美食人間国宝8



 ちょっと休暇を取ってみないかいと節乃さんに言われて大喜びでオーナーから休みを強奪してついて行けば、アイスヘルとかいう極寒の地へ行こうということだった。


「今向かってるそのアイスヘルにいる、小松とトリコを拾いに行くんですよね?」

「そうじゃよ。もしかすると他にも面白いのを拾うことにかるかもしれん」

「へえ……」


 原作なんてもう記憶の彼方の私には、とりあえず小松とトリコのペアが今この場で死ぬことはないということくらいしか分らない。主人公が死んだら冒険が続かないんだし。


「じゃあ、この量で足りるんでしょうか? トリコの食べる量は分ってるんですけど、一緒にいる他の人たちが食べる量を考えるともっと作るべきかなって思わなくもないんです」

「ふふ、心配なら作れば良い。アイスヘルで腹をすかせた者ばかりじゃから、いくらあっても多すぎることはないじゃろ」

「そうですね……」


 とりあえずカレーを作っておいたけど、果たして足りるかどうか不安。一度節乃さんが下に降りて誰かと話し、また帰ってきて。それから二十分ほどしてやっと小松と再会することができた。


「小松!」

「こ、小梅!? どうしてここに!」

「節乃さんに誘われたんだよ。さむかったでしょ? 私もカレーを作ったからお腹に入れて暖まってよ」


 小松たちと一緒に現れたのは、緑色の包帯で全身を覆われた三人と顔が傷だらけのマッチさん、先の三人と同じく包帯でぐるぐる巻きの美青年滝丸さん、リーゼントが似合いすぎる鉄平さん、ゾン……ゾンベ? と愉快な仲間達。八人は歓声を上げて料理に食らいつき、杯を傾け、生還を祝った。全員の顔に明るい笑顔が浮かんでいる。

 とある有名料理屋チェーンでバイトしていた時、創業者が私のいる支店に来たことがあった。もう七十代後半で前線からは引いているその人は、私たち厨房係り全員を見回して言った。『料理とは相手のために自分の心を砕くこと。食べる人の事を考えずして、美味しい料理は作れない』と。

 節乃さんの料理を食べて目に涙を浮かべる八人を見て、その言葉が花火のように私の頭の中で爆発した。単なる玉だと思っていた物が爆発音と共に夜空に花を咲かせるように、ただの記憶として転がっていたそれが、一気に私の頭に染み込む。そうだ。そういうことなんだ。

 連れて来られてしまったのはもう仕方ないと諦めて、流れ作業で作っていた。違うんだ、そうだ。違うんだ。いつの間にか忘れてた。私は、そりゃあこの世界で食べた料理に憤慨したってのもあったけど、両親に美味しいご飯を作ってあげたかっただけなんだ。笑顔が欲しくて作ったんだ。

 家にいた時に一度だけ作って、両親から二度と作らないようにと念を押された料理がある。――別に、普段から作っている野菜スープの質が低いと言うつもりはない。だけど適度に手を抜いてたことも確かだ。


「節乃さん、厨房を借りますね」


 飲めや祝えやで大騒ぎしているトリコたちからそっと離れ、厨房へ入った。もう料理は全て出し終えて厨房はガランとしている。

 じゃがいもがある。人参もある。玉ねぎ、牛肉の薄切り、糸こんにゃく。調味料はこれ以上なく揃ってるから、材料さえあれば何でも作れる。――私には、捕獲レベルの高い食材を求めて難攻不落の地へ入る彼らの気持ちはさっぱり分らない。限りある食材をいかに美味しく至高のものにするか、それが料理だと思うから。

 高ければ良いってもんじゃない、希少であれば良いわけでもない。重要なのは、いかに食べる相手に心を砕くか。それが私の思う『料理』だ。

 上の階から聞こえてくる笑い声にふと頬が緩んだ。まだまだ宴会は終わりそうにないし、平行しておでんも作ってる。皆はどう思うだろうか?……もしかすると、いや、確実に、節乃さんは私の気持ちが分ってた。相手を思わない料理を作っていると分ってたから、弟子入りできなかったんだろう。そして今回の同行もそれを教えるためだったりして。可能性は高いな。


「……母さんの味だ」


 十年ぶりくらいだろうか? 相手を思って作った料理は、私が追い求めていた、母さんの料理の味がした。





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 三ハロリクですが、本編の続きという形で書かせてもらいました^^
10/27.2012

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