♀+♂→QUEEN2



 小学校に入学した時から何故か気が合った奴だった。だが同じ校区と言っても端と端だったからお互いの家に遊びに行くのは難しく、互いのおおざっぱな住所しか知らなかった。――聞いておけば良かったと何度思ったかしれない。中学生になれば今までよりも活動可能範囲が広がるから、今までの分を取り戻す位に互いの家へ遊びに行けるだろうと信じていた。今まで通り友情がずっと続くんだと、信じていたんだ。

 中学の入学式で会った鳴海は笑顔だったが憔悴しきっていて、酷く周囲の目を気にしていた。何か悩みがあるのなら相談してくれと何度も言ったが首を横に振るばかりで……鳴海の顔色は日に日に悪くなっていった。教師に相談しても「榎木君の問題だから」などと意味不明の事を言って要領を得ず、もはや青いと言うより白い顔の鳴海は見るも哀れだった。ずっとピリピリして目つきは悪くなり、態度は荒れていった。

 時々オレの背中に鳴海の縋るような視線が来るのが切なくて、だが何を言っても理由を教えてくれないのが悔しくて、オレに頼りがいがないのかと口論して。そしてある日、担任が言った。「榎木君は転校しました」――衣替えをした、数日後のことだった。

 中二になったしばらく後、二つ隣の中学で滅法強いスケバンがいるという噂を小耳に挟んだ。男みたいなベリーショートに踝まであるスカート、セーラー服の下にサラシを巻いている典型的な恰好の奴らしい。そいつの名前がナルミだと聞いた時は「どうせ他人だ」と思いつつも心が騒いだ。会いに行ってみれば良かったのに、会いに行けば良かったっつーのに、その時のオレはわざと目を逸らしてしまった。

 心の片隅にずっと真っ白い顔の鳴海が残ったまま高校に入りDIOの野郎をブン殴り、大学で出会った女と結婚し……徐倫が四歳になった時にSPW財団日本支部に出張することになった。里帰りなどで時折日本に帰ってはいるものの、二ヶ月も日本に留まることはなかった。久しぶりに日本らしい日本をゆったり味わえる、そう思って少し楽しみでさえあった。徐倫の成長を横で見られないのはもったいないが。

 日本支部の研究所へ行けば、入口で去年アメリカで行われた学会で知り合った研究者と会った。そういえば日本の研究所勤めだと言っていたな。

 研究テーマが近いこともあり、気が付けば足が止まり受付から入ってすぐのあたりで話しこんでいた。流石は二十年以上研究者をしている人だけあって知識はもちろん経験豊富だ。学会後のパーティではできなかった内容まで突っ込んで話していれば、入口の方で「空条承太郎さんですよ!! ちゃんと覚えてくださいね!!」という声がした。俺がどうした。

 声の方向を見るとそこには、ベリーショートの後ろ髪だけ伸ばして括った黒髪の研究者と事務員がいた。事務員はさっき受付に座っていた女だ。女が俺の視線に気付いて研究者の腕を引く。研究者の顔色は何故か真っ白だ。


「あ、榎木さん! 空条さんがこっちに気付きましたよ!! 空条さーん!」


 榎木――どっかで聞いた名字だな。先輩に一言謝りそちらへ足を向けようとし、しかし研究者は事務員に何やら早口で言うや否や踵を返し、風のように走って逃げて行った。


「あー……空条くん、榎木君と会ったことあるの?」


 先輩が少し苦笑いしながらそう訊ねて来たが、全く覚えはない。


「あの子は元々不良でね、空条くんも昔ヤンチャしてたそうじゃないか。その時に喧嘩した間柄だったりして、なーんて」


 君東京の○○区出身だろ? あの子も同じ区に住んでいたみたいだしさ。と笑う先輩に何かが引っ掛かった。何が引っ掛かるのか自分でも分らないが、何かが……何がひっかかってるんだ、俺は。


「彼の名前は?」

「彼? いやいや、あの子は女性だよ空条くん。榎木鳴海って名前だよ」

「えのき、なるみ」

「でもまた男と間違われるなんて、あの子ももうちょっと女の子らしい恰好をすれば良いのに――空条くん、どうしたんだね?」


 えのきなるみ榎木なるみ――榎木、鳴海。偶然か? よくある名前でもないのに?

 心配そうに俺を見上げる先輩を見て首を横に振り、何でもありませんと答えた。さっきひっかかった何かが分った。見覚えがあったのだ、あの顔に。なだらかな丘のような眉や少し突き出した上唇、幼い頃の面影を残したまま大人になったあの顔は――俺の知る榎木鳴海その人だ。

 しかし、性別が違うのはどういうことだ? 手術でもしたのか。手術をするほど女になりたかったのだとしたら、何故女らしい恰好をしないのか。女になったのは不本意であったのかもしれない。しかし無理やり手術をさせられたとしても戸籍まで女にする必要性はないはずだ。鳴海の身に何が起きたのか――中学に上がった時の、手負いの獣のような姿に何か関係があるのか。

 知らなければ。


「……彼女の履歴書を、見ても良いでしょうか」

「え? うん、良いんじゃないかな」


 知らなければ。







♀+♂+♀+♂+♀
 24から転載&加筆修正有り。
 ※ストーカー法は2001年、個人情報保護法は2003年。現時点は1996年。
2013/07/15

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