ROMANCE



 ヱヴァンゲリオンの世界に来たんじゃないかって気付けたのは、第三新東京という完璧に計画立てて作られた街とネルフの存在のお陰だった。ええー……今度はヱヴァか……。アニメ版、劇場版、新劇場版は全く見てないオレにはかなり荷が勝ちすぎる場所だな。貞本ヱヴァなんてまだ完結してないし。

 アニメ、劇場版、新劇場版ならまだ話に聞いたことがあるから微妙に知ってるけど、学園ヱヴァだったりぷちヱヴァだったり鋼鉄のガールフレンドだったりしたらもう目も当てられない。ちなみになんでタイトルは知ってるかって言ったら高校の部室にあったから。先輩の私物だったせいで読ませてもらえなかったけどね。

 ――えっと、確かアニメ版だと始めから終りまでカヲル君はシンジ君の味方だったと聞いた。劇場版はアニメを踏襲してるから同じだろうし、新劇場版は評判を聞いただけだけどカヲル君はカヲル君だったみたいだし。

 とりあえず、ヱヴァの近くに行けば二人を見守れるだろう。そう思ってネルフの警備員になった……のだけど。


「サードインパクトじゃなくてニア・サードインパクトね。うーん、シンジ君のせいなのかなぁ? だって十四歳って思春期だよ、一番多感で迷いやすい時期。

 そんな時に自分の意思じゃないとはいえ二号機を攻撃させられて、もう一人の仲間も飲みこまれて……なんてなったらさ、必死になるのも当然だと思うよ。それを支えられなかったのは現場の責任だし、ニア・サードインパクトの原因を全部シンジ君になすりつけるのっておかしくない?」


 ニア・サードインパクトで真っ赤になった世界に、インパクトから逃れ生き残った人々は絶望した。そしてニア・サードインパクトを起こしたシンジ君を恨み憎んだ。けどさ、それはちょっと違うと思うな。――シンジ君を憎むことで生気を取り戻したネルフ職員の前でそう口にしたオレは、まあ周囲からの反感を買った。当然かもね。何かを恨んだ方が生きやすいし。

 というわけで、シンジ君を恨む人ばっかりで構成される反ネルフ組織『ヴィレ』に受け入れられるわけがなく。放り出され、まあ、「死ね」と婉曲的に言われちゃったのだ。


「やあ」

「やあ、初めましてだね」


 各地をうろうろと彷徨って、温泉に浸かったり山登りをしたりして十数年。久しぶりに帰って来た第三新東京で、渚カヲル君と出会った。今では乱立したビルの面影もなく地平線まで見えそうな赤い大地に、ポッカリと空いた竪穴。その穴の縁に腰かけた白髪に紅の瞳の少年は、なんて言うのかな、とても年老いて見える。


「貴方は? 僕は渚カヲル」

「オレは海野幸也。元はネルフの一警備員をしてたよ」


 地球の口と言われれば見えなくもない竪穴を指差して言えば、カヲル君は目をパチクリと瞬かせて「じゃあ、今はヴィレの職員ってことだね」と呟いた。オレに対する興味をなくした様子にちょっとだけ残念な気持ちになる。


「違うよ。今は、気に入った人の頼みなら何でも叶えちゃう根なし草な魔法使いのお兄さんをしてるんだ」

「魔法使い? フフ……面白い人だね、貴方は」


 オレが自分を魔法使いと名乗ったせいか、カヲル君は柔らかく相好を崩した。


「隣、座っても良い?」

「ああ、良いよ。ここは誰にも支配されない場所だからね」

「でも今は君がこの場所を使ってるだろ? オレは先住民にお伺いを立てられる人なのさ」

「先住民ね」

「そう、先住民」


 横に座って、深い穴を見下ろす。落ちたら死ぬだろうな……元の姿なんか全く残らないくらいグシャグシャになるかもしれない。でも死ぬより先に空を飛んで助かるだろうね。


「貴方は他のリリンとは違うようだね。その肉体を構成する遺伝子そのものから異なる様に僕には思える」

「分っちゃう?」


 カヲル君は、ネルフ本部がある穴の底の様に深い瞳をしている。貞本ヱヴァではだんだんと人間らしい知性を身につけて行くカヲル君だけど、ここのカヲル君はまるで違うらしい。どっちかって言うとこの世の酸いも甘いも舌の上で何度も転がしたような、老成した雰囲気がある。

 どこかの掲示板かwikiで読んだように、カヲル君は世界を何度も繰り返してるのかもしれない。オレより大変だ。


「もちろん。貴方はリリンでもなければアダムスやリリスでもない、全く別の存在だ」


 分って当然といった調子で頷かれたことに、使徒ってのは凄いなぁと再認識する。オレには判断なんて全く付けられないしね。


「やっぱり分るか……オレはこの世界の存在からすれば『異世界人』ってヤツでね、ちょっとばかり歴史に顔を出すために送りこまれた異物なんだよ」

「へえ。記録に残ることはつまり、その記録が残る限り永遠を生きることを意味する――貴方は永遠を生きるためにここへ来たのかい?」

「んーん、ちょっと違うかな」


 オレは永遠なんていらないしね。

 腕を突いて顎を逸らし、青い空を視界一杯に収める。血の様に赤い大地と晴れ渡る青空のコントラストは異様なのにマッチしてて、そのまま腕を突っ張り棒にして空を見続ける。


「オレはただのお使いなんだ。ある意味では君と一緒で使徒って言っても良いかもね。オレのお仕事はね……死ぬはずの人を生かして、代わりにオレが死ぬことだよ」


 頭をずらしてカヲル君を視界に収めれば、カヲル君はなんとも表現し難い表情をしてオレを見つめてた。勢いをつけて元の姿勢に戻り、ブラブラさせてた足も胡坐をかいた。


「そうして歴史に残って、貴方と貴方をここへやった存在は何をしたいんだい?」

「そこからの歴史を変えることだよ。たとえばエイブラハム・リンカーンが銃殺されなければアメリカの歴史は変わったかもしれないし、本能寺の変で織田信長が死ななければ江戸時代は来なかったかも知れない。ある人が死ななければ物語は大団円になるかもね」


 カヲル君はカッと目を見開き、オレはそれと視線を合わせる。


「実はね、前のお仕事の場所はオレの大好きで大切な弟がいる世界だったんだ。初めは『弟とその仲間が楽しくあれば良い』としか思ってなかったのに、いつの間にか大切に思う存在が増えちゃってさ。だから今のオレには義理の弟が二人と息子が一人いる。

 あの子たちが幸せになれるならオレは何度だって身代わりに死んだし、それがあの子たちを悲しませるってことも知ってたけど繰り返したよ。だって愛してるんだもの」


 口を半開きにしてオレを見つめるカヲル君の腕を引っ張り、銀色の頭を撫でる。うーむ、羨ましいくらいサラサラだね。柔らかいし気持ち良い。


「オレは君に一目惚れしたんだよ……あ、もちろん恋愛じゃなくて親愛や家族愛だよ? オレをたった一言で惚れさせたんだから、君は凄いタラシだね」


 そう言えば「タラシ」で思い出した。


「タラシと言えばシンジ君もかなりタラシだよね。どんなに動転してても礼儀を失わない姿には惚れた。あれは本当に恰好良いね。頭を下げる角度もきっちり十五度のあの凄さ!」


 シンジ君を初めて見た時かなり彼は動転してて、それでも警備員のオレにさえ頭を下げる身に染みついた礼儀っていうのかな? あれを見た時はうっかりときめいた。


「ふ、フフフ、アハハハハハハ! 貴方の惚れるポイントっていうのは礼儀正しさなのかい?」

「え、そりゃあそれだけじゃないよ? でもシンジ君を初めて見た時に思ったのは凄く素敵な少年だなってことかな」


 大声で笑い出したカヲル君の姿を見ながら、少なくともカヲル君が死ぬ未来なら変えたいなと思いながらオレも笑った。







+++++++++
いつもの1.7倍くらい。カヲル君が好きだなぁと心底思う。カヲル君見たさに二周した。
ちなみに、タイトルのROMANCEはジャンヌでもBUCK-TICKでもドリカムでもないよ。きっと一度は聞いたことがあるはずなノリの良い曲。
11/21.2012

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