触らぬ悪魔に祟りなし2



 まだ出来て二年とはいえ、わたしが数日不在にする程度で潰れるような組織を作ってはいない。転生して初めて心に余裕ができたせいか、猛烈に和食が食べたくなってしまったわたしは、トリッシュを連れて日本へ飛ぶことにした。ネオポリス――ナポリから飛行機で半日以上かけ東京へ。トリッシュは長時間狭苦しい機内に閉じ込められたのがストレスだったらしく不機嫌だ。そんな顔も可愛いのだがな。

 冬が近いから荷がかさばるかと言えばそうでもない。夏場と違いあまり汗をかかないのだ、持って行く服は少ない。また、日本の土産をたくさん買って帰るつもりだからスーツケースの中はほぼスッカラカンと言って良い。唯一かさばるトリッシュのおむつだが、そんなものは日本で買えば良いだけだ。悲しき1980年代の弊害、インターネットでホテルの予約を出来なかったのが不満と言えば不満か。電話すれば良いじゃないかと言われるかもしれないが国際通話は面倒だったのだ。

 二十年振りの漢字かな交じり文に懐かしさを感じつつ、お勧めのホテルと蕎麦屋を聞きに観光案内所へ向かう。トリッシュはスーツケースの上に座ってわたしを見上げている。ああ、わたしのトリッシュは何故こんなに可愛いんだ!?

 案内所には二十になったばかりだろう年齢の少女と四十代半ばかそこらの女性が座っていて、こういうところで色気を出して二度手間になるのも面倒だということで四十代半ばの女の前に立った。


「すまない」

「ハロー……あら?」

「日本語が話せるので日本語で構わない。お勧めのホテルと蕎麦屋の場所について聞きたいのだ。娘もこの通りなので、なるべくここから近い場所にあるホテルだと助かる」

「分りました。近隣のホテルですと……」


 少女が小さな声で「え、日本人、じゃないよね?」と呟いているのが聞こえ、内心で苦笑した。この見た目では普通日本人だとは思えないだろうし、実際に私はイタリャーノであってジャポネーゼではない。

 ホテルの名前と行き方を聞き、蕎麦屋の場所に赤ペンで丸をした地図を持って観光案内所を出る。スーツケースを踵で蹴って遊んでいるトリッシュの頭を撫でながら「そんな風に蹴ったらスーツケースさんが痛い痛いって泣いてしまうよ」と注意すれば「はぁい」と良い子の返事。

 蕎麦屋はホテルと駅の中間にちょうど位置するため、店には少し申し訳ないが荷物を持ったまま入らせてもらおう。

 まだ夕方の六時になったばかりのため、道は高校生からサラリーマンまで、多くの人で溢れている。スーツケースの上でおしゃまさんをしているトリッシュに柔らかい視線が集まり、女子高生たちのグループがトリッシュを見て歓声を上げていることに満足感を覚える。当然だ、わたしのトリッシュは世界で一番可愛くて良い子なのだから!


『トリッシュ、今日の夕ご飯はジャポネーゼ・パスタだ』

『ジャポネーゼ・パスタ? あまい?』

『お菓子ではないから甘くはないな』


 パスタにはケーキなどの菓子という意味もあるが、流石に蕎麦をPasticceria(パスティッチェリーア。お菓子の意)とは言えない。ああ、葛きりやおはぎが恋しくなってきた。


『ジャポーネには色々なお菓子がある。明日買いに行こう』

『うん!』


 電車に乗るため切符売り場に行けば、こちらに声をかけたそうにしている女が何人か……自画自賛ではないが、わたしはかなりの美男子である。鍛えられた肉体に凛々しいマスク、ピンと張った背筋は堂々としていると人には賛美される。

 子連れであるのに女の姿がないことから男やもめであると想像する者も何人かいるだろう。もしわたしが切符を買うのに手惑う様子を見せれば、すぐさま近くへ寄って親切と言う名の逆ナンを始めようと思っているのかもしれない。現に、わたしを虎視眈々と狙っているのは自らの容姿に自信のある妙齢の女性ばかりだ。

