イフタフ17



 ブローノからチームのメンバーを紹介してもらった後から、ブローノが出なければならないような喧嘩とかがなくなった。きっと彼の部下たちが手を回してくれたんだろう、感謝しないとね。日本土産の手作り扇子キットで作った無駄無駄扇子をあげよう。

 ――楽しい時間というのはすぐに過ぎ去ってしまうもので、今日を除けばあと一日で帰国しないといけない。だけど今日はブローノが上司に呼び出されたから僕一人でカフェに来た。何時に帰れるか分からないという話だから昼食はもちろん夕食も一人で摂ることになる。見たいと思う観光名所は見てしまったからどこに行きたいというのもない。突如ぽっかりと空いた一日をどう過ごそう?

 イタリアの食事は脂っこいことを除けば美味しかった。使っているバターや小麦粉が違うのか、日本でよく食べるパンの何倍も美味しいそれに舌鼓を打ったり、チーズと生ハムを一緒に口に放り込んだ瞬間にホルマジオとプロシュート兄貴のソルジェラ状態を想像してしまって噎せたり……後半は忘れたい思い出だ。

 街の観光もした。市庁舎は外も中も見応えがあって美しく、美術館ではイタリア芸術をすぐ触れられそうな近さで見られて感動したよ。彫刻や絵画を一度に見たければ教会に行くのが一番ということで教会へも行った。宗教団体はお金を嫌うというけど、あの建物を建てるためには多大な金が献金として集められたんだよね……本音が見え隠れしてるのがなんともかんとも。免罪符とか売っちゃうからルターに反抗されたんだよ。

 一度ツアー客の一人だと思われてホテルに連れ帰られそうになったことを除けば大事ない五日間だった。あとはナランチャからノンノ先生と呼ばれるようになったくらいしか特筆することがない。おじいちゃん先生ってどういうことだい。返答によれば暴力だって辞さないよと聞けば、ナランチャのもう亡いおじいちゃんに似ていたからと涙目で言われた。それと僕の名前が「はなぞののりあき」だからだとか。なるほど、真ん中から取ったのか。それなら許しても良い……けど、おじいちゃんと言われたのはかなりショックだった。前世と合わせたってまだ四十代なんだよ、僕は!

 アバッキオは僕に対して反発していたのに、何故か途中から態度が軟化した。僕の仕事が警備員だと知ると神妙な顔で「そうか」と頷いていたのは――きっと彼の過去が関係しているんだろう。僕がそのわだかまりを解決してやる必要性なんて全くないからアドバイスとかそんなのは全然しなかった。というか、自分の過去を知っているはずもない相手から突然アドバイスされても気色悪いだけだしね。フーゴは……知らね。あの場にいたっけ?

 そういえば同僚や知り合いへの土産を買ってなかった。プロシュート買って帰ろうかなプロシュート、兄貴じゃない方の。それならホルマジオとクラ◯トのリゾットも買おう。俺はネタに走るぞジョジョー!! ネタッ! 走らずにはいられない!!

 残りの固いビスケットをコーヒーに浸しては食べ、口元を拭ってウェイターを呼んだ。これはアメリカでは下層階級の食べ方とされているけど、イタリアではごく普通のことなんだよね。ネズミーアニメでミッキーネズミがドーナッツをコーヒーにじゃぶじゃぶ浸してから食べていたのはわざと品の悪いことをする様子を描いていたのさ。で、イタリアで下品だと思われていない理由は一つ――ビスケットが固いので、柔らかくしないと食べにくいから。これを下品と言われたら困るってわけだ。

 チップを含めて3.5ユーロ渡し、確かこの近くにあったはずのスーパーへ向かおうと立ち上がり……見つけたくないものを見つけてしまった。路地裏に連れ込まれていくドッピオを。見なかったフリして逃げてしまえたら良かったんだけど、目が合っちゃったんだよね! 運が悪いにも程がある!

 仕方なく路地裏へ走れば、襟首を掴み上げられ呻いているドッピオと脂肪の壁がかなり分厚い男がいた。


「そこで何してるんだい」

「誰だッ!……なんだ、餓鬼じゃねーか」


 たぷたぷの顎を揺らしながら僕を馬鹿にするように見下ろした男に苛っときた。おいデブてめぇ、その脂肪を道にぶちまけてやろうか。


「君は関係ない、逃げてッ!」

「そうだぜ〜、おれはこいつから巻き上げるのに忙しいからよォ。逃げるなら今のうちだぜぇ?」


 いや、今逃げちゃったらディアボロさんに後で僕がメタメタのボコボコにされると思うよ。集られるとかそんなレベルじゃなくて生死がかかってるからね、それ。


「そいつがやられるのを放っておけば、僕は助けるって言うのかい?」

「そうだっつってんだろが。おら、さっさとどっか行けチビ」

「だが断る。僕はチビではないけどお前は間違いなくデブッ! 屋上から落とせば跳ねるような体型の貴様に僕の身体的特徴を馬鹿にされる謂れはない!! 天誅とっても痛いキックッ!!」


 僕に正面を向けたのが不運だと思うんだね! 人を傷付ける物には相応の罰が与えられなければならない――このイタリアンデブには躊躇など必要なしッ!! 潰れろ、そして未来を失え!

 男の手からボトリと落ちたドッピオが真っ青な顔で股間を押さえている。なんだい誰もかれも……君が蹴られた訳じゃないだろうに大袈裟だなぁ。

 男は汚ならしい悲鳴をあげながら悶えている。よく見れば白目を剥いて泡を吹いているようだ。蟹みたいだね。もしくは小学校の時にクラスにいたテンカン症だった奴。初めて見た時は、笑うとか馬鹿にするとかそんなのより先に慌てた。あのまま死ぬんじゃないかと思って「救急車を呼べぇぇぇぇ!!」って叫んだしね。毒でも飲んだんじゃないかとか新型インフルエンザとかじゃないかとか焦りまくった覚えがある。

 男を蹴り路地の奥へ転がして帰ってきてみれば、まだドッピオが乙女座りで股間を守っていた。……そんなにショックだった?


「ねえ君、今回は僕があれを追い払ったけどね。君は少し隙がありすぎるように思うよ。ここらはどうやら頭の沸いた屑が多いみたいだからね……周りは全員敵だと思って行動するくらいが良いんじゃないかな」


 ドッピオは隙が多い。それがドッピオの長所であり短所でもある。純粋すぎるんだよね。ディアボロに着いて行くための足さえあれば他に何も必要ないと思ってるのかもしれないけど、無駄な諍いを避けられるなら避けた方が良いはずだ。

 ドッピオの頭を軽く撫でて、じゃあねと別れた。まさか後でディアボロから経歴探られるとか思いもしなかったけどね、うん。








 ブローノにとってはいつかまた会えると思っての別れ、僕にとってはこれが唯一で最後と知っての別れ。ブローノの体を強く抱き締める。僕はブローノを助けることはできないだろう。康一くんに同行してイタリアに行くなんてことでもない限り、親友の命が失われるのを指をくわえて待ってるわけだ、僕は。


「なんだノリアキ、泣いているのか」

「ああ。当然だろう? 今度会えるのは何年後の話か分かりやしないじゃないか……ブローノ、君の幸運と健康を祈っている」


 涙が止まらなくてぐしゃぐしゃな顔の僕を見たブローノは嬉しそうに笑い、僕の濡れた頬に頬を二度擦り合わせて再び僕を見下ろした。


「ノリアキ、おれも君の幸運と健康を祈っている。君が言ったのだ――スタンド使い同士はひかれ合うと。おれたちはまた会える。きっとだ」


 今度会えるとしたら死んだ後じゃないか。僕なんて何時死ねるか分らないんだぞ。何万年も待たせるかもしれない。君が待ちくたびれて僕を忘れてしまうかもしれない。


「必ず会おうノリアキ。会うんだ。おれたちは手紙でも、心でも、スタンドでも繋がっている。おれたちは、また会うために別れるんだ」

「か、恰好良いこと言いやがってブローノ、君はなんて男らしいんだ馬鹿。また会いに来る。必ず会いに来るよ。それまで君のその男ぶり、更に磨いて待っていろ」


 まだまだ溢れようとする涙を拭ってブローノをもう一回抱きしめる。これは最後の別れじゃない。また会うために別れるんだ。


「さよならじゃないね。『また会おう』ブローノ」

「ああ。また会おう」


 生きているブローノにまた会えることを願う――いや、叶えるんだ。現実にするんだ。ブローノ、僕は君を助けられるだろうか?

 エコノミー席に沈み込み目を閉じた。僕は何だい? アルティメット・シイングだろう? なら大丈夫だ。ブローノは助けられるさ。そうさきっと大丈夫。僕は成し遂げてみせる。







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 24から転載&加筆修正有り。
2013/07/12

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