シルエットに見る幸福



 ソファに寝転がりチョコレートを摘まむのはあまり行儀の良い姿ではないが、ジョルジョがすれば一つの絵画のようだ。ジョルノは自分の膝に上半身を預けて寝転がるジョルジョをうっとりと眺め、その頭を撫でる。

 SPW財団にカチコミをかけようとしたジョルノを止めたのはポルナレフとトリッシュで、ミスタは「あの美少女が囚われているっつーのに黙ってられるわけねーだろ! え、男? 嘘だろ、嘘だって言えよ!!」と泣き崩れて病院に運び込まれた。退院にはあと一週間必要だとか。

 ポルナレフの仲介でジョルノが仕方なくSPW財団にアポイントを取れば、拍子抜けするほど簡単にジョルジョとの面会許可が下りた。監禁されているのだとばかり思っていたジョルノはSPW財団の罠ではないかと疑ったが、だからと言って弟と会わない選択肢など彼には存在しない。

 そうして訪れた地下施設は日光が苦手――というより日光を忌避すべき体質のジョルジョのために誂えたと言われれば納得のものだった。ジョルノによる支配にまだ綻びがあるパッショーネにいさせるよりは安全であろう。ただ、ジョルジョに安全と安心を与えられるのがジョルノではなくSPW財団であるということに少々ならぬ苛立ちがあるのは確かだ。


「ジョルジョ、チョコ美味しい?」

「うん」


 ジョルノのそれよりも柔らかい金髪を撫でながら訊ねれば幼い子供の様に素直な返事。ジョルノは正面のソファに座る相手を見やり、フッと鼻で笑った。チョコレートに夢中なジョルジョは気付いていないようだが、彼ら二人の正面に座る男はギリギリと唇を噛みしめている。

 男の名は花京院典明、ジョルジョがジョルジョになる前の兄だという。それを知った時、ジョルノは納得した。ジョルジョが小さな頃から達観していたのは前世の記憶があるからなのだ。

 見せつけるように後頭部にキスを落としてやれば花京院がスタンドを発現した。


「――なんです、花京院さん。スタンドを出すなんて物騒なことは止めてくれませんか」

「無礼な餓鬼に教育的指導をしてあげようと思ってね。どうだい、地上階に訓練スペースがあっただろう」

「無礼だなんて。僕はこうして、甘えてくる弟を可愛がっているだけですよ」

「チョコレートで釣って、かい? ベイビー(お坊ちゃん)、物で釣らないとジョルジョを引きとめていられる自信がないのか?」

「へえ、その言葉、取り消すなら今のうちですよ」


 今のジョルジョの兄はジョルノである。昔は彼がジョルジョの兄だったのだとしても、そんなこと彼の知ったことではない。前世の血縁が何だと言うのだ。より大切にすべきは今生の血縁であろう。ジョルノには兄の座を他人に譲るつもりは毛頭なく、花京院もジョルノも兄であるなどという妥協案は二人に存在しなかった。兄は一人で十分だ。


「ジョルジョ、僕たちはちょっと用事が出来てしまったんだ。ここで待っていてくれる?」

「分ったよ。二人とも喧嘩するのは止めないけどほどほどにね」


 微笑んでジョルノの膝から半身を起こしたジョルノの頬をするりと撫で、親指で出入り口を指す花京院に頷いて部屋を出る。――誠に大人げない男花京院典明と、口調こそ丁寧だが全く目上の相手である花京院を敬っていないジョルノ・ジョバァーナによる、兄の座を賭けた戦いの火蓋が……今、切り落とされようとしていた。







 ジョルジョはジョルノが持ちこんだチョコレートを食べながら、ジョルノの手に自らの頭を押し付けたりなどして撫でるように要求した。撫でられると自分が全面的に肯定されているような気持ちになり、ジョルジョはとても満足感を覚えるのだ。ただ存在するだけだというのに、無条件で肯定される。なんと幸福なことだろう! 人の体温と触れあうこと、肯定されること、愛されること……ジョルジョはいま幸福だけで満たされている。

 ポルナレフを通じてジョルノがジョルジョとの面会を求めて来たのはつい一週間前のことで、時期で言えば五部が終わり半年と少し。恥知らずのあたりだろうか。ジョルジョは恥知らずのパープル・ヘイズを未読であるため詳細を知らないが、フーゴがパッショーネへの忠誠心を試される話だということは知っている。

 チョコレートの甘さがそのままジョルノの甘い態度を表しているように感じられ、ジョルジョの機嫌は上昇した。ジョルノはジョルジョに弱いし甘い。なんとも素晴らしいことではないか。


「ジョルジョ、チョコ美味しい?」

「うん」


 ジョルノの質問への返事が弾んだものになるのも当然のことだった。ジョルノの甘い対応が美味しい(嬉しい)かと聞かれればその通りだからだ。愛はチョコレートの様に甘く、幸福で――どろりとしたものだ。

