小鬼と示すアイの話4



 小鬼が二匹、「鈴がー!」と叫びながらオレの部屋に駆けこんできた。なんだ、鈴がどうした。落としたのか?


「りはんりはん、鈴がゆーかいされた!」

「すずかわの娘なんだ、鈴が黒服のニンゲンに車に乗せられて、ゆーかいされたんだ! 助けてくれ!!」

「鈴川? ああ、鈴川組の娘が誘拐――っておい、一大事じゃねぇか!!」


 鈴川は、奴良組のある幹部と血縁があるっつーか、鈴川の妹が幹部に嫁いだことでオレら妖怪任侠と繋がりを持つことになった組だ。その幹部も鈴川からの嫁ももう亡いが、奴良と鈴川の繋がりだけは今でも強固に続いている。鈴川はオレらの人間との間口となっている奴らだし、なるべく失くしたくない相手と言える。そこの娘が誘拐されたとなりゃオレらが動かないわけにゃいかねぇ。


「案内できるか、おめぇら」

「出来るぞ! 鈴が『場所を覚えて助けに来てもらえ』っていったからな!」

「そりゃ頭の良いお嬢さんだ」


 先ずは鈴川へ電話すんのが先か――向こうもなかなか帰らねぇ娘に気をもんでるに違いねぇしな。

 ということで首なしを大声で呼びつけ鈴川への電話を命じる。人間相手ならオレだけでも十分だが、鈴川のお嬢さんとまた顔を合わせたことがないことを考えると黒田坊を連れてくのが良いかもしれねぇ。十三歳にはなってねぇはずだ――そういやいくつなんだ。


「おい、そのお嬢さんってのはいくつだ?」

「いくつ? うーん、鈴はせーふく着てたぞ」

「そーだそーだ、鈴は浮世絵中学のせーふく着てた」

「ってことは十二か」


 十二にしちゃ落ちついた判断だ。普通なら怖がって泣いたりして、小鬼を先に逃がすなんて考えつかねぇだろうに。


「二代目、お呼びですか」


 黒田坊が現れたことで思考は一旦中断、訳を話して二人と二匹だけで出ると告げる。青田坊とか連れてたら逆に怖がらしちまうしな。黒田坊は見た目が優男だし、少ない方が圧迫感も少ねぇだろ。


「んじゃあ案内頼むぜ」


 腕に抱えた小鬼に案内させてひた走る。


「鈴、まってろよ! 今りはんが行くぜ!」

「りはんに任せればあんしんだぞ、鈴!」


 腕の中で騒ぐ二匹を黙らせる。ここにいもしない相手に話しかけてどうするってんだ。何度も鈴って連呼しやがって……懐かしい奴思いだしちまったじゃねぇか。

 ――鈴はスゲー頭が良くて、牛鬼と同じくれぇ物知りな小鬼だった。あん時あの場所にいた木魚達磨によれば、鈴は文字に力を宿すことのできる奴だったらしい。鈴自身も知らなかったようだが鈴がオレの頬に馬と書いていたことでオレが親父の息子だとバレなかったし、饅頭は頭の代わりと書いていたお陰で一度目の攻撃から逃れることができたんだと。

 あれから四百年が過ぎてるとは言えなぁ、同じ名前の別人を呼んでるだけだと思うとちと辛いもんがある。なんてったって初恋の相手だぞ、切なくなって当然だろ。

 ここの奥だと小鬼が騒ぎ出した場所は建材の倉庫が立ち並ぶ区画で、もう一分もせずにそこへ着こうと言うその時――静かなそこに銃声が響いた。


「チィ! 急ぐぞ!!」


 急いでなかったわけじゃねぇが、より一層急ぐ必要がありそうだ。


「――な、なんで死んでないんだ!?」


 ここだ、人の気配がある倉庫へ入ろうとした瞬間、そんな悲鳴じみた声が上がった。死んでない? どういうことだ。


「ご存じではありませんか、饅頭というものは頭を象って丸く捏ねられた物のことを言います。頭を撃たれた私の身代わりに饅頭が爆ぜただけですよ」

「そんなことが起きてたまるか! オレはちゃんと頭を撃っただろ!? このバケモノが!!」


 黒田坊と二人して顔を見合わせる。中では何が起きてるってんだ?


