イフタフ4



 十月の終わり頃、唐突に旅行をしたくなった。盗んだバイクで走りだす云々って曲はまだ出てないけど、気分はソレそのものだ。だって僕は今、まさに十五歳なんだ。大学生までもが学業じゃなく活動に精力的な時代背景ってだけあって、まだ中学生の僕がリーゼントに長ランなんて恰好でつっぱっても両親も学校も変に思わない御時世……そりゃあもちろんゴリラみたいな体育教師に竹刀を持って追いかけ回されたり、生徒指導の嫌味メガネにつっかかられたりしてるけどね。

 堂々とサボれる義務教育がそろそろ終わるってことに危機感を覚えたせいかもしれない。やるなら今だ、今しかないんだってね。――気が付けば、免許なんてもってないけど親父のバイクをパクって、日本を縦断していた。

 冬が近いし雪が積もるだろうから東北から南下するコースを選び、気の良い船乗りのおっちゃん家とかに泊らせてもらいながら海岸線沿いに走る。現地の不良グループとかち合ってはそこのトップとタイマンを繰り返したせいで初めの想定よりもノロノロ行進だったけど、まあ楽しいから良し。

 M県への県境を越えて三日目にS市へ入った。S市はまだ開発が進んでないことから家も何もかもがまばらで、ただひたすらに田んぼや畑が広がっている。今日中にS市を抜けてしまうつもりだったんだけど、バイクに下げたラジオが十八年ぶりの大雪がS市に降っていると伝える通り、道はすっかり雪で塞がれていた。

 近くに人家もないしさて今晩はどうしたものか、とバイクに座って空を見上げてた僕の元へ、僕みたいな恰好をした不良がのしのしと近寄って来た。僕じゃあるまいしこんな雪の中をよく外へ出ようと思うもんだ。


「あんたぁ、あちこちでタイマン張って回ってるっつぅ花園か」


 僕の学ランの胸に付いている桜の中央にサクランボが刻まれたプレートを指差しながら訊ねた彼に頷きを返す。彼はかなりの偉丈夫で、えらの張った四角い顔に濃い眉と引き締まった口元がなんとも男臭くて良い。


「そうさ、僕が花園だ。あんたは?」

「オレぁ麗雄邇堕衆で総長張ってる山上だ。あんたにタイマンを申し込む」


 レオニダスね。なにか漢字を当ててるんだろうけど、とりあえずレオニダスって名前だけは分った。


「そのタイマン受けよう」

「そう言うと思ったぜ。こっちだ」


 バイクを押して山上に着いて歩くこと三十分。幅十五メートルはある農道沿いの休耕田に着いた。バイクはそこらの柱に立てかけておけと親指で示され、そこにバイクを置いて山上と相対する。足は積もった雪に埋まった。


「ここならどんだけ叫ぼうが殴り合おうが、人の迷惑にはならねぇ」

「なるほど」


 少なくともあと二キロは歩かないと人家がないだろう場所だ。


「バイクより人の噂の方が速いみたいでな、花園。あんたの噂はもう何度も聞いたぜ」

「おいおい、僕は噂になるような悪事をしたことはないはずだぜ」


 山上がカカッと笑い声をあげる。


「そこらへんの犯罪より悪いことなのかもしれねぇぜ。なあ、遠山不沈艦」

「沈まぬことが悪事だと言うならば、戦艦大和ほど善意に満ちあふれた船もないだろうさ」

「違いねぇや」


 山上と僕は同時に拳を構えた。山上は流石の巨躯、唸りをあげる拳が真っ直ぐ僕の顔を捕えている。一発でもかなりのダメージだ。濡れて重いズボンを蹴りあげるようにして足を動かし、山上の懐に潜り込み――連打!!


「ぁららららららららららららららららららららららららぁぁぁぁぁぁ――イッ!!」


 もちろん山上もやられっぱなしじゃあない。両腕で防いでいる。僕の拳は山上のそれよりも軽い! ならば、なればこそ、僕は何発もぶちこんでやらないといけないッ! 顔と腹を狙って拳を叩きつける!!


