だって悪役って恰好良いじゃん



 グレートが泣いている。泣いてるグレートも可愛い。


「何を見てるんだい?」


 片肘を突いて水晶玉を見つめながら内心ニヤニヤしてると、そんな声がかけられた。誰かは分ってる――気配を隠そうとなんてしてないんだから。バロックだ。


「弟だ」

「へえ……君の弟。君の弟ならさぞ才能溢れる子なんだろうね?」

「いや、私ほどこの力を自在に操れるわけではない。力を目覚めさせたとしても、私と戦えば九分九厘で私が勝つな」


 魔族として力を振い、人を屠り、恐怖を支配することに全く心の痛まない私。それどころか高揚するくらいだからグレートには私の心なんてきっと理解できないだろう。


「君は本当に強いからね、君に勝とうだなんて自殺行為だよ」


 バロックはクスクスと笑いながら私の背中に抱きついた。間に椅子が挟まって密接しないのがせめてもの救いだと思う。バロックに抱き着かれても全然嬉しくないから。


「まあ、私に勝ってもらわなければ……な」


 バロックを無視して小さく呟いた。勝ってもらわなければ、私が悪役に回った意味がないじゃないか。どうして私がここ――妖精武闘術の本拠地に来たと思ってるんだ、グレートの越えるべき壁として来たに決まってるじゃないか。王道なんだよ王道。外の世界を教えてくれた恩師やら、兄や姉と慕った実兄実姉や近所の兄ちゃん姉ちゃんやらが敵として目の前に現れる、ああなんて王道展開! 素晴らしいよ!!――とまあ、そう言う狙いもあるけど、一番の目的はアレだね、生身のシェル君を見ることとハーモニーちゃんを愛でること。是非良い悪役になってねハーモニーちゃん!








「久しぶりだな、グレート……一年ぶりか?」


 今まで一歩奥に立っていた黒い影が、ゆったりとした動作でフードを脱ぎ去る。深いコバルトブルーの瞳、くせのある金髪、腰に下げられたヴァイオリンケース……。グレートの喉がゴクリと鳴るのが聞こえた。ピロロが悲痛な呻き声を上げ、シェルはグレートと彼を何度も見比べる。このグレートと瓜二つの、鏡に映したような青年はもしかして――


「あ、兄、貴……」

「元気そうで良かった。お前が唯一の気がかりだったからな」


 ハーモニーが先を譲って一歩横にずれ、それを当然のように泰然と彼は三人の前に歩を進める。


「――どうして、兄貴がここに」

「するべきことがあるからな」

「――どうして、こんな……こんな奴らと一緒に……」

「住めば都と言うだろう」

「――どうして、兄貴のローブが血を吸ってるんだ……?!」


 グレートが吠えるような詰問に、グレートと瓜二つの青年はあくまで淡々と答える。


「私が殺したからに決まっているだろう」


 青年は首を傾げた。そして、千尋の谷へと叩き落とす。


「グレート、私とお前の進むべき道は、生まれたときから異なっているのだよ」


 グレートの膝がガクガクと震えて、遂に地面に手を突いた。


「グレート!」


 シェルはグレートに駆け寄りその肩を抱く。『そんな……何でだよ、兄貴』と呟くグレートの尋常ならざる様子にさすがのシェルも目を瞠った。


「お前はまだ弱いよグレート、そのままでは私を倒せない。私を止めたければ強くなれ」


 青年は頭を振ると、ハーモニーを連れて背を向けた。そして背中から翼を生やすと、空へ飛び立った……。


「あ、待ってくれ、兄貴、兄貴――エオリアン兄貴!!」


 慌てて伸ばされたグレートの手は彼に届かずに、空しく宙を切った。




 エオリアンの名前はエオリアン・ハープから。適当に弦楽器系の名前を探したらこうなりました。
 なんというか好き勝手にやりすぎた感がプンプンします。

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