触らぬ悪魔に祟りなし



 ドラマみたいな殺人事件なんて起きないと思ってたんだが、現実にありうるからこそああいうのが作られるということだと嫌になるほど理解した。それも我が身で。

 クールぶったとしてもオレは男だ、可愛い女の子に目が行くのは仕方ないだろう。街中で見かけた可愛い女の子に視線が行ったことで恋人に脇腹をつねられることも何度かあった。

 だが、付き合ってもいない女から「浮気者!」と叫ばれながら背中に包丁を刺されるのは想像だにしなかった。お前、誰だよ。見覚えもない女からどうして浮気者扱いされないといけないんだ。それに、「あれ、登志夫じゃない」とはどういうことだ。登志夫とは誰だ。

 包丁を刺したままならまだオレは生きてられただろうに混乱したらしいその女は包丁を抜いてしまい、噴き上がる血飛沫と失せて行くオレの体温。オレを刺した女の悲鳴が耳の中をぐわんぐわんと響く。このアマ、絶対、ぶっころ……す……




 かつてオレだったわたしは、不条理に・巻き込まれて・無関係だというのに、殺された。全く笑えない冗談だ。理不尽さに腸が煮えくりかえる。殺された理由? 関係ない。殺された過程? どうでも良い。わたしが殺されたという結論だけが何よりも明確で正確なことだ。

 生まれ変わったのはわたしにとって幸運だった。生まれは前世と同じように親なし子だったが、そんな逆境は撥ね返してやろうと考えた。重要なのは生まれと言う過去ではなく、育ってから何を成したという結果かだ。そう、重要なのは結果のみだ。Risultatoだ。

 理不尽に殺されたことが憎くて、弱者として利用されない確信が欲しくて――逆に理不尽に殺してやる方に、弱者を利用する方になろうと思った。そうしてのし上がり、わたしは二年とせずパッショーネというマフィアを築き上げた。情熱(Passione)! そう、わたしはこのマフィアに全ての情熱を注いだのだ。変な婆にスタンドの矢を売り付けた金を元手に中小マフィアを飲み込んで大きくした、わたしの情熱の塊! 他人など信じられない。ただ信頼がおけるものは金と権力! それのみだと!!

 ――そう、思っていたのだ。


「ドナテラ・ウナ?」


 数週間前からドナテラ・ウナという女がわたしの偽名の一つである『ソリッド・ナーゾ』を探しているという報告を受けて調べさせてみれば、わたしがパッショーネを作る直前、三年前にサルディニア島で会った女だった。一月ほど前にドナテラは自動車事故に巻き込まれ重体、親しい友人を頼ってソリッド・ナーゾを探したようだ。しかし怪我が原因で既に死んでいるらしい。

 ドナテラには二歳の娘がいた。トリッシュ・ウナ、それが娘の名前らしい。わたしがドナテラと関係を持ったのは三年前でトリッシュが二歳、ドナテラは死ぬ前にわたしを探した――つまり、このトリッシュ・ウナはわたしの娘だということになるのだろう。

 わたしが行った方が簡単にトリッシュを手に入れられるが、わたしの姿を晒すのはなるべく避けるべきだ。ならばドッピオか、ドッピオに行かせるか? 誰よりもわたしに忠実で、決してわたしを裏切ることのないわたしの僕。ドッピオの容姿ならトリッシュの父親の親戚だとかなんだとか言っても信用されるに違いない……もしドナテラがわたしの容姿について周囲に話していなくとも、ドッピオは「信じたくなる雰囲気」を持っている。

「わたしのドッピオ、お前しかないのだ。行ってくれるな?」

『ボス、もちろんです! オレに任せてください!!』

 ドッピオは永遠の少年だ。わたしが捨てた少年の真っ直ぐな心と弱さを持ち、わたしに忠実であろうと全身全霊をかけている。このドッピオ以上に信頼できる存在は他にいない。それはきっとこれからもそうなのだろう。

 そうして内側からドッピオを見ながら、トリッシュ・ウナが一時的に預けられているという教会へ行った。わたしを育てた神父は神に忠実な男であったがここの神父は世垢にまみれた俗物のようだ。にこにこと笑顔を浮かべる下で、身なりの良いドッピオから金をふんだくろうと策を巡らせている。

「トリッシュは今どこにいるんですか?」

「今はええ、近所の方のご厚意で。ええ。母親が亡くなったことが理解できないようで、ええ。ここしばらくは夜も眠れませんよ。ずっとですね、ええ、泣いているんです」

「そうですか。ではその方の所で案内してください。トリッシュはこちらが引き取りますから」

 わざとらしいまでにトリッシュを預かっていた期間の苦労を語る神父を無視し、ドッピオは早々にトリッシュの元への案内を求めた。舌打ちせんばかりに表情を歪める神父に苛立ちが募る。貴様は黙ってトリッシュの元へわたしを案内すれば良いのだ、屑が!

 そうしてドッピオを迎えたのは、頑是ない幼子だった。神父の言う通り母親が恋しいのだろう頬に涙の筋が残り、目元は赤い。親指をしゃぶり見知らぬ他人を見る目をドッピオに向けて、舌足らずな声で「おにいちゃんだぁれ」と名を訊ねるその罪のない様子――それに、わたしは何故か息が詰まった。わたしが価値ない物としてきたはずの物が、今さらにこの心を刺激する。一体どういうことだ……トリッシュに何があると言うのだ!

「オレ? オレはね、トリッシュちゃんのお迎えだよ。トリッシュちゃん、パードレに会いに行こう」

「とりっしゅのパードレ? ほんと?」

「ほんとのほんと」

 ドッピオが抱き上げれば、トリッシュはきゃらきゃらと笑い声を上げながら抱きついた。柔らかい腕がドッピオの首に回る。――わたしはその瞬間、気付いてしまった。不要としてゴミ箱に捨てたはずの温かな情動がトリッシュによって蘇っていることを。

「とりっしゅ、パードレにあいたい!」

 わたしはドッピオが表に出ているのを有難く思った。こんなにも簡単に、単純に、救いは訪れるものなのか。無垢とはこういうことを言うのか。愛しいという気持ちは、こんなにも簡単に心を満たすものだったのか……。無条件にドッピオを信頼するトリッシュの、ミルクのような匂いがドッピオを通してわたしに伝わってくる。愛しい愛しいとわたしの心が叫んでいる。今までわたしに欠けていたものが、間欠泉のように噴き出し染み渡っていく。

 わたしを育ててくれた神父は、もしかするとこのような想いをもってわたしを育ててくれたのだろうか? 感動という言葉では薄っぺらく、しかし他に適した言葉が見つからない。嬉しいから苦しい。

 トリッシュ、わたしの娘。わたしはやっと生きる希望を見つけた気がする。







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 24からの転載、たぎって書いたディアボロ成り代わり。ネタ作!の触らぬ悪魔に祟り無しから。ネタ作!で提供されたネタの前日譚的な何かになった。ここからシリアルになっていくんだね。

 計算を間違えていたことに気付いた。トリッシュは1986年生まれだから、三部(1987年)時点では一歳やん……一年早かったってことにしてくださいごめんなさい。

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