ROMANCE2



 「一緒に食事でもどう?」なんて軟派師みたいな言葉で誘ったオレの部屋――放浪から帰って来たオレを見た冬月副司令は「貴様はバケモノか」と呟いただけですぐに受け入れてくれた。まあ、二十数年前から見た目が変わってないから仕方ないかもね。ヱヴァ搭乗者でもないんだし――。カヲル君の前で、オレはサブマス専用のブックから海老グラタンとシーザーサラダをゲインした。

 世界が変わってもサブマス特典が消えなかったお陰で、真っ赤になった世界でもオレだけは普通のご飯を食べてたりして。ストックは……まあ、向こうで人生が終わるまでずっとストックを増やしてたから、十年や二十年で無くなるものじゃない。ただ一つ残念なのは料理が冷え切ってることだけかな。レンジで解決するけど。


「ニア・サードインパクト以前のご飯なんて、もう食べられないかと思っていたよ。そういえばグラタンはこんな味だったね」


 懐かしそうに噛みしめながら食べるカヲル君のコップにいつもご機嫌な茶色の小瓶から麦茶を注ぎ、毎日食べてるからぱっぱと食べ終わったオレのコップにはコーラを注いだ。オレが何杯目かのコーラを飲み干したんだか分らなくなった頃、やっとカヲル君が食事を終えて手を合わせた。


「貴方は――幸也は、ヴィレの人々に料理を与えようと思ったことはないのかい? この魔法を以てすれば、ヴィレにおける君の地位は盤石なものになったはずだ」


 満足のため息を吐いた後、カヲル君に軽い調子で訊ねられた。彼らに食料を分けなかったことを責めるようには全く見えないからオレも軽い調子で返す。


「オレの魔法っていうのもちょっと難儀なものでね、無限に料理を出せるわけでもなければ、何でもできるってわけじゃない。料理だってストックが沢山あるとは言え有限で、ヴィレに避難してる人間の全ての食事を賄えるほどにはないんだよね。

 だから、オレの持ってる物はオレが好きな相手にだけ分ければ良いと思ってるんだ。――カヲル君はこう言う考え、嫌いじゃないだろ?」


 ちょっとニマっと笑いながら言ったら、カヲル君も仕方ないなって笑顔で頷く。


「ああ、幸也の考え方は僕と似ている。好きな人には与えたい――それがたとえ僕自身の命であっても」

「そうだね、『それがたとえオレの命であっても』」


 オレたちはどうやら、本質的なところでそっくりらしい。類は友を呼ぶらしいから必然的な出会いだったのかもね。

 カヲル君は一瞬微笑んだのち席を立って食器を手際良く纏め、「どこに片付ければ良い?」と首を傾げた。


「またその皿の上に何かを盛りつけられるわけでもないから、いつもは壊して捨ててるんだけど……」

「なら、僕が貰っても良いかい?」

「良いよ。何か使いたい先でもあるの?」

「うん。この深さなら花を植えられるんじゃないかな」


 土も海も真っ赤になったと言っても草花が生えないわけじゃない。部屋に一つ花があれば雰囲気も明るくなるし、カヲル君の考えになるほどと頷いた。今まではずっと野宿だったからそんなこと考えたこと一度もなかった。『ここは屋根があるから有難いなー、マル!』みたいな。


「そうだね。花瓶よりもプランターの方が花も長持ちするもんね」

「うん」


 カヲル君はよっぽど嬉しいんだろう、ふにゃふにゃと口元が緩んでる。可愛いなぁ。まだ植えてもない花を想像してるのかもしれない。――と思ったら、突然キリリと表情が引き締まった。


「そう言えば、君に話すのを忘れていたな……そろそろ碇シンジ君が地球へ帰ってくるようだよ。ヴィレは初号機と碇シンジ君の身柄を確保することでネルフに対する抑止力にするつもりらしい」


 ニア・サードインパクトから十四年近くが過ぎた今、あの日あの光景を網膜に焼き付けた若手や子供たちはもう中堅やその部下だ。親兄弟をニア・サードインパクトによって奪われた人は多い。けど。


「へえ。『ニア・サードインパクトを起こした憎い相手』を前にして、一体どれだけの人間が拳を振り上げないでいられるんだろうかねぇ」

「さあね。彼ら自身が目を背けることを止めない限り、碇シンジ君は怨恨の矛先として生贄にされ続けることだろう。果たしてそれは何年……いや、何十年続くのだろうね」

「きっと世代が二回変わるまで終わらないんじゃないかな」


 本人よりも子、子よりも孫の方が、ニア・サードインパクトの起こしたことへの実感が薄まって行く。オレからすれば八つ当たりも大概にすれば良いのにって感じなんだけどね、本人たちは想像もしてないんじゃないの? 辛いのは自分たちだけって思ってるんだし。

 ――と、そんな思いの詰まった一言をついうっかり洩らせば、カヲル君の顔はとたんに憂いを帯び始めたから慌ててフォローを入れる。


「でもホラ! きっとそのうちシンジ君のことを理解しようとする人が現れるって! その第一号はカヲル君だよ! そして第二号候補はオレで!!」


 グラタン皿を持ってない手を握り締めてそう熱弁を振るえば、カヲル君はぽかんと目を丸くしたと思えばクスクス笑い始めた。


「そうだね。他に誰もシンジ君を助けようとしないなら、僕が、ううん、僕と君がシンジ君を助けて支えてあげれば良い。――幸也がいてくれて、本当に良かった」

「シンジ君のために命を投げ出せるカヲル君と、二人のためなら何度だって死ねるオレがいるんだ。絶対大丈夫さ」


 カヲル君の存在意義はシンジ君の幸福のために命を賭けることで、オレの今回の存在意義はカヲル君とシンジ君が幸福になるために何度も死ぬこと。だからね、カヲル君。さっき君のことを『シンジ君のために命を投げ出せる』人だって言ったけど、オレは君にそんなことをさせたりしないよ。死ぬ役目はお兄さんにドーンと任せなさい。君の存在意義を否定するつもりはないけど、オレの存在意義を押し通すからね、オレは。


「――なあカヲル君。明日は一緒に花を探しに行こう」






+++++++++
 何度も死ねる兄さんと何度も少しずつ異なる歴史を繰り返しているらしいカヲル君、似てるよねーという。
11/22.2012

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