「あらあら、私はバケモノになった覚えはありませんよ。――さあ、貴方が撃った弾が二つ目の饅頭をぐちゃぐちゃにするか、私が貴方の命を奪うか。良くお考えくださいな、ご自身の命はお一つしかないのですから」


 饅頭が身代わりになって、名前が鈴――ちょっと待て、その話には覚えがあり過ぎるんだが。


「だって貴方が悪いのですよ。私だって、貴方が何もしなければ大人しくしているつもりでした。なのに『私を泣かせたい』なんて言って撃とうとするなんて酷いです」

「ひい、ひぃい!」

「静かに助けを待つつもりが、全く予想外でビックリしました」


 呆れたようにため息を吐く……鈴かもしれない餓鬼のそんな動作にも、相手の男は小さく悲鳴を上げる。こりゃもう入らねぇと何が起きるか分らねぇ。小鬼を先に行かせて跡を追う形で倉庫の中へ入った。


「大丈夫か、鈴川の御嬢さん。助けに来たぜ」


 黒田坊が相手の男を殴り倒すのを横目に、倉庫の中にいるお嬢さんを見下ろす。肩までの茶色がかった髪と同色の大きな瞳、地面に座り込む姿も品があるってのに育ちの良さが感じられる。


「奴良組の方ですか?」

「ああ、奴良組二代目、奴良鯉伴だ。あんたは?」

「私は鈴川組が一子、鈴川若菜と申します」


 自己紹介もそつがねぇ。今まで命の危機に晒されてたってのに怖がってる様子もねぇ……なるほど、やくざの娘だけはある。かなり肝の据わったお嬢さんだな。こいつがあの鈴だと言われればなるほどと言いたくなる。


「突然変な話を聞いて悪いが、あんた、四百年くれぇ前に小鬼やってなかったか?」

「あ、うん。その通りだけど。久しぶりだね鯉伴」


 軽く肯定された事実にクラリと来た。おい待て、待ってくれ。時間をくれ。鈴川の娘が誘拐されたと思ったらその鈴川の娘が撃たれて饅頭が身代わりになって、その鈴川の娘は実は鈴だった? は? 『覚えてるとは思わなかったよ』とか何言ってんだ。初恋だぞ初恋、通い詰めた吉原の花魁の名前は忘れても初恋の女の名前はそう簡単には忘れねぇだろ。


「そうか、おまえ、鈴なのか」


 懐かしさとか色んなモンがごちゃごちゃになって言葉がでねぇから、とりあえずぎゅっと抱きしめることにした。黒田坊が変なものを見る目を向けてくるが気にならねぇ――今生は人間サイズで良かったじゃねぇか、なあ?



+++++++++
 やっと辿りついた、「鯉伴贔屓の続き」。これを三周年リクエスト小話とします。なかなか辿りつけなくて焦った。
10/23.2012

ボツ版〜鈴の性格が冷酷になり過ぎた版〜

 呆れたようにため息を吐く……鈴かもしれない餓鬼のそんな動作にも、相手の男は小さく悲鳴を上げる。こりゃもう入らねぇと何が起きるか分らねぇ。小鬼を先に行かせて跡を追う形で倉庫の中へ入ろうとした、が。


「あ、小鬼た」


 鈴って娘の注意がこっちへ向いた瞬間、中にいた男が何か叫びながら、銃の引き金を引いた。揺れる娘の頭、バラリと空を打つ茶色がかった長髪。こりゃ助けらんねぇ――そう確信する程に、銃の弾は娘の頭を撃ち抜いていた。


「鈴ー!」

「鈴死ぬなぁ!!」


 小鬼が顔を真っ青にして駆け寄り娘の膝に手を置く。その手が持ち上がり……小鬼の頭を撫で、た? いや、普通の人間なら死んでるだろそれ。何もなかったみてぇな顔してられるんだ、撃たれただろお前。


「全く、貴方は人の話をちゃんと聞いてなかったのですか? 私を撃っても、またもう一つ饅頭が爆ぜるだけだと言ったでしょう」

〜〜〜〜〜ここまで。鈴がクール過ぎてやばくなった。

- 51/511 -
*前目次次#

レビュー・0件


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -