月と味噌汁、そして死
ふよふよと漂う感覚に自我もとろりと溶けて、今の自分がどんな状況にあるのかも分らなかった。だけどその環境から突然放り出され、オレはやっと自分の周りを観察しようという気になった。
「……蟻編、か」
周囲が騒がしい。オレと同時に生まれた奴等がギャアギャアと騒いでる中、今の体を確認する。手のひらは滑らかな人間の物だけど腕や手の甲は鳥の足に似てる。爪がちょっと分厚くて鋭いけど気にならない程度かな? すっぽんぽんの体に張り付いてるのは羽毛で、胸から腹を覆い隠してる。――鳥類とのミックスか。股間の息子さんは無事だから、ここまで鳥にはなってないようだ、良かった!! 足は人間のそれだけど足の指がちょっと長くて鉤爪だ。やすりで爪を削れば靴を履けるサイズで一安心だね。
で、ここからが重要。オレの背中に翼が生えた。オレがいつ翼を下さいなんて歌った? そして耳に羽毛の蓋が出来た。ちなみにメアリー君とミミアリー君は受け継がれているというミラクル!
「おい、お前は……モズだな。ちょうど良い、来い!」
漫画で見た覚えのない顔の奴が、羽毛を乾燥させようと煽いでたオレの腕を掴み引きずり出す。いやん暴力反対! 誰か助けて、リンチされちゃう!! リンチって私刑だよな、確か。集団暴行のことだっけ? あれ? まあ良いか。
何か用事があるらしいし、来いと言われたらまあ着いていくけどさ。引きずられるのは体勢とかが辛いんだよね。無理な姿勢で引っ張られるといつもは使わない筋肉がひきつって痛いんだよ――この体は生まれたばっかりだから「いつも」使うとか使わないとかはないけどね。
ズルズルと引きずられるまま連れて行かれたのは何故か女王の部屋だった。え、何なのこの展開。
女王の腹には王がいなかった。もう生まれてんのか、と思って女王の腹から視線を外したら、まあなんということでしょう! 王はまだ膜に包まれたままベッドの横に安置されていたのです! 何この展開。栄養補給しなくちゃ死ぬよね? 大丈夫なの、蟻の王。
「女王! ナニーです!」
「え、なにー?」
何井とかいう名字ではないだろうし、なにいって何。そう思ってオレを引きずってきた奴を見上げれば、目線で「立て」と命令された。この姿勢にしたのはあんただろ……。
≪ナニーか……そ奴ならば、王を育てられると?≫
「はい! モズは他の鳥の卵を我が子のように育てる鳥ですから!」
いや、それ騙されて育ててるだけだろ。托卵を自分勝手に解釈すんな。で、なにいってのはもしかしてナニーのことなの? えっともしかしてオレは王のナニーにならされるってこと?
≪そうか。お前、王を命をかけて守り育てよ≫
「あ、はい」
イエスと言わないと殺されそうな雰囲気だね……まあ、オレはそう簡単に死なないけどさ。拷問されて痛くないわけじゃないし。身の危険を感じたのと、日本人的な反射で頷いた。
オレを連れて来た奴は女王に恭しく挨拶して出て行き、オレは「頑張ってお育てしろよ」と言われて卵を押しつけられ、王の部屋になる予定らしい部屋に放り込まれた。
……オレは何をすれば良いの、あの王の卵(っぽいもの)を温めれば良いの? 栄養はどうしよう。そんなお困りの貴方にメイドパンダ!! アレは駄目だグリードアイランド内のカードだもんな。今じゃ体が変わってるからブックできるとは思えないし。でもまあ、試してみる価値はあるよね。
「テテレテッテレー、ブックぅ!」
ひみつ道具的な効果音を歌いながら、腹の羽毛の間からブックを取り出す動作をした。――出た。
「なんだこの万能さ加減。オレいい加減にしろよ冗談を自重しないからこうなるんだ」
とりあえずはメイドパンダに任せるか? いやでも他の蟻に見られたら問題になるよな。どうしよう。
……どうしよう?
+++++++++ 晦日の月の続き。モズははやにえでも有名だけど、托卵される可哀想な鳥でもあるのでそっち。 2013/03/03
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