触らぬ悪魔に祟りなし3



蕎麦屋は承太郎の出所祝いだったそうだ……犯罪者や犯罪者予備軍の元締めであるわたしが言うのもなんだが、まさか承太郎が刑務所帰りであるとは。寡黙で不良らしい雰囲気をしているが、わたしが思うに、承太郎は好んで人を傷つけたがる人種ではない。一体何があったのかを本人に聞いてみたところ、過剰防衛の結果留置場に拘留されていたらしい。それならば納得のいくことだが、それを果たして『出所』と言うのだろうか?

 警察は過剰防衛だというものの、過剰に防衛せざるを得ない状況であったのだろう。男として再起不能にされた者たちが可哀想ではないとは言わないが、九割九部自業自得である。無手を相手に道具を持ち出したのだから何をされても文句を言えた立場ではない。


「フッ……わたしも喧嘩には自信があるが、あまり承太郎とは喧嘩したくないものだな。流石にまだこの年だ。種無しにされたくはない」

「おれが殴るのは、おれの気に入らねぇことをした奴だけだぜ」


 ホリィの淹れてくれた緑茶の共に煎餅を摘まみながら、畳敷きの居間でゆっくりとした時間を過ごす。ジョセフとアヴドゥルは内々の話があるらしくこの場にはいない。

 今はすでに冬に差し掛かり、冷気が部屋をしんしんと侵食しようと冷たい指先を伸ばしている。 胡座をかいた私の膝の上で寝息をたてるトリッシュにはもちろんブランケットをかけてやっているが、障子を閉めようと言うつもりはわたしにも承太郎にもなかった。この程度の寒さなどわたしたちにはどうということはないのだ。それに障子の外には、障子を閉めてしまうのがもったいない庭が広がっているのだ……見事に整えられた様子からして、定期的に業者が入っているのだろう。


「日本は美しいな。来て良かった」

「そんなに綺麗なもんか?」

「ずっと焦がれていたから余計にそう感じられるのかもしれん。しかしそれを除いても良い国だ。治安が良く、人々が温厚だ。もちろん、イタリャーナの治安が物凄く悪いとか人々が乱暴だと言うつもりはない。しかし、銃がないというのはこれほどに平和なのだな」

「銃、か」

「ああ。不思議なものだ――人が使う道具として生み出したはずだというのに、今では人が銃に使われている」


 傷つけられたくない殺されたくないと叫び声をあげ、次第に自分以外は敵なのだと信じるようになっていった可哀想な男。初めは身を守るために振るった暴力だったというのに、なんのためにその拳を振り上げたのかさえ忘れ暴力に溺れていった。ああ、トリッシュ。この哀れな男の様な人生は過ごしてくれるなよ。


「平和な国だ。そして良い国だ。花火大会や夏祭りに参加できなかったのは惜しかったが、菊人形には間に合った」

「……あんたはどうしてこの時期に東京へ来た? それに、日本趣味なら京都や奈良へ行くもんだろ」

「やはりおかしいだろうか?」

「おかしいと言うよりゃ不思議だ」


 承太郎にまあその通りだなと頷く。普通なら休暇中にこういった観光をするものだ。もちろん東京に観光名所がないわけではなく、雷門やら明治神宮やら見る価値のある場所は多い。しかし日本趣味となればやはり京都がメインだろう。


「この時期になったのは本当に偶然だ。わたしの仕事は長期休暇中には頭の沸いた馬鹿が増えるせいでどうにも忙しい。今回は休暇と休暇の間をぬってもぎ取った家族旅行なのだ」


 麻薬から銃から、馬鹿が横行するのだ。 全く面倒である。


「また、なぜ東京へ来たのかと問われても、わたしには明確な答えがない。日本趣味の者ならば京都や奈良の方が魅力的ではないかと言われればその通りだ。だが……そうだな。わたしは日本を見たかったのだ。態とらしい『古典的な日本』を見させられたくなかったのだと思う」


 着物を着る文化が廃れたとは言わない。しかし、それは果たして『今の日本』であるのだろうか? わたしはクラシックだけ聴きたいのではなくポップスも聴きたいのだ。ロック、ジャズ、メタル、パンク……音楽に多様性があるように、文化にも多様な側面があるはずではないのか。海外で日本の資料を集めようとすると、どれもこれも古典ばかりで今の日本が見えてこない。わたしは見たかったのだ、わたしがかつて生まれ育った日本の『今』を。

 そう語れば承太郎はなるほどと一つ頷いた。


「そうか。悪かったな、変なことを聞いた」

「ふふ、このように落ち着いて会話のできる相手と出会えたことを幸運と思いこそすれ、嫌だとは全く思わん。気にするな」


 開け放しの障子から冷気以外に月光が差し込んだ。庭の砂利を照らした月光が反射し、まさに地上の星と言ったところか。見慣れたゴシックやバロック美術とこの庭を比較して「引き算の美」という言葉が頭に浮かび、我ながら上手いこと言ったものだと自賛する。京都の石庭も引き算に引き算を重ねた結果なのだ、あながち間違いでもあるまい。 承太郎が持ち込んだ酒をまだ飲んでいないというのに気持ちは既に高揚している。

 どちらともなくグラスを取り上げビールを干した。同時に飲みきったことに二人でにやりとする。今さらながら気づいたのだが、わたしと承太郎は五つも歳が違わない。


「ところでだな……わたしには友人と言える存在がいない。わたしが原因なのだと分かっているしコミュニケーション能力不足を治す努力もしているが、まだ始めたばかりで友人はゼロだ。……承太郎、君が良ければわたしの友人になってくれないか」


 わたしの言葉に承太郎は器用に片眉を跳ね上げた。


「ダチってのは許可制じゃねぇ」

「……そうか」


 優しく、不器用な男だ。わたしの知る誰よりも真っ直ぐな男だ。

 ビール瓶からグラスに注げば泡が三割だった。承太郎に手を差し出せば渡される承太郎のグラス。無言のやりとりが心地良い。

 今度はゆっくりと口に含んで喉を湿らせ、庭を見ながら夜の時間をまったりと過ごす。心地良い沈黙の中にトリッシュの寝言が響いた。


『パードレ……』


 背中を丸めてトリッシュの頭にキスを落とした。承太郎が視線を逸らした気配にくつりと笑う。ホリィはイタリャーナ系のアメリカーナかもしれないが、子供は日本で育てば日本人になるものだ。親子間のこういったやりとりが恥ずかしいのだろう。ホリィに対してもつんけんしているのを見ると微笑ましく思える。前世のオレはどうだっただろうか? はっきりと思い出すにはもう時間が経ち過ぎた。

 しかし、やはり故郷は良いものだ。運命の女神に微笑まれているような、なんでもできるような気になる。その故郷が二つもあるわたしはとても幸運だ。


『トリッシュ、わたしの希望、わたしの夢、わたしの愛。Tirami su(私を絶頂へ導いてくれ)。お前のためなら神にさえ逆らってみせよう』


 わたしが神(ディオ)と口にした瞬間、承太郎の様子が豹変した。元からしかつめらしい表情が更に厳しくなり、硬い声を発した。


「おい、そのDIOっつぅのは誰だ?」

「神、ゴッドのことだが? 何か……ディオという名前にあったのか?」


 承太郎はがしがしと頭を掻き回し、苦虫を噛み潰したかのように苦々しげな顔で「すまん」と一言呟いた。


「ちっと因縁のある奴がDIOと言うんだ」


 嫌な奴の名前がわたしから出たことに対する苛立ちとしても、承太郎の態度はおかしい。何故わたしが承太郎の敵であるそのディオと知り合いであるかもしれないと考えた? 普通であれば同名の他人と考えるだろう。同姓同名であれば同一人物である可能性は高まるだろうが、単なる「ディオ」のみである。ということは、承太郎には過敏にならざるを得ない事情があるということか。