 ジョルジョが転がるそれと向かい合ったソファには、ジョルジョとしてはジョルノとバッティングさせるつもりのなかった面会相手――花京院典明が座っている。職員が誤って同じ日に二人の面会予定を入れたせいでこのようなことになってしまったのだ。何度も謝罪を受けたため許さざるを得なかったが、この状況は「面倒」の一言に尽きた。一度に対応する「兄」は一人で十分だ。右を立てれば左が立たず、左を立てれば右が立たずといった状況になるのは目に見えていた。

 ジョルノがジョルジョの後頭部にキスをしたことで、典明が顔に青筋を立ててスタンドを発現した。ハイエロファントグリーンを目の端に見た時、ジョルジョは今のスタンドの姿をきちんと確認したことはなかったことを思い出した。『彼女』が最後に目にしたスタンドはハイエロファントグリーンとなったダブル・フェイスであった。前世と同じダブル・フェイスであろうと一瞬考えたが、スタンドは進化することがあると思い出す。変わっていたら変わっていたで面白いし、変わっていないならいないで良い。後で確認しようとジョルジョは決めた。


「――なんです、花京院さん。スタンドを出すなんて物騒なことは止めてくれませんか」


 ジョルジョはそんなことを考えていたが、典明に威嚇されたジョルノはキッと表情を引き締めた。その態度には余裕綽々といった雰囲気が漂う。


「無礼な餓鬼に教育的指導をしてあげようと思ってね。どうだい、地上階に訓練スペースがあっただろう」


 表面上はにこやかにそう言った典明にジョルノは不敵な笑みを浮かべて応戦する。


「無礼だなんて。僕はこうして、甘えてくる弟を可愛がっているだけですよ」

「チョコレートで釣って、かい? ベイビー(お坊ちゃん)、物で釣らないとジョルジョを引きとめていられる自信がないのか?」

「へえ、その言葉、取り消すなら今のうちですよ」


 ジョルジョはどちらの膝を枕にしても良いのだが、チョコレートを持って来たのがジョルノだったためジョルノを選んだだけである。チョコレートに釣られたと言われればその通りだが……。

 そっと起き上る様に促されて半身を起こせば、戦地に向かう男の顔をした典明とジョルノがいた。


「ジョルジョ、僕たちはちょっと用事が出来てしまったんだ。ここで待っていてくれる?」

「分ったよ。二人とも喧嘩するのは止めないけどほどほどにね」


 ジョルジョがどちらともを兄と呼んだ場合メリットがあるが、どちらかだけを兄と呼ぶ『必要性』もメリットもないどころかデメリットがある。円満な関係を築いていたはずの相手が六部で敵対する……その流れを作るためには、兄たちの片方のみ優遇するという手段をとるべきではない。しかしジョルジョは喧嘩する二人を止めようと言う気は全くなかった。面倒であったのと、どちらかが負けたとしてもこう声をかけてやれば良いだけだからだ――「僕にとって貴方は大切な兄さんの一人だよ」と。やり口はあくどいことこの上ないが、それの効果は絶大である。

 部屋を出て行った二人を見送った後、ダブル・フェイスなら覗き見できるだろうかと思い付いた。スタンドを確認しようと思っていたところであるし、ちょうど良い。


「おいで、僕のスタンド」


 来客中は居間の監視カメラが切られていることを知っている。ソファに浅く座り前に右腕を宙に差し出し、誰もいない誰も見ていないそこでスタンドを発現する。

 一瞬のうちに現れたのは見慣れたダブル・フェイスではなく……たっぷりした金髪に紅い瞳、屈強な筋肉に覆われた肉体で首には茨のような傷跡、肩には星型の痣を持ち。黒くベタで塗りつぶされた四肢に目だけが爛々と輝いているその姿は、ああ、百年を生きた吸血鬼DIOその人以外にあり得ない。


「あは……あはははははッ! はははははははははははははは!!」


 ジョルジョが差し出した手にはスタンドの左手が添えられ、それはまるで自我のある生き物のように勝手に動いた。スタンドに手を引かれて立ちあがり、ジョルジョはその広い胸に鼻を強打した。ああ痛い、ああ、ああ……!


「なんて素敵なんだ! 君は――貴方の名前は、Voodoo Kingdom! その邪悪な瞳、その肩の星! これ以上に相応しい名前はないッ!!」


 紅く輝く瞳を見つめ、ジョルジョは満面の笑みを浮かべた。全てがジョルジョの望むように、したいように進んでいる。ジョルジョの体は多幸感に満たされ、風船か何かのようにふんわりと軽い。

 感動のまま抱きしめたスタンドの胸板は、腕が回らないほど厚かった。







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 24から転載&加筆修正有り。
 Voodoo kingdomかなり鬼畜なスタンドでござる……
2013/07/12

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