19世紀、宇宙旅行



 マリアがディオを異性として男として愛していたかと言えば、それは否だ。マリアにとってディオ・ブランドーはただ観察して愛でるだけの対象だったからだ。なるほどこいつが将来吸血鬼になるのだな、フムフム――といった、部外者や野次馬のような感想を持っていた。

 マリアには未来を見る力があった。近い未来では五分後に読み終わるミステリ小説の結末、遠い未来ではジョナサン・ジョースターの肉体を持ったDIOが粉々に打ち砕かれる結末。マリアにとってより重要度が高いのはミステリの結末であり、たった五分を待つことなく知ってしまった真犯人の名前に彼女は嘆く他なかった。あとたった五分であるというのに、全く!

 ――彼の未来を知っているが故に、マリアはディオを観察対象として愛でていた。そういう意味では愛していたと言っても良い。ペットの犬を愛するように、彼女はディオの一挙一動を愛しく思っていた。

 それが一体どうしたことか。新たなミステリを求めて図書館を訪れたマリアは今、書棚に片腕を突いたディオ・ブランドーに絡まれている。


「レディ・ジョースター」

「何かしら」

「君は時々僕を見ている。そうだね?」

「そうね。貴方は目立つし、叔父様の息子。私が関心を持つ要素をいくつも持ってるから」


 ディオは、少し甘い言葉を囁いてやればマリアは堕ちると思っているのだろう。マリアを呼ぶ声音はとても優しく、そして甘さを含んでいた。


「最近の僕はおかしい。君のその黒く艶やかな髪を見る度に、君の声を耳にする度に、激しく心臓が脈打つんだ」

「そう。人間は恐怖でも心臓がどきどきするそうよ」


 ディオの視線に熱などないとマリアは考えていた。DIOが女性をそのままの意味で「食い散らかす」ことを未来視で見て知っているせいだ。ディオは良い意味でも悪い意味でも男尊女卑の男だ。女は弱いから守ってやらねばというフェミニズムと、女は男にあらゆる方面で劣ると馬鹿にした考えの両方を、その頭の中に矛盾させることなく内包している。


「レディ・ジョースター――いや、マリア。僕を見てくれ」


 ディオがマリアに許可を得ぬまま彼女の腕を掴んだ。面倒だと思いながらディオを見上げたマリアの双眸に飛び込んできたのは、苦しそうに悲しそうに眉間に皺を寄せ、瞳の奥に恋情をちらちらと瞬かせた男の顔だった。

 マリアは従兄のジョナサンがディオ・ブランドーと共に海に沈もうが、ディオがDIOだとかと名乗って世界征服に乗り出そうがどうでも良かった。ジョナサンの子や孫のことは子や孫がどうにかすれば良いではないか。そういう意味ではマリアは冷たい人間だった。

 だがこれは全くの予想外。彼女は、ディオの人生に自分が巻き込まれるなど一ミリたりとも考えていなかったのだ。DIOとしての彼も知っていたし、彼女とディオの関わりも深いものではなかったから、この恋する男の表情も演技だろうと考えた。彼の養父の姪であるという程度の関係――従兄妹として親しくしてきたわけでもなく、共通の思想や趣味で繋がった関係でもない。共通項も、ディオは法律の勉強に進んだが、マリアは法律など憲法しか知らない。ディオはラグビーを好むが、マリアは裁縫を好む。

 だから、ディオが本気であるなどと彼女は思いもよらなかった。


「君が僕に全く興味などないことくらい知っている。君の目を見ればすぐに分る……僕の事など、叔父のところに来た養子という程度にしか思っていないだろう」

「そうね」


 ディオはマリアの腕を離すことなく、彼女の手の甲に唇を落とした。


「僕にチャンスをくれないか。君の青い瞳に映る唯一の男になりたいんだ」

「無理だわ」

「何故だ? 君には婚約者などいないだろう?」

「それでも、無理なのよ」


 マリアはディオの手から自らの腕を引っこ抜いた。マリアとて年頃の少女だ、恋愛に興味がないとは言わない。――が、物心ついた時には既に彼女と共にあった未来視の力は、彼女に恋愛を許してくれなかった。

 あの男の子恰好良いわと思った瞬間に視えてしまう彼の運命の相手。あの人素敵と思った瞬間に視える、でっぷりと太りみっともない豚のようになった彼の将来の姿。少女の繊細な心は何度となく傷つけられ……恋愛に夢を抱けなくなったのである。今や彼女のハートはガラスはガラスでも防弾ガラス製で、彼女のハートを擦ったり砕いたりしようとする敵(異性)には散弾銃を向けるほど暴力的な物になった。


「貴方くらいの美男なら相手は選り取りみどりのはずよ、ミスター。――さようなら」


 マリアは本を借りるのを諦め、くるりと彼に背を向けて図書館を出た。まだ明るい外には人通りがあるが混雑しているわけでもないので、マリアは真っ直ぐ歩くことができた。

 明日の朝のために買い物に訪れた人々を横目に見ながら、マリアはこの光景に既視感を覚えていた。いつか視た、どこかで視た、この光景。ああ、これはどこで視たのだったか? 思い出せない、思い出さねばならない。この光景をどこで視たのか。

 マリアは立ち止まり、ぐるりと周囲を見回した。ああ、そうだ。ここは私の――――……








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 最後、私の何なのかは皆様の想像に任せちゃえ、と。えへ。
2013/08/26

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