イフタフ16



 ブローノはここら一帯の治安維持を任されている。僕がいる期間は休みを取っているはずなのだけど、時々喧嘩の仲介やら何やらで呼ばれることがあった。そのたびに申し訳なさそうに席を外すブローノを見ていて逆に僕が申し訳ない気持ちになって来る。僕だってスタンド持ちだ、武力で劣るつもりはない。アジトへ顔を出しに行かなければならないと言うブローノに僕もついて行くと提案した。手伝いたいのだ、と。


「しかし、無関係のお前を巻き込むなど……」

「君が働いているのをゆうゆうと椅子に座って見ていろと? 手伝わせてくれよ」

「そう……だな。ならノリアキ、一緒に来てくれ」


 この時の僕は誠にうっかりしていたのだが、そういやブローノのチームって護衛チームだったわ。いや、本気でうっかりしていた。だってほら、七年の友人だし。友人を手伝うって考えしかなくて、こいつが護衛チームのリーダーで関わりたくない五部の中心とか頭からこう……スポーンと。――まあ、日本とイタリアだから五部時点で巻き込まれるわけがないから平気だろう。

 フラグじゃないよ、ナランチャじゃあるまいし。

 埃っぽい路地を進めば、生活臭以外にすえた臭いというのか……なんとも表現し難い臭いが鼻につく。これが貧しい臭いってものなのかもしれない。


「今日は本当にただ顔を出すだけなんだが、おれには部下が三人いる。パンナコッタ・フーゴ、ナランチャ・ギルガ、レオーネ・アバッキオだ」

「ほへー」


 ってことは、ミスタは四人目の部下ってことか。可哀想にミスタ……避けられぬ四の縁だね。

 通った道はどうやら近道をしただけだったらしく、到着したのは通りに面して日の当たる建物だった。カフェかな? 看板が出てないけどコーヒーの香りが強い。その扉を開けようとノブに手をかけたところで、扉の向こうから「ねーねーフーゴ、フーゴの名前ってどう書くのさー?」という声が聞こえてきた。


「どう書くのって、別に普通に書けば良いじゃないですか」

「だから、スペル! どう書くんだ?」


 あほの子ナランチャに「普通に書け」と言っても分らないと思うよ。本を読まないから好きな本がないナランチャがきちんと文字を書けると思う方が間違っている。


「チャオ――全員揃っているようだな」


 ブローノが扉を開けば、カフェには卵の殻を被ったような頭頂部の男と全裸にネクタイ穴あきスーツの青年、ターバンをした青年がいた。テーブルの上にはターバンの書き損じらしき紙が散乱している。


「今日はおれの友人を紹介しよう。一昨日からここに来ているから一度は見たことのある奴もいるかもしれない。――ジャポーネから来たおれのペンパル、ノリアキ・ハナゾノだ」

「よろしく。実はあと数日しか滞在できない予定なんだけどね、ブローノの知り合いに挨拶しておきたくって」


 片手を上げて挨拶すれば、フーゴとアバッキオが僕を上から下までじろじろと観察した。ナランチャは能天気に「おれはナランチャ! よろしくゥ!」と笑顔を浮かべて返事をしてくれたけどね――まあ、ギャングだから新参者を警戒するのは当然だろう。


「二人ともそう警戒するな、おれがイタリアを案内してやりたくて呼んだんだ。ノリアキとは七年手紙のやり取りをしている……言わばおれの親友だ」


 アバッキオが「七年?」と眉を跳ねあげた。


「七年前ってーと、この餓鬼がまだ十になる前くらいだろ?」

「彼はイタリーとジャポーネのハーフか何かですか?」


 見事に僕を無視してくれるね……まあ気にしないけどさ。僕はナランチャと二人でいちゃいちゃしてろってことなんだろ?

