ROMANCE3



 碇さんと冬月副司令が綾波レイもどきちゃんで色々としてるのは知ってたけど、全く顔を合わせる機会がないからスルー。カヲル君のピアノを聴いたり一緒に歌ったりして毎日を過ごしてたら、鍵盤蓋に肘を突いて考え事をしてたカヲル君が突然パッと表情を明るくした。


「――第九?」

「うん。歌えるかい?」


 カヲル君は鍵盤蓋を上げ滑らかな動きで第九の導入部を弾くと、横の木に背中を預けるオレを見下ろした。


「歌えないことはないよ。ドイツ語詞だよね?」

「うん。でも、もしうろ覚えなら日本語詞でも構わないよ」

「いや――なかにし訳詞を悪いと言うつもりはけど、オレは原語のまま歌う方が好きでね。歌詞は大丈夫だ、ただ声が出るかが問題ってだけで」


 カヲル君に喉の調節に付き合ってもらって感覚を掴む。ここ何年も子供向けのアニソンとかばっかり歌ってたからなぁ、第九みたいなお固いのは久しぶりっていうか三十年ぶりくらいかもしれん。

 何度も繰り返しピアノと歌を揃えた後、鍵盤蓋を閉めるカヲル君にこの選曲の理由をなんとはなしに聞いてみた。


「どうして第九なのか聞いても?」


 カヲル君はふむ、と顎に手を添え、指を二本上げた。


「先ず、第九が有名であること。たとえ歌えなくとも曲調を知っている人は多いから、幸也も知っているだろうと思ったのさ。二つ目はシンジ君との出会いを喜びたいという僕の意思。歓喜の歌を弾きたい気分だったんだ」

「ふーん……ということは、明日かそこらにシンジ君が帰って来るってことで良いのかな」

「ああ。明日ヴィレにより初号機回収作戦が決行され、シンジ君は地球に帰還する。迎えに行くのはアヤナミレイだから僕たちはここでお留守番だよ」

「モドキちゃんか……全く知らない相手が迎えに行くより良いよね、本人じゃないけど」


 ぼすりとピアノの椅子の空いたところに腰かけてお尻でカヲル君の場所を侵食する。カヲル君は真ん中に座ってたからまだ左側にスペースあるし。光沢のある黒い蓋に両肘を突いて手のひらに顎を乗せて、ピアノの中をなんとなく眺める。もし今この場でピアノの構造を詳しく説明されたとしてもさっぱり理解できない気がする。


「真実を知った時、果たして碇シンジ君はどう思うのだろうね」

「泣くんじゃないかな。そうしたら二人でシンジ君を慰めようか」

「うん」


 ウン十年の間HUNTER×HUNTERの世界で過ごして、十数年この赤い大地を放浪した。元々ちょっと歪んでるなと思ってたけど、今のオレの精神構造はかなり歪んでるんじゃないかな。好きだと思った相手以外は全部同じに見える。たとえそれが職場の仲間でも「どうでも良い他人」でしかない。その「どうでも良い他人」の命なんて……ねえ? 『死ななくて良かったね』とか『死んでしまって悲しいね』という感想も、ただ表面を上滑りしてる。言葉だけで心がこもってないっていうか。

 こんな思考回路で果たしてシンジ君を慰められるんだろうか……。


「とりあえずもう夕方も遅いからご飯食べて、シンジ君を待とうか。果報は寝て待てって言うことだしね」

「そうだね。――ねえ幸也、僕はどんなふうに碇シンジ君を迎えれば良いと思う?」


 二人して立ちあがり食堂と化してるオレの部屋に向かう。カヲル君はシンジ君と会うのが楽しみなのか、少し頬を染め声を上擦らせた。


「ピアノ弾いて迎えるとかで良いんじゃないの。ちなみにオレは『温かいご飯を持って颯爽と現れる素敵な家政夫さん』になる予定だよ。『この家政夫さん……素敵! こんなお兄ちゃんが欲しかった!!』って感じの」

「……僕は君の考えていることが時々分らなくなるよ」

「要するにオレは弟が欲しいということだよ。ねえカヲル君、オレってお兄ちゃんっぽい?」


 少し顔をカヲル君に向けて表情を窺えば、カヲル君はコテンと首を傾げ少し斜め上を見上げるように視線を飛ばして「うーん」と唸った。


「家族という括りで言うならば幸也は母親の立場にあると思うよ。料理を始めとする家事をするのも、日本では一般的に女性の役割なんだろう? 怒るのは父親の役割で許すのは母親の役割だとも読んだことがある」


 カヲル君は「僕たちの関係は母親と息子みたいなものじゃないかな」と言って微笑んだ。――知り合いのほとんどに「母さん」扱いされるこの理不尽に対する悲しさはどこの誰にぶつけるべきなんだろうか……。







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 一日空いただけで書けなくなった罠。なんか微妙。あと、オペラとかで翻訳詞を聞くのが嫌いなのは僕。
11/23.2012

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