♀+♂→QUEEN6



 さて。まだオレはこの時点で小学五年生の夏休みだ。当時は家同士が遠すぎることから互いの家に遊びに行くことがなかったけど、これでもオレは人生経験だけなら四十年を数える。道に迷った時の対処法はもちろん、地図の読み方だって分る。ってことで親に黙って承太郎の家へ遊びに来たのだ。

 母さんには図書館で宿題してくると言って出て来たから夏休みの宿題も持って来た――今さら小学生レベルの問題を解くというのはかなり精神的にきついもんがあるけど、しないわけにはいかない。連立方程式使いたいわー旅人算とか公式もう思い出せないしヤバいわー。

 小学生のくせして字がありえないくらい綺麗な承太郎が、宿題から顔を上げていぶかしげにオレを見た。


「どうしたんだよ鳴海、お前算数得意だろ?」

「いやー、ちょっとショッキングなことがあって公式とか色んなものが頭からポポポポーンと飛んでったのよ」


 ショッキングな三十年を挟んだから公式なんて――バカボンのパパが事故った時の様に頭から飛んで出て行ったっつーの。


「何があったんだよ」

「色々……ちょっと重い話っつーか衝撃的過ぎて誰もが目を剥くっつーか」


 オレが四十一だったことは絶対に言えないから、言えるとしたら「中学生になったら女の子デビューしまぁす☆」だけだ、が。ちょん切ったり潰れたりしたわけでもないのに女の子になりましたとか……普通、思わないだろ。昔は「気持ち悪がられるかもしれない」とか「友達じゃなくなるかもしれない」とか後ろ向きになってしまって相談できなかったことだ。

 麦茶の入ったガラスコップは汗をかいてる。


「話せないことか?」

「話すのが怖いことだな。もし話して、お前に気色悪がられるのが怖い」


 まあ、承太郎はそんなことを言うような奴じゃないことは分ってるんだ。そりゃあショックを受けるかもしれない。それでも、嫌悪感を露わにして「近寄るな汚い」とか言う奴じゃないもんな。――だけど、そうだと分っててもやっぱり怖いもんは怖い。子供は残酷で、思ったことをそのまま口にしてしまうところがある。


「そんなの、話してみなきゃ分らないだろ」


 大人になった承太郎なら空気を読んで「話したくなったらで良い」と言いそうなところだが、小学生の承太郎は真っ直ぐ切りこんできた。むっとした顔なのは馬鹿にされたと思ったからかな。


「……驚き過ぎて叫ぶなよ」

「叫ばねーよ」


 フンと鼻を鳴らした承太郎の顔を見つめれば、承太郎も負けじとオレを睨みつける。子供の顔で睨まれても可愛いだけだろ。うっかり心がほっこりしたじゃないかジョリーンはやっぱり承太郎似だな。


「オレ、男じゃなかった」

「は?」

「男でも女でもあるし、男でも女でもないんだ。どっちつかずな感じな。将来的にはホルモン注射とかで女を選ぶことになってる。半陰陽って体質なんだ」


 オレが女を今回も選んだのは、ひとえに『今さら男に戻れない』ということからだ。クラスメイトと一緒にグラビア雑誌広げて隠語コソコソ言い合ってゲラゲラ笑えるかと言うと――無理だ。女として三十年近く生きて来たオレに、女性の体を見て興奮しろというのは難しいというか無理なんだよ。

 オレの言葉を聞いた承太郎は無言で立ちあがり、居間を出て行った。――小五にはきつい話題だったか? だけどジョリーンは平気だったんだけど……小さい頃からオレの体質について知ってたから嫌悪感が湧くことがなかったのかもな。

 麦茶を飲み干し、お膳の上の宿題をリュックに詰め込んだ。承太郎とはまた職場が一緒になるだろうし、友人のままでいたかったんだけどな……やっぱ駄目だったか。そりゃそうかもなァ。

 消しカスをまとめて部屋の端に置いてあるゴミ箱に入れたところで承太郎が居間に帰って来た。分厚い本を重そうに両手に抱えてるみたいだけど一体どうした。


「何で宿題片付けてるんだよ」

「え、だってお前、オレ気持ち悪いだろ?」

「いつ気持ち悪いって言った。僕が部屋を出たのはこれを取りに行くためだ」


 明らかに数キロありますと言わんばかりの本をお膳に置き「こっちへ来い」と手招きする承太郎に近寄る。本の表紙には医学用語全辞典と書かれていた。


「なんでお前ん家こんなのがあるんだよ」

「知るか。でも、あるんだから使わないともったいないだろ」


 あかさたなは……半、半陰陽。


「『一次性徴における性の判別が難しいこと』……一次性徴?」

「ゾウさんが付いてるかついてないかとか、見た目では性別が判断できないってことだよ」


 難解な医学用語で説明が続いたけど、医療に詳しくないオレにも、ただの小学生の承太郎にもそれ以降の内容を理解することは不可能だった。承太郎がフムと一つ頷いた。


「つまり鳴海には性別がないんだな。それで将来は女になるんだよな」

「まあ、その通りだな」


 何故か目を輝かせてる承太郎を見ながら、言わなかった方が良かったのかもしれないと思い始めた。なんかさ、十一歳の時のジョリーンと同じ目してるんだもんよ。


「よし鳴海。お前は将来、僕の奥さんになるんだ」

「マジかよ」

「僕ん家はデカいからな、後継ぎの僕は絶対に結婚しないといけないんだ。そこらへんのキャーキャー煩い奴らから嫁を選ぶくらいならお前を嫁にした方が何倍もましだ」

「さようですか」


 ジョリーンママと出会うまでの防波堤になれってことか。――オレは結婚願望も異性と交際したいという希望も夢もない。こいつが二十二歳になるまで付き合ってやるか。


「良いよな、鳴海!」

「了解しやした」


 ジョリーンママに襲われるのはもう二度と勘弁して欲しいから、離婚しないように色々と手を打とう、うん。それまでこいつの背中はオレが守ってやらないと――な、ジャンヌ。








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24から転載。加筆修正有り。
2013/07/30

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