触らぬ悪魔に祟りなし(五部)1



 わたし直下のチームであるトリッシュの護衛たちは、このパッショーネの中で二番目に私に近いグループだ。彼らはスタンドの能力の傾向もあって暗殺チームでもある。まさに一粒で二度美味しい奴らだ。その分給料が多いのだから少々馬車馬のようにこきつかったところで文句など言えるわけもないだろう。

 父娘であるわたしとトリッシュは当然同居しているし、トリッシュの護衛である彼らも近くにいさせておきたいとなれば――自然と同じアパートに住むことになっていた。わたしの親衛隊よりもこいつらの方がわたしと接する機会が多いと言うのはおかしな話だが。それに、親衛隊の馬鹿共とめぞん一刻をしたいとは全く思わない。

 そのトリッシュの護衛兼暗殺チーム所属のイルーゾォが、怒りのあまりうっすらと涙目になりながらわたしのいる居間へ駆けこんできた。一体どうした――彼は少しメンタルの弱い男だが、何が起きても余裕のある態度を崩さないだけの打たれ強さはあるはずだ。


「ボスッ! コトブキの新しいウェイトレスを辞めさせてくれ!」


 チーム内で骨肉の争いでもしたのかと身構えていたので少しばかり拍子抜けだ。コトブキというのは、わたしがオーナーとして出資しているリストランテのことだ。ジャポーネで出会った料理人を口説いてイタリアのここで店を出させたのだ。そこの新しいウェイトレスと言われても、バイトに関してはジャポネーゼの店長に一任しているのだからわたしには知りようもない。


「一体どうしたというんだ」


 再来月に予定している慰安旅行のルート決めのために出していた地図を適当にまとめて片付けテーブルを空ける。 イルーゾォはわたしの正面のソファにどっかりと座ると、呻くような声で「わざと料理をひっくり返された」と言った。


「は?」

「一日十食限定の、セサミトーフを、わざとっ! その女にひっくり返されたんだッ!!」


 イルーゾォはベジタリアンであり、肉類を食べない代わりに胡麻や大豆食品を好んで食べている。その中でも、彼によると「胡麻と大豆の運命的コラボレーション」であるという胡麻豆腐は彼の目的と味覚を共に満足させるものらしい。揚げ豆腐などもベネだそうだ。

 顔を覆うイルーゾォのその手は筋張っていて、腕 もあまり筋肉質ではない。ベジタリアンであるのは個人の自由だが、そのせいで暗殺チームの中で見劣りする体格になっているのは確かだ。スタンド能力が優れているため致命的な欠点とはなっていないのが救いか。


「それは残念だったな」

「本屋で時間を食ってしまったから半ば諦めて店に行ったら、一食だけ残っていると聞いたおれの、おれの喜びをォォッ!! あの女は滅茶苦茶にしたんだ!」


 顔を覆って頭を振るイルーゾォが哀れだ。期待が裏切られた分、余計に落ち込むだろう。


「わたしは店の経営方針にしか口を出していないから、お前のために一食余計に用意するようには言えない。だが悲しむなイルーゾォ。再来月の慰安旅行では京都へも行く予定だ。お前が以前から食べたがっていた薬膳を好きなだけ食べられるぞ」

「ほっ、本当か!?」

「本当だ。わたしが嘘を吐くと思うのか?」


 期待させておいて突き落とすような、皮肉な性格ではないつもりだ。


「ボス、あんたって人は最高だ!」


 イルーゾォの熱に浮かされたような視線が心地良い。ニッと唇を歪めて笑めば、イルーゾォはさっきまでの怒りが静まったようで軽く口元を綻ばせた。

 と、ちょうどそこにトリッシュが居間へ入ってきた。最近色気づいてタトゥーをしたいだのへそピアスをしたいだのと言っているが許可するつもりは全くない。そんなことお父さんは許さないからなトリッシュ。お前はそのままで十分可愛いだろうが。


「あ、イルーゾォ来てたんだ。なら買い物に付き合ってくれない? 荷物持ちにホルマジオがいるけど」

「ああ、分った」


 トリッシュはそのままわたしの隣に腰かける。昔はわたしの膝の上に乗っていたのだが……時の流れとは全く無情で無慈悲なものだ。


「パードレ、それ何?」


 トリッシュはわたしの手元にある地図や本に興味を示し、本を手渡せば「うげぇ」と顔を歪めた。女の子がそんな顔をするものではないというのは時代遅れだろうか。しかし、折角トリッシュは可愛い顔をしているのだから、可愛い表情でいて欲しいと思ってしまうのだ。


「漢字が多い! ジャポネーゼって本当に頭がおかしいんじゃないの? ひらがなとカタカナと漢字……ひらがなとカタカナだけで良いじゃない。いつも思うけど、どうしてパードレはこんな面倒くさいもの読めるのよ」

「趣味だな。トリッシュも日本料理が好きなのだから、料理に使われる漢字くらいは覚えておいた方が良い」

「え?  私が覚えなくってもパードレが読んでくれるでしょ?」


 きょとん、と擬音がしそうな様子で目を丸くしたトリッシュに、親離れはまだ遠いようだと安心する。いつまでもわたしの可愛いトリッシュでいてほしいという願いといつかは嫁に行くのだろうという想いが胸の中で混在し、なんとも形容しがたい気分になった。私の横にぴったりと寄り添うトリッシュの頭に一度キスを落とせばイルーゾォが生温かい物を見る目を向けていたので、さっさとどこかへ行けと目で指示したら早々に逃げて行った。


「愛しているよ、私の可愛いトリッシュ」

「私も。大好きよパードレ」


 互いの頬に口づけをすれば、トリッシュが嬉しそうに微笑んだ。

 お前と出会って、わたしの世界は広がった。ドッピオと二人だけの閉じた狭い世界が……。トリッシュ、お前はわたしの元へ舞い降りてきた天使だ。お前はわたしを幸福の絶頂へ据えた後、きっとわたし以外の誰かを幸せにするために旅立って行くのだろう。だが、もうあと五年くらいは私だけの可愛い娘であって欲しい。

 トリッシュに恋人ができた時には……そうだ、承太郎に愚痴を言いに行くのも良いかもしれん。あいつも娘がいる。わたしを笑える立場ではないと、明日は我が身かもしれないと青ざめるに違いない。そう思うと愉快だな。あの鉄面皮が崩れる瞬間を見てやりたい。

 再来月の日本旅行、あいつの家族を呼ぶのも良い。だが後だ。後で電話しよう――今はまだ、トリッシュと二人でいる時間を楽しんでいたいのだ。





+++++++++
 後半イルーゾォ空気。ちなみに厨二患者トリッパーの最初の被害者がイルーゾォだったというつもりで書いてる。そのうち皆が「料理を零された」とか「水をズボンにぶっかけられた」とか言いだす。あれあのジャポネーゼなんかおかしくないか……という。
2013.06.14

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