ザ・トレンド



 美人と言いきるには微妙な容姿だねと言われ続けて二十年弱、私の顔のどこに文句があるんだと怒鳴り回りたいくらいのストレスだった。可愛げのある性格なんてしてないしそんな性格に猫を被るつもりもなかったけど、何が悲しくて「美人一歩手前」と言われ続けないといけなかったのか。だから、神様が私を誤って殺してしまったお詫びに願いを叶えてくれるという言葉に飛び付いたのだ。

 「願いなんて三つもなくて良い。美人だ。顔だ! 神に愛されてるレベルの美しい容姿にしてちょうだい!!」って。……もちろん後悔した。容姿が神がかり過ぎて、人間扱いされなかった。

 好事家による誘拐に次ぐ誘拐、そして「天使はトイレになんて行かない」だの「天使は甘い物しか食べない」だのという妄想による拷問。通じない言語の壁に絶望して、でも諦めきれなくて必死に言葉を覚えた。そして片言で自己紹介をできるくらいになった時、旅団の皆に助けられた。――涙が出た。彼らは私を人間として扱ってくれた。

 彼らの助けもあって二年かけて言葉を覚え、これからもずっと平穏な日常を過ごせると思っていた。そんな時だった。違う世界へ飛ばされたのは。

 私が目覚めた町は荒れていかにも治安が悪そうで、目つきの汚い大人たちが何人もそこらをうろついている。町並みヨーロッパのどこかみたいだけど、異世界だからどうなのか分らない。

 ここが異世界だってことはすぐに分った。この世界では私はまるで小人で、普通の人の半分以下の身長しかなかったからだ。物の重さも雑草の丈も、何もかもが倍以上だった。巨人の世界に迷い込んでしまったような気持ちの悪さが胃を直撃し、人気のない場所を円で探してそこへ逃げ込んだ。

 私が逃げ込んだのはぼろい小さな家だった。それでも私のサイズからすれば大きいのだけど、巨人のサイズで考えると小さい。家の中は酒の匂いが壁にまで染み込んでいて家主の乱れた生活が窺われる。飛び込んだ部屋のベッドの上に子供用の服が一着あるのを見て、なんとも表現し難い気持ちになる。こんな環境で育った子供が幸せだとは思えない。

 家の人が帰ってきても良いようにベッドの下に潜り込み、息を潜めて泣いた。世界は私に厳しいのだろうか? いいや、私はまだマシな方だ。もっと理不尽に何もかもを奪われた人はいくらでもいる。……だけど苦しい。切ない。悲しい。クロロたちのいるアジトに帰りたい。あそこには暴力もアルコールもあったけど、幸せな場所だったのだ。あそこへ帰して! 私から旅団という幸福を奪わないで! やっと掴んだ幸せの指先だったのに!!


「帰りたいよ、みんな……!」


 マチが縫ってくれた着物モドキの袖に涙がどんどん染み込んでいく。私に似合う服をって言って作ってくれた服。身一つでこの世界に飛ばされてしまった私には、これしか彼らを思うよすががない。帰りたい。でもきっと帰れない。そんな確信がある。

 ひたすら泣いて、泣いて、突然襲ってきた不幸を嘆いて。そのまま泣き疲れて眠り次に目覚めた時、私の正面には目を丸くして私を見る少年がいた。……何故ベッドの下を覗き込んでるのだろうか。


『まさか妖精……? いや、そんなの実在するわけがないだろう』


 英語! 彼が話してるのは英語だ! 英語なら少しは話せる。これでも中高六年間みっちり英語を学んできたのだから。


『こーにちは、おジャマしてごめんさい』


 少年の年は十歳かそこらだろうか。私がベッドの下から這いだして正面に立てば、やはり子供でも巨人らしく私の首は痛い。


『空から逃げてきた天使か? 見たことのない服だが真っ白だ。天使というものは金髪だと思っていたんだが黒髪の天使もいるんだな』


 堰を切ったように話し出す少年に面食らう。私はリスニングがあんまり得意じゃないんだ。だからハンター語を身につけるのも時間がかかった。一体彼が何を言ってるのかわけが分らない……エンジェルという言葉は何度も出てるみたいだけど。どちらかと言うと私はエンジェルじゃなくて小人かエルフだろう。


『んと、私は、エルフ!』

『エルフ? なるほどな。それなら納得だ。おい、お前の名前はなんていうんだ?』


 少年は一つ頷いたと思うと、また早口の英語で何やらしゃべりだす。なんて言ってるのかさっぱり分らないけど、ネームという単語だけは聞き取れたから名前を聞いてるんだろうと思う。


『アンディ。あなたは?』

『僕はディオ。ディオ・ブランドーだ!』


 これが私とディオの出会いだった。後から知ったがこの時のディオはまだ八歳だったらしい。年齢が幼かったのも幸いしたようでディオは私を自分だけの秘密にしたいと考え、ベッド下で私を保護してくれた。

 下剋上精神というか権力志向というか、偉くなってやろうと牙を研ぐ方法を探していたディオと見世物小屋行きはご免被りたい私は上手い具合に嵌った。私のスノー・ミラーは○番目に○○な○○を見ることができるものだ。つまり、「一番分りやすいマナーの本」を検索することもできるというわけだ。もちろん内容だって読める。鏡の表面がタッチパネル式なのは私なりのこだわりだ。ディオはこれを利用してマナーやら知識やらを蓄えることができたし、私はそのリターンとして食糧と安全な住処を得ることができた。

 酒飲みで暴力的なダリオが死んだ後、私は彼の鞄に詰め込まれてジョースターの屋敷の扉を潜ったのだった。ジョースターという名字をどこかで聞いたような気がしないでもなかった。







+++++++++
さあ寝よう。面接落ちた。
2013.06.13

- 91/511 -
*前目次次#

レビュー・0件


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -