我が身はjet stream!
美しい、という声が聞こえて見下ろせば、燃えるような赤毛を背中に豪快に垂らしたマッチョがそこにいた。文明が栄える前の時代だから服という概念がないことは分っているけれど、わたしとしては服を着ていたいから必死に布を織りましたとも、ええ。――だけど、わたし以外に服と言えるものを身に付けている人は初めて見た。そして、体系立った言語を話す人も。
空気が綺麗で月が煌々と輝いて見えるから夜は好きだ。今も真ん丸な月を眺めていた。月光の下こそ吸血鬼の生活の場だけど、夜の獣が怖いのでわたしは木に登って過ごしている。
「貴方は」
「なんて……美しいんだ」
まさか私と同じような存在がいたのかと驚きながら口を開けば、マッチョマンが再びそんなことを言った。えっと、突然褒められても困惑すると言うか……有難うと言えば良いの?
見下ろすのは失礼かなってことで、座り心地の良い木の枝から降りてマッチョマンを改めて見る。わたしがだいたい百五十だから百九十くらいだろうか? この時代のヒトにしてはかなり背が高い。マッチョマンはキリリと表情を引き締めると、わたしの手を取って口づけ――口づけたぁ!?
「な、何をするッ!!」
「オレの……妻になってくれないか」
「は?」
「幸せにする、約束しよう。オレの妻になってくれ」
「一昨日来やがれ下さい」
蕩けるような目を向けてくるマッチョマンをキッと睨み、手を男のそれから引っこ抜こうと腕に力を込めたのに、がっしりと掴まれてしまっていて微動だにしない。男の表情は真剣だ。本当に一昨日来い本気で!
「離せ……ッ!!」
「嫌だ」
キッと睨み据えた瞬間、嫌なことに気が付いてしまった。この男、角がある。鬼、鬼ですか!? 私みたいな吸血鬼がいるから鬼もいて当然と言われたらそうかもしれないけど、まさか鬼がいるだなんてッ!!
「初対面で全く無礼極まりない――それにわたしは男だ! その手を離せ!!」
「男? こんなに細いのにか」
鬼に密着するように腕を引かれ、空いた腕で腰を抱かれる。周りの人類もどきたちは皆野人だから、股間のイチモツがブラブラしていようがおっぱいが隠されることなくポロリしていようが気にならないようになったけど――それとこれは違う話でしょ!
「このッ!! 恥を知れ痴漢が!」
踵で相手の足を踏みつける。かなり痛いらしいと聞いているし、実際に通勤電車で踏まれた時は痛かったから効果があるはず――効かなかった。マッチョなのは伊達じゃないってことか!?
「可愛い反抗だな」
両腕をどこぞから取り出した細い縄で縛られ、担ぎあげられる。
「わたしをどうするつもりだ、この誘拐犯!」
「どうするつもりか……か? 連れ帰って嫁にする、とさっき言っただろう」
お腹が肩に当たって苦し、い。ぐ、ぐぅえっ、ぐぇっ! 太い木の根を乗り越える時とか、衝撃がモロにお腹に来て辛い。わたしは吸血鬼だけどか弱いんだ、もっと大切に扱え!!
「お腹、お腹が、痛いってば!!」
「おっと、すまない」
肩をバンバンと叩いて主張して、姫抱きに変更させる。
――わたしはこの男に、性的に食べられてしまうんだろうか。精神という面ではノーマルカプかもしれないけど肉体的にはBLです有難うございました。BLはファンタジーであって現実にわたしが受け身になるなんて言うのは全くの想定外。絶対に嫌だ! お尻の穴を開発されるなんてわたしはご免被るぞ!
「わたしは男だとさっきから言っている。わたしは嫁になんかならないよ」
「子供が欲しいわけじゃない。問題ない」
「問題ばかりだろーがこのボケナス!!」
今生の両親――は野人だから理性なんてないし倫理観もないから置いておいて、前世のお父さんとお母さん。貴方達の娘は今、有史以前に生まれ変わっただけでなく男の肉体を得て、だというのに男から「嫁になれ」と言われるなどという大百科以上にキテレツな現実に直面しています。誰か助けろ下さい。
ファンタジーやメルヘンじゃないんだから、BLなんて現実にあって欲しくありませんよ……。
+++++++++ 24から転載&加筆修正有り。 2013/07/31
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