イフタフ20



 仗助くん家はここ周辺でも大きめの家なものだから、居間は広々と十五畳あった。隣接しているキッチンも含めれば二十畳になる。広いって良いねという話をしたら仗助くんが「風呂場も広いんっすよ」と言ったので、何畳か聞いてみたら二畳なうえ檜風呂だとか。檜風呂とか羨ましい。それに二畳ってのは都市部のお父さんたちに謝るべき広さだと思うよ? 世の中にはその半分以下の風呂場に毎日入ってる人もいるからね。1.25畳でも広めだというのに二畳……もしかして特注?


「あーっと、確かそうだったかもしれないっすね〜。じいさんが『ゆったり浸かれない風呂なぞ風呂ではない』って言ってましたし」

「なんて憎たら……間違えた。羨ましい。でも仗助くんくらいに背の高い人にはそれくらいないと狭いかもしれないね」


 ジョースターの血統の特徴を受け継いでるなら百九十五まで伸びるはずだし、マンションで一般的な0.75畳の浴室では狭くるしい思いをするに違いない。


「花園さんはほとんど毎日お風呂屋さん行ってますけど、寮のお風呂って狭いんですか?」


 康一くんの質問に「いや、広いよ」と答える。康一くん達と会う時のほとんどはお風呂セット持ってるもんね、僕。そう思うのも仕方ないだろう。


「仗助くんや億泰くんみたいな体格の良い人が一度に三人は浸かれるくらいに浴槽は大きいし、洗い場も広いよ。ただ、やっぱり皆すぐに汗を流したいから大挙して風呂場に入るわけで、むさ苦しいんだよね。右を見ても筋肉、左を見ても筋肉、浴槽の中で肩や背中に触れるのは他人の筋肉ってね。

 風呂屋なら他の客は骨と皮みたいな年寄りばっかりで背中や肩に誰かの筋肉が触れるようなことなんてないからさ、晴々しい気持ちになれるんだ」


 冬場はまだ我慢しようかという気にならなくもないけど、夏場は最悪だ。どうしようもない時以外は寮の風呂を利用したいなんて全く思えないね。仕事のある日は朝夕二回、休日は一回風呂屋を使って月に一万五千円前後――必要経費だと思って諦めてるよ。

 三人は右も左も筋肉と言ったあたりから顔をしかめ始め、浴槽の中で筋肉に筋肉が触れると聞いてとても嫌そうに表情を歪めた。


「そりゃーまた……」

「俺、鳥肌が立っちゃった」

「僕も……」


 袖をまくってブツブツの出来た腕を見せる億泰くんが可愛くて笑ってしまった。


「社宅なら一人でのびのびと入浴出来るんだろうけど、僕は一人身だからね。結婚の予定もないし、相手もいないし」


 女の子とデートとかタンデムして高速を走るとかって夢はある。いちゃいちゃしたいしキスとかだってしたい。――が、結婚となると話しは別だ。アルティメット・シイングに性欲などないし子種もない。寿命も老化もないから、十年内に行方不明にならないとヤバいかもしれない。もういっそのこと再来年にイタリアで行方不明になってしまおうか。いなくなった原因は『残念なことにイタリアの治安は悪かったのだ……』で決まりだね。


「ン〜……花園さん、俺ん家に来ないっすか?」


 何故か康一くんと億泰くんが顔を見合わせて肘でお互いを小突きあった。ホの字なんて認めないからね。


「俺ん家はじゅーぶん過ぎるくらい部屋余ってるし、駅からそう遠くもないし。優良物件だと思うんっすよ」

「ははは、有難う。仗助くんのお母さんが許してくれたら頼むよ」


 一児の母とはいえまだ若い朋子さんが、どこのどいつとも知れない男――それも若い男を家に居候させるとは思えない。仗助くんが朋子さんに言ったところで「何バカなこと言ってるの」と怒られるのがオチだろう。仗助くんの気持ちは有難いけど、朋子さんに叱られてくれ。






 それがどうしてこうなった。

 「あら、思ったより荷物が少ないのね」と言いながら僕の荷物を見る間にダンボール箱に詰めて行った朋子さんに呆然とする他ない。普通は却下するだろう? どうして許可が下りたんだい?