 しかし、人は常に緊張状態にあれるわけではない。ディオといく単語に一々反応していては脳が疲労する……ということはつまり、承太郎はごく最近ディオという名前を知ったもしくは再確認する状況にあったことを意味する。名前からしてイギリスかアメリカやカナダといった英語圏の国の人だろう。もしくは「神」と名乗るイタリャーノか。一体どういった間柄なのか聞くつもりはないが、先程の承太郎の反応から見るにかなり不穏なようだ。偶然出会ったはずのわたしを疑うほどに。暗殺者でも仕掛けてきているのか? そんな馬鹿な。ここは日本だぞ。


「わたしの知り合いにディオという名の者はいない。力になれず、すまない」

「いや……こっちの問題だ。お前に面倒かけるつもりはねぇよ。つまらんことを言った、忘れてくれ」


 軽く頭を下げる承太郎の生真面目さが好ましい。知りもしないディオとやらのことで凄まれたなど気にする程度のことではない。それ以上の殺気と緊張感の中で毎日過ごしているのだ。逆に承太郎を見習えとイタリャーノ共に爪の垢でも煎じて飲ませたいほどだというのに。

 日本に来てこれほど気持ちの良い青年と出会えるとは思いもよらなかった。パッショーネに入ってくれないものだろうか? 二位の座はドッピオ以外に考えられんが、三位の座なら今すぐ渡してしまっても良い。過剰防衛で留置場に入る程の力がある、一本筋が通った性格。これにスタンドを身に付ければ文句無しだ。今回の旅行に矢を持ってきていないのが悔やまれる。

 承太郎へは一人目の友として力になりたいし、ここで恩を売っておけばわたしの利になりそうだ。


「気にするな。ところで、わたしにはお節介焼きの気があるのだ。わたしは少しばかり裏の世界に顔が利く……そのディオという男について調べてみようか」

「いらねぇよ」

「そう言うな。ジョセフやホリィを見るに、お前たちは真っ当な道を歩いてきた人間だ。そんなお前たちが敵視する者の性根が良いはずがない」


 表側の人間には手に入れられない情報が、わたしのような裏側の人間には簡単に手に入ったりするのだ。例えばスタンドの情報とかがな。SPW財団がスタンド能力者などについてこそこそと嗅ぎ回っているらしいが、今のところどれも不発に終わっているようだ。裏の世界の結束は固い。利権などでマフィア同士がぶつかり合うことはあっても、裏の情報を表に売って自ら崩壊の危機を作るような馬鹿はしないのだ。一つ小さな情報が洩れれば雪崩のように全てが洩れていくことを誰もが知っている。


「素行調査に探偵を雇うように、悪人を調べたければ裏の人間を使うべきだ。もしわたしの力が入り用になればいつでも言ってくれ」


 まあ、調べてくれとわたしに頼んだ瞬間にお前の就職先はパッショーネになるが。


「今のところその予定はねぇ」

「そうか、残念だ」

「抜け目のねぇ奴だな」

「どのような隙も見逃さないほどに賢いのさ」


 どうやらわたしの考えを見抜いていたらしい。ますます欲しくなったぞ承太郎。わたしの絶頂にはお前もいるべきだ。

 にまりと笑めば承太郎も笑みを浮かべる。お前その顔はバトル漫画の悪役だ。パッショーネに勧誘しようとしておいてなんだが、主人公たちが終盤に対面するラスボスにしか見えない。彫りが深いせいもあろうが、普段から厳しい表情をしているせいもあるだろう。言うべきか言わざるべきか……。

「承太郎、お前はその笑みを浮かべるのは止めた方が良いぞ。どこぞの悪の大魔王のようだ」

「てめーこそその顔をどうにかしたらどうだ。にやけてるのが隠せてないぜ」


 互いに互いの表情をけなし合いながら、わたしは懐かしさを感じていた。そういえば前世、わたしがオレであった頃はこのようなじゃれあいは当然だった。友人とけなし合い笑い合い競い合い。まるで古くからの悪友同士のように、わたしたちは長い夜を日本酒とビールで潤した。

 ……ディオと言う男、こちらで勝手に調べさせてもらおう。







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 会話部分とかがかなり変わったなーと思いながらうP。
2013.06.15

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