 ブローノは僕を困ったように見下ろして、僕が肩を竦めてやれば苦笑して一つ頷いた。


「ジャポネーゼとおれたちの成長速度は違うから勘違いするのも仕方ないが、ノリアキは二十五歳だ。NGO団体主催のペンパル募集で知り合った仲でな――顔を合わせたのはつい先日だが、この中では一番付き合いが長い相手だ」

「やあ餓鬼、よろしくね!」


 笑顔でそう言ってやればナランチャがたまらずといった様子で噴きだした。まだ仲もそう深まってない時期だったのかもしれない――原作の二年前にフーゴの協力でアバッキオが仲間になったはずだしね。まあ仲が良くなっていたとしてもナランチャなら笑いそうだけど。


「このクソ餓――クソ野郎ッ!」


 椅子を蹴倒して立ちあがったアバッキオの袖を引いたのはフーゴだ。僕を見ながら立ちあがり、頭を下げて許してくれますかと口にした。


「アバッキオ、先に礼儀を失した行為をしたのは僕たちです」


 職業病とはいえ失礼なことに変わりはない。フーゴに頷いてアバッキオを見れば、そっぽを向きながら「悪かったな」と吐き捨てる。おい元社会人、それで良いと思ってるのか。だけどここは僕が大人にならないといけないんだろう。アバッキオ後で見てろ。


「僕も大人げないことをしたね。でも知っておくと良いよ、この世には見た目だけでは計れないものがあるってことを」


 例えば僕の実年齢とかね、と冗談めかして言えば神妙な表情で頷く二人――え、えっと、ここは笑って欲しかったんだけど……滑った? つまらないだろうなーとは思ったけどさ。








 ブチャラティの連れて来たジャポネーゼは二十五歳だという。見えない……大目に見ても十六歳かそこら。僕と同い年だと言われれば納得するだろう。


「ナランチャ、3×3を角砂糖で考えてみようか。三つの角砂糖が三列ある――角砂糖はいくつある?」

「ひーふーみーよーいーむーなーやー……九つ!」

「そうだね。今ナランチャは、3×3は三つが三回あるから3+3+3ってことだって分ったね」

「ああ!」

「じゃあ今度は4×4はどうなるか考えてみようか。角砂糖を四つならべて、それが四列ある。数えてごらん」


 あまりの理解の遅さと、三歩も必要なく頭から数字が抜けて行くナランチャに算数を教えるのは大変でならない。僕が何度噛み砕いて説明しても理解できないんだから。――それを率先してしようとするノリアキの考えが分らない。


「変な野郎だ。わざわざギャングの、それも下っ端相手に教師のまねごとか」

「本人がしたいと言うんですから、させておけば良いじゃないですか」


 アバッキオが忌々しげに唸った。反りが合わないのだろう。でも、僕までそのとばっちりを食うのは勘弁して下さいね。

 僕たちの横でコーヒーを飲んでいたブチャラティが苦笑した。ブチャラティがマグをテーブルに置いてノリアキを見やれば、ノリアキがナランチャと角砂糖を数えている。


「細かい事情は知らないが、ノリアキは子供を持てない体質だとか。純粋に慕ってくるナランチャが可愛いのだろう」

「……ふーん」


 アバッキオは一見気のない返事をした様でいて頭の中は色々と考えているのだろう。ガタガタと椅子を突っ返させながら立ちあがり、角砂糖を数えているテーブルに歩いて行った。


「そういえばブチャラティ。彼と七年も手紙をやり取りしていたとのことですが、彼は僕たちの仕事について知った上でここへ?」

「いや、ナポリに来るまでおれの仕事について手紙に書いたことさえないが、どうした?」


 そうか、僕の思い過ごしだったか。


「いいえ……ブチャラティの仕事について知った上で来たような男だから、ああも豪胆な性格なのだろうかと思ったんですよ。違ったみたいですけど」


 ブチャラティの友人が来たと上へ報告しなければならないけれど危険人物ではないようだ。――仲間をスパイするというのは骨が折れるし胸が痛む。だけど、だけど僕がしないとブチャラティたちをスパイする誰かが他に選ばれる。そんなことになる位なら僕がした方がマシだ。

 だからノリアキ、変な行動だけはしないで下さいよ……!







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 24から転載&加筆修正有り。
2013/07/12

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