ヴァンパイアの娘



 つい先日、前髪の一部が黒い金髪という特徴的な髪の少女を拾った。歳は三歳かそこらで名前はショーン・ブランドーというらしい。わたしと同じ名字とは、なんとも面白いではないか。

 日没前に目覚めてしまったため部屋でワインを傾けて暇を潰していたところ、わたしの部屋へ近づいてくる小さな気配がある。そしてベチベチというノックとは言い難いノックの後わたしの返事を待つことなく勝手に開けられる扉。テレンスが測ったところ八十五センチらしい小さな影は、扉を力一杯押し開いて部屋に入ってきた。


「でぃおさま。ごはん時間」


 扉の向こうから顔を出したショーンの言葉は、発音も悪ければ文法のクソもない。


「食事の時間か。よく呼びに来てくれたな、ショーン」

「よく呼びに来てくれたな……ショーンはよく呼びに来た?」

「ああ、偉いぞ」


 テレンスによれば、ショーンは話しかけられることのなかった子供ではないか、とのことだ。大人が使うような難しい単語をぽつぽつと知っているが意味を分っているようでもないし、とっさに言葉が出て来ずわたしたちの言葉を一度繰り返さなければ言葉の意味を掴めない。子供用ナイフやフォークも上手く持てない。――テレンスの予想通りだろう。

 自己主張する術を知らないとは、なんとも哀れな娘だ。わたしの知る三歳児はもっと小憎たらしい程にしゃべったような気がする。今はあの時代とは少し違うのかもしれんが、百年やそこらで大きく変わるものでもなかろう。

 ショーンの頭を軽く撫でて抱き上げる。たった十五キロの肉の塊がわたしの首に両腕を回し、ジョナサンの体との繋ぎ目を撫でながらわけの分らない呪文を繰り返す。


「くびいたくびいた、とんでけー」

「それは首痛と言うのだ」

「……くびいた?」

「しゅ・つ・う」

「しゅつーしゅつー、とんでけー」


 歌うようにそう唱え続けるショーンは気にしないことにし、子供には長すぎる階段を下りる。毎日これを上ってくるのだからショーンには根性があるな。まだ気が早いかもしれんが将来が楽しみだ。


「わたしの役に立つように育つのだぞ、ショーン」

「役に立つように育つのだぞ? ショーンはでぃおさまの役に立つように育つのだぞ?」

「良い子だ」


 胸から肩にかけて触れる熱い体温を揺すり上げ、その小さな背中を一つ軽く叩いてやる。平べったい顔の茶色い瞳にわたしを映すショーンにニッと笑み、興が乗って時間を止め階段を駆け降りた。まだ三秒しか止められなかったが――わたしの『世界』ならまだいけるようになるだろう。もっとだ。もっと止められる。突然変わった周囲にショーンが「ワッツ!?」と悲鳴を上げる姿が面白く、気付けば声をあげて笑っていた。






 私こと藍堂菖蒲が我らが魔王DIO様に拾われて、もうすぐ一年になる。スタンドなる名前の超能力が存在する異世界に四歳児の姿で飛ばされ、このまま死ぬのかと行き倒れた結果、運良くDIO様に拾ってもらえた。いわばDIO様は私の命の恩人だ。そのDIO様にもうすぐ第一子が生まれようとしている――これを祝わずに何を祝うというのだろう。汐華さんのお腹の形から見て男の子だってエンヤ婆が言ってた。

 だけど汐華さんってDIO様の奥さんじゃないよね。愛人と言うか……二人の間に愛があるかさえ不明。DIO様が金を出す代わりに子供を産ませるって感じがする。なんとも悪役らしい。流石DIO様、まさに魔王。でも汐華さんが子供を慈しむとは到底思えないしDIO様もなんだか実験で妊娠させてみたとか言ってるし、生まれてくる子供の未来は真っ暗だ。


「DIOさま、シオバナの様子を見に行きたいですじゃ」


 いつものように長い階段を上ってごはんの用意ができたと呼びに部屋へ入り、抱っこされてその階段を降りながらDIO様にお願いをしてみる。汐華さんもDIO様も子供を愛さないのなら、私がその子を育てる。目指すぞ逆光源氏計画。DIO様の息子なら恰好良くて頭の良い青年に育つに決まってるからね、教会で結婚式を挙げる時に新婦控室でガッツポーズを決めるまでが私の計画だ。


「……その口調は誰の真似だ?」

「エンヤ婆!」

「今すぐ止めろ」


 エンヤ婆の口調は女性として丁寧な口調だと思ったから真似してみたんだけど、どうやら違うらしい。


「真似をするならテレンスにしろ」

「テレンスの?」

「そうだ」


 DIO様と一緒だと、時々瞬間移動してくれるから楽しい。今も階段を下りていたはずがいつの間にか廊下にいるし。床に下ろされて手を繋ぎ、いつものようにテレンスが食事を用意している食堂へ向かう。DIO様の食事は本当はパンやステーキではないけど、嗜好品だとか言いながら私たちに付き合って食事してくれるあたり良い魔王様だと思う。主食は女性の生き血だと聞いた時は魔王だから当然だと思った。


「何故シオバナなどの様子を見に行きたいのだ?」


 私の質問を忘れずにいてくれるところも良い魔王様だ。


「シオバナのお腹の中にはDIO様の子供がいます。その子は……えーっと、絶対偉大な存在になるからです」


 DIO様の血を引いている子供が脳みそパッパラパーで「あべべ、あべべ、阿部、アーッ!!」とか言うような大人に育つわけがなく、どちらかと言うと「天上天下唯我独尊! オレが上で、お前が下だ!」みたいな大人になるに違いない。

 その人を逆光源氏計画したら将来安泰じゃないか。我が計画に一片の曇り無しと自信満々に胸を張ると、DIO様はフムと一つ鼻を鳴らした。


「そうか……シオバナは子育てなどできまい。生まれる子の世話、お前がしてみるか?」

「良いのですか!?」

「必ずテレンスの手を借りると約束できるのなら、な」


 まさかDIO様から許可が下りるとは思わなかった。だって私の体はまだ五歳かそこらだし……普通なら無理と判断される。DIO様ってば思い切りが良い――というか、子供が死んだところで別に良いやと思ってるのかもしれない。大丈夫ですDIO様。貴方の息子は私が立派な旦那に育ててみせます。


「有難うございます、DIO様!」

「うむ」


 そうと決まれば、すぐにご飯を食べて汐華さんのところに行かないとね。楽しみだ。









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24から転載&加筆修正有り。
2013/07/31

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