「今さらだけどさ、お母さんはよく許してくれたね」

「そりゃーまあ、色々あったんすよ」


 やりきったと言わんばかりに晴れ晴れとした顔で仗助くんはそう答えた。一体どんな伝家の宝刀を使ったんだろうか。頭を下げたのだろうことは分るけど……仗助くんがどうしてそこまでして僕を東方家の居候にしたいのか分らない。居候と言えばらんま二分の一思い出すなぁ――この時代だとつい数年前に完結したばかりだけど、僕の中ではだいぶ前に完結した作品という印象が強い。犬夜叉、RINNEまで知ってる身からするとね。

 ラブコメと言えば、男同士だから同居ラブコメなんて僕と仗助くんの間で起きるわけないし、というかTo LOVEるみたいなラッキースケベが男と男の間で起きても気色悪いだけだろ。朋子さんとラッキースケベなんてことになった方がそれらしい。ただその場合は瞬時に東方家から追い出されるだろうね。今日からは「ノックしてもしもぉーし」が必須だよ。

 すっからかんにされた寮の部屋を見て、今だけは僕に性欲がなくて良かったと思った。エロ本みたいな夜のオカズをベッドの下で見つけられてみろ……朋子さんと顔を合わせられなくなる。


「でもホント、花園さんって荷物少ないっすねぇ」

「唯一の趣味と言えるのは筋トレだし収集癖もないからね。実家にはビックリマ○シールとかキン消しがあるけど、流石に仕事での転勤に持ってくる気にはならなかったんだ」


 ビック○マンシールはクラスメイトがダブったのをくれたのをなんとなく捨てられないまま今に至る。キン消しは将来高値で売れるはずだと思って集めただけで、今も僕の机の中で眠っていることだろう。――前世でキン消し収集癖からフィギュアオタクになったヤツを一人知ってるから、収集することにちょっと忌避感があるんだよね。

 消しゴムと言えば、現代っ子は知らないだろう……まとまるくんが登場した時の感動を。消しカスがまとまらず、机の端に山にしていた小学生時代――中二の時にまとまるくんが閃光のように現れたことで、消しカスをいかに大きな練りケシにするか競ったものだ。勉強もしてないのに消しゴムだけ買ってきて机の上でひたすら消しカスを作ってる奴を見た時はコイツ馬鹿じゃないかと思ったけどね。


「本もだいたい図書館で借りて済ませちゃうし、いやぁ荷物が少ないわけだ」


 服と必要最低限の物しかないんだから。

 唇を蛸にして「フーン」と言った仗助くんの袖を引き、朋子さんを待たせたら申し訳ないだろうとその場をさっさと後にする。個人の部屋を与えられてはいたけど本当に狭い部屋だった……四畳半だからね、ほぼ寝るためだけの部屋と言ったって良い。狭い代わりに家賃も安くて、水光熱費食費込みで付きに五千円だった。

 仗助くん家にお世話になることが決定事項にされた後、会社に相談してみたら職場に近くなることもあって住宅補助として会社が二万まで出してくれるとのことだった。というかごり押しした。二万に足すことの僕の風呂代一万五千とそれまでの家賃五千円でも四万――同居させてもらうのに適正な価格なのかどうか……。

 風呂のために居候させてもらうってどうなんだろう、なんかおかしい気がする。というか、僕は居候するつもりは全くなかったんだけどね? 本当に、どうしてこうなった。

 車の中で「仗助の命の恩人なら平気かなと思って」と朋子さんに言われた。仗助くん、一体何をどういうふうに話したんだい? 「あ、まあ……」とか言葉を濁すしかなかったじゃないか。








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24から転載&加筆修正有り。
2013/07/31

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