20世紀、世界旅行



 時は十九世紀末、イギリスの長閑な田舎を治めるジョースター家の二男ジャック・ジョースターには娘が三人いた。上から順にマリア、アンナ、ナタリーと言い、長女マリアには未来を視る力があった。彼女がその能力について他人に話すことはけしてなかったが。

 彼女が初めて自らの死を視てしまったのは、彼女が七歳になったばかりのことだった。幼い彼女が感じたのは悲しみでも自らに対する憐れみでもなかった。彼女は諾々とその未来に従うことを決め、昨日と同じ一日を送った。――それは覚悟であった。彼女は自らの死の形を先んじて知ったことにより、後悔のない人生を送ろうと決心したのである。

 果たしてそれは、ディオ改めDIOの求めるものと似ていた。彼はその覚悟に至った状態を天国と呼んだ。人は自らの未来を知ることで覚悟を得て、精神的な成長つまりスタンドの成長が可能になる……というのが彼の考えである。また、その『未来』は人から教えられるものではなく本人の感覚などで識るべきものである、とも。

 他人から語られる自身の未来にどれほどの説得力があるだろうか?「貴方の祖母はヘルニア患者だから、貴方もヘルニアにかかる因子を持っている」という話ならば誰も疑わない。だが「貴方は○○歳で○○という者と結婚し、○○という名前の子供を得て○○歳で死ぬ」と言われても、果たして人はその言葉を信じられるだろうか? 人は『確信』がなければそのような未来を信じられない。『確信する』ためには、自ら『経験する』ことが必須なのだ。

 DIOは全世界の人間に、動物に、生きとし生けるもの全てに『経験』をさせようと考えた。識ることは大いなる喜びであり、無垢は罪ではないが無知は罪なのだ、と。そう思っていたのだ。『経験』してこそ幸福は訪れ、全人類にとってより素晴らしい世界が手に入るのだと。

 マリア自身、『経験』したからこそ人生を充実して全うできたという思いはあった。もしあの時あそこで死ぬと言う未来を知らなければ、彼女は後悔ばかり残して死んだことだろうから。

 だがマリアは、DIOの言うところによる『経験』を好ましいものと思ったことは一度もなかった。未来が視えて喜ばしい結果を得たこともない――好ましいと思った少年が二十年後には性根の腐りきった豚になることや、自分の死に方など彼女は知りたくなかった。

 ――十九世紀のマリア・ジョースターと同じように、二十世紀のマリア・ジョースターも未来を垣間見る力を持っている。生きる世紀こそ違えど、彼女は同じ理性と記憶を持った存在なのだ。人は十九世紀のマリアのことを『前世』、二十世紀のマリアのことを『生まれ変わり』と呼ぶのであろうが、継続した記憶を持つ彼女にとって、この二つをわざわざ『前世』や『今生』と区別する必要性が感じられない。どちらも同じマリア・ジョースターなのだから。

 まだ朝日も薄い時間、二十世紀を生きるマリア・ジョースターはゆるゆると覚醒に至った。昨晩寝苦しかったため開けておいた窓からリスが入りこみ、部屋の主に胡桃やナッツをくれよとばかりに枕元を走り回っている。どうやらマリアはこのリスに起こされたらしい。全く、人の睡眠を邪魔するとは自分勝手なリスである。

 マリアは仕方なく身を起こし、ベッドサイドのチェストから殻に包まれた胡桃を一つ取り出す。当然、リスがチェストの中に飛び込む前に引き出しを閉めることを忘れない。そしてマリアが胡桃を渡してやれば、リスは勢い良く殻を削り始めた。……削り滓がベッドの上に散らばっていくのを見てため息を吐く。

 マリアは先ほどまで見ていた夢について、つまり、将来彼女が経験することが決定している事象について考えた。彼女の視た夢の中で、彼女とDIOは月光の下でペアー・ダンスを踊った。彼女が触れたDIOの肩にはジョナサン・ジョースターの肉体であると示す星の痣があり、マリアの知るディオ・ブランドーのそれよりも屈強な体格をしていた。

 DIOに攫われるのはマリアが十七かそこらの時になるだろう。鏡に映ったマリアの見た目はその程度の年齢に見えた。つまりあと十年ほどあるということだ。


「ディオ、私はまた貴方に会うのね。誘拐されると言った方が近いかもしれないけれど」


 マリアはディオの最後を直接その目で見ることはない。しかしマリアはDIOが日光に崩れて行く最後を既に知っている。そして彼が死ぬ前に呟く言葉も。


「愛している、ね……」


 きっとそれは偽りのない言葉なのだろう。だがマリアはそれを受け入れることができない――DIOの死はもはや確定された未来、マリアが何をしたところで変わるものではないのだ。と、そこまで考えたところでマリアははっと気付いた。まるで、これでは……DIOを愛しているようではないか。

 マリアは微笑んだ。そうか、私はどうやらDIOを愛しているらしい。ならばDIOがマリアを見つけやすいようにしてやろう。そして抵抗せずに誘拐されてやるのだ。

 小さく体を揺らしながら笑うマリアを、胡桃を食べきったリスが見上げていた。







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 タイトルを見れば一目瞭然ですが、19世紀が前日譚、20世紀が本編。
2013/08/29

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