 隙を見せたらホテルへ連れ込まれる……さっさと切符を買い、案内板を見てホームへ向かう。日本の女性はこんなに野獣のようだっただろうか? 前世で築いた「優しい日本人女性」のイメージに自信がなくなってきた。

 社内ではトリッシュを抱き上げ、顔や頭にキスしたりして構った。子供というものは構うことで愛を受けていると確信を持つものだ。ただでさえ母親のいないトリッシュであるから、暇さえあればこうして甘やかしている。わたしが構いたいからでもあるが。

 蕎麦屋のある駅で降り、再びトリッシュをスーツケースの上に乗せて蕎麦屋までの道を歩いた。


「いらっしゃいませぇー」


 引き戸を引いて暖簾をくぐれば、人気店だからだろう、混雑した店内が視界に入る。九割方が日本人だが、中に三人ほど外国人がいるようだ。


「今日は外国からのお客さんが多いみたいですね……エーット、どぅーゆーすぴーくいんぐりっしゅ?」


 二十かそこらの店員がわたしたちに近寄って声をかけて来た。店内を一瞥したところ、相席でもしなければ座る席はなさそうだ。


「日本語で話してくれて結構だ。席はあるだろうか?」

「おお、日本語が堪能でいらっしゃいますねェ。相席でよろしければすぐにご案内できますよ」

「構わない」


 そうして案内されたのは外国人がいるテーブルだった。同じ日本以外の出身の者同士で、ということかもしれない。わたしは同席者がジャポネーゼであろうが何人であろうが気にしないが、ジャポネーゼはわたしを気にするのだろう。当然の相席なのかもしれん。


「相席失礼する」

「気になさんな。――あんた日本語が上手だな」

「日本趣味が高じてのことだ。寝室に疊を敷くくらいには日本が好きだからな。ところで、わたしはイタリアから来たが、御老人は一体どちらから? イギリスか?」

「ううむ惜しい。イギリス生まれではあるがアメリカ人じゃ」


 同席していた巨漢の青年が「どういうことだ?」と呟いたのを聞いて苦笑する。


「同じ『外国語』を操って交流する者同士のゲームみたいなものだ。君たちには分りづらいかもしれないが、国によって顔の傾向が違うものなのだ。鼻の形とかな。つまりは相手の国籍を当てっこするわけだ。――自己紹介が遅れたが、わたしはディアボロ。この子は娘のトリッシュ」


 テーブルには他に三四十代の女性が一人と、アフリカ系であろう男が一人いる。トリッシュの肩に手を置いて紹介すれば、彼らの目元が優しく緩んだ。


「わしはジョセフ、こっちはアヴドゥル。そしてわしの娘のホリィ、孫の承太郎じゃ」

「よろしく」

「よろしく! 私のママはイタリャーノだから、イタリアから来たって聞くと親近感を覚えるわ!」


 にこやかに挨拶したアヴドゥルとホリィに対し、孫の承太郎は軽く頭を下げただけだったが、嫌な雰囲気はないため気にする程の事ではない。寡黙な性格なのだろう。


『トリッシュ、この人たちに「こんにちは」って言ってごらん。ジャポーネの挨拶だ』

「こんんぃーちわー?」

「こんにちはトリッシュちゃん」

「こんにちは」


 トリッシュの愛らしさは世界を救う。挨拶のできたトリッシュの頭や頬にキスを何度もしたら、承太郎に変な顔をされた。――わたしも前世の時であれば承太郎と同じように感じたかもしれないが、娘というものは何度でもキスしたくなるものなのだ。

 滞在期間を聞かれたのでしばらく滞在するつもりだと言うと、是非泊れと勧められた。もちろん断ったのだが「部屋は十分ある、わしの嫁がイタリア人のよしみだ」と押し切られてしまった。

 純日本家屋に泊ることができたので満足したが、まさかわたしが以前スタンドの矢を売った彼らと再び関わり合いになるとは、その時のわたしには思いもよらなかったのである。







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 24から転載加筆修正有。トリッシュのオカンとディアボロが出会ったのが1985年で、三部が1987年でした(´・ω・`)これではトリッシュちゃん(一歳半)になってしまう。ということでトリッシュ二歳の変更はせず、トリママとディア主の出会いが1984年だったことにしました……。
2013.06.10

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