにニコリと笑みを浮かべる。乳児なのにハンサムってどういうことだろう。将来が本当に楽しみだ。
ヴァニラは顎に手を当ててフゥムと息を洩らし、「連れて行ってやろう」と提案してくれた。ここからDIO様の部屋までは段数が百段以上あるのにさすがはマッチョ、男らしい。そこに痺れる憧れるゥ!
「有難うございます、ヴァニラ!」
「ハルノ様が怪我をする可能性は潰さねばならない。階段の下で人を待つ判断は偉かったな、ショーン」
「はい」
台車ベビーカーを端に寄せ、ハルノと二人してヴァニラに抱っこされ階段を上る。扉の前で下ろされて先にヴァニラだけが報告に部屋に入り、五分とせずにDIO様の声がして「お前も入れ」と中から呼ばれた。
魔王様に跪く臣下の図――もう見慣れたものだ。ベッドの上でリラックスした体勢なのに優雅な魔王様は私と私の抱いたハルノを見下ろし、こっちへ来いと手招きした。
「DIO様、この子がDIO様の息子のハルノです!」
「黒髪か……」
ハルノはDIO様のようにハンサムに育つに決まってるけど、DIO様はハルノの髪の色が似なかったのが不満らしい。黒い方が優性遺伝なんだから仕方ないと分っていても言いたくなる、ってところか。ハルノに元々あまり興味がないのか、DIO様はハルノをジロジロと観察したと思えばすぐに私に視線を戻した。
「ショーン。前にも言った通り、こいつは貴様の好きなように育てるが良い」
「はい!」
うっしゃー言質とったー!
「ヴァニラ、ハルノを部屋に戻しておけ。――ショーン、ここへ来い」
ヴァニラは私の腕の中からそっとハルノを取り上げ部屋を出て行った。ヴァニラのことだから、テレンスにハルノを部屋へ戻したって伝えておいてくれるはずだ。そしたらテレンスがハルノを気にかけておいてくれる。
DIO様がポンポンと叩いたのはDIO様の膝の上で、ちょいと失礼してベッドにあがりDIO様の膝に座った。DIO様のベッドはなんと天蓋付きのキングサイズで、ベッドというよりトランポリンに近いんじゃないかと思うくらい広い。
DIO様は魔王様だから体温が低く、私の子供体温が気持ち良いから好きなのだそうだ。それと柔らかいから触って気持ちが良いそうだ。手足のついたビーズクッション扱いだけど私に否やはない。
DIO様が私の頭をゆっくりと撫でる。子供の髪の毛は細いから触り心地が良いんだろう、時々手櫛で髪を漉かれたりする。子供や猫を甘やかすような声でDIO様はくつくつと笑い、繰り返しこう言った。
「早く育て、ショーン。わたしの忠実な手足となれ……」
撫でてくれる手が気持ち良く――私は、いつの間にかDIO様の膝の上で眠りに落ちていた……。
ハルノはまだ赤ん坊でどのように育つのか分らんが、ショーンならば成長してからもわたしの手足として忠実に働くだろうことは容易に想像できる。ヴァニラたちのようにわたしに忠誠を誓い、わたしのために命さえ投げ打つような部下に成長することだろう。
だが、わたしがショーンを気に入っている理由はそれだけではない。ショーンは何事にも真面目な性格をしているのだ。いくらわたしに忠誠を誓っているとしても、生来不真面目な者の仕事は中途半端な物になる。ショーンならばきっと真剣にわたしの命令に従い取り組むことだろう。ヌケサクのような馬鹿は二人もいらんのだ……。
そういえば、ショーンはどのようなスタンドを発現させるのだろうか。私ならばザ・ワールド、エンヤ婆ならばジャスティスのように、それぞれの性格や嗜好に合ったスタンドが発現する。ショーンのスタンドはどのようなものになるのか? 一度気になり始めたら今すぐ確かめずにはいられない。
くってりと膝の上で脱力しているショーンを抱き上げて部屋を出る。スタンド使いを勧誘するために各地へ飛ぶことの多いエンヤ婆だが、今日はこの屋敷にいるはずだ。
子供と言うものは刃物や注射針というものを怖がるからな、寝ている間に刺してしまえば良いだろう。
ショーンがわたしの腕の中でもぞもぞと動き、頭を下にして万歳のポーズで止まった。抱きなおしてやれば再び動いて同じポーズに戻る。頭に血が上らんのか? 仕方がない、そのまま連れていくことにするか。
「エンヤば……」
エンヤ婆に割り当てた部屋の扉をノックせず開けば、エンヤ婆は怪しい笑い声を上げながらスタンドの矢を磨いていた。ザ・ワールドで時を止めて扉を閉め、今度はノックをして外から呼びかける。
「エンヤ婆」
「おお、その声はDIO様! どうぞお入りください」
扉を開けて入れば、矢を机の上に置き立ち上がったエンヤ婆がわたしを迎えた。さっきのは見なかったことにしよう。
「わざわざこの婆の部屋までお越し頂いて……何かありましたかのう」
「ショーンにスタンドを発現させてみたらどうなるのかと思ってな。貴様の持つその矢でこいつを刺せ」
「ひょ? DIO様、まだショーンは四つかそこらですじゃ。スタンドに負けて死ぬかもしれませんぞ」
腕に抱いたショーンを示して命じれば、ショーンを将来のわたしの忠臣候補として期待しているらしいエンヤ婆が渋い顔をする。ここでショーンに死なれては困ると思っているのだろう。
「問題ない。ほらさっさと刺せ」
DIO様がそう言うなら、と乗り気ではない様子でエンヤ婆はショーンに矢を刺した。ショーンがスタンドに負けて死ぬとは思わない――さて、こいつがどのようなスタンドを発現するのか楽しみだ。
+++++++++ 24から転載、加筆修正有り 2013/08/31
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