「良いパンチだぜ花園……オ!!」


 横からスイングするようなパンチを頬に喰らう。鼻の奥が熱い。


「あんたこそ、滅茶苦茶痛いじゃないか!」


 思いきり山上の頬を殴りつければ山上の口から歯のかけらが飛んだ。この雪の中じゃ見つけられないだろうね。


「悔しかったらかかってこいや、チビ!」

「チビだって……!? 明日から家を出られない身にしてやるよこのクソ野郎!!」

「てめぇこそ泣いてママの膝に縋り付かせてやんぜ!」

「病院でナースに尿瓶渡されろ!」


 十分もすれば互いにボロボロになって、僕は鼻血が出たし口の端が切れたしお腹に絶対青タンできてるし、山上は片目に血が流れて使い物にならないし足が上がらなくて蹴りができない。


「口ん中切っちまったじゃねぇか、くそ!」

「僕だって鼻血だ!」

「そりゃお互い様だ――そろそろ沈みやがれ花園ォ!!」

「てめえが沈め山上ィィ!!」


 最後の力を振り絞り、互いに互いの最高の一発をキめた。……やっと止まったはずの鼻血がまた出たじゃないかこの野郎。


「……ねえ山上、今日さ……お前ん家、泊めてくれ。もうこんな暗いだろ。今から泊るトコ探すなんて面倒だし……僕は風呂にゆっくり浸かって、布団で寝たい気分なんだよ」


 倒れている山上にそう言えば、山上は仕方ねぇなと苦笑しながら「そうしろ」と頷いた。

 少し離れた場所――三百メートルほどの距離がある場所だ。そこから、何度もエンジンをかける音が響いている。タイヤが雪に足をとられたんだろうか?


「おい山上、立てるかい」

「あー……あと五分はこの調子だな」

「そう。僕はちょっと、あの音をさせてる車を見てくるよ。どうやら雪の中で立ち往生しているみたいだからな」

「あいよ。オレも五分したら追う」


 雪を踏みしめて車の元へ行けば、思った通りタイヤが雪にとられていた。若い女性が何度もアクセルを踏んでは苛々とハンドルを殴っている。

 助手席には真っ赤な顔の子供が荒い息を吐いていて、見るからに苦しそうだ。


「――何の用? あっち行きなさいよ」


 運転席の女性が眉間に深く皺を寄せて僕を睨み据えた。まあ、いかにも今の今まで喧嘩してましたって恰好の男は不審に違いない。


「その子……病気なんだろう? 車押してやるよ」


 子供が苦しんでるのを無視するような悪人になったつもりはない。不良の恰好だからと言って性格が底辺ってわけじゃないんだ。これは僕の単なる自己主張で、ファッションだからね。

 長ランを脱ぎ後輪の前に敷く。僕は桜とさくらんぼが好きだから、セーターの柄も桜吹雪とさくらんぼだ。特攻服が白ランに桜吹雪なのと今まで負けなしのことから遠山不沈艦と呼ばれるようになった。なかなか恰好良いから自分でも名乗ってる。


「さ、さっさとアクセル踏みなよ。走り出したら止まんないで突っ走りなよ……また雪にタイヤとられるからな」


 車の後ろっ鼻を押しながら【オープン・セサミ】を発現する。「ひらく」のは病院までの道――事故を起こすことなく、無事に病院へ辿りつける道!!

 車が走り去ったのを見送って長ランを拾い上げる。タイヤチェーンで穴だらけだ。これにピンクの刺繍糸で桜を刺繍するのも良いかもしれない。穴はふさがるし桜の刺繍を付けられるし一石二鳥だ。

 ボロボロのそれを軽く羽織って元来た道を歩けばすぐに山上と合流した。並んでバイクを取りに田んぼへ寄り、それから山上の家で一泊お世話になった。風呂場がなくて銭湯だったけど、足を悠々と伸ばせたから逆に良かった。

 結局僕が地元へ帰ったのは一月のことで、そこから願書を受け付けている高校を探したら県内でも有名な不良高しかなかったのは今でも面白い失敗談だ。

 ジムの後銭湯で汗を流しながら、中三の時の楽しい旅行を思い返す。


「山上は今も杜王町に住んでいるんだっけ……タイマン張った奴等全員と文通することになるとか、あの時は思いもしなかったもんなー」


 そういえば転勤したって言ってないから、手紙は実家に届いているんじゃないだろうか。


「明日にでもサプライズで会いに行ってみよう、そうしよう」


 浴槽からザバリと上がり、頭の上に乗せていたタオルでお湯を拭いながら浴室を出る。――うん、明日がとても楽しみだ。






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 24から転載、加筆修正有り。
2013/06/24

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