小鬼と示すアイの話2
普通の子供ならまだ物心ついた頃、つまり四歳くらいのある日、今生の母にこう言われた――『良いですか若菜さん、このお家(おいえ)は世にいうやくざものの一家です。わが身は自ら守る。それが出来ぬ子などいらぬのです。分かりますか』。関東の一部を任される、組内では序列にして四位の家。それが生まれ変わった私の実家だった。それから始まった護身術と射撃の訓練、厳しい躾。今の私は所作も上品なお嬢さんだ。誉田さんが驚いたのも無理はないだろう――漫画を読みそうな人間に見えないんだから。
まあ、それは今は横に置いておこう。今重要なのは私の部屋に掛けられたカレンダーとか、枕元の机にあったはずの携帯がないこととかについて考えるべきだと思う。何故カレンダーの年度が1990年なのかとか、おかしいな……寝るまではカレンダーの年度は2012年だったはずなんだけど。
部屋の中をぐるりと見回しても、携帯がないことやカレンダーの猛烈な違和感を除けばほぼ何も変わらないようだった。そういえば借りたぬらりひょんの孫がない? あれの出版年は2008年からだから世界に弾かれたとかだったりして、なんて。ありえないか。
窓からの光と壁にかかった時計からして朝の六時。階下がざわざわと騒がしく、今ちょうど目覚まし時計が鳴り始めた。とりあえずご飯を食べよう、学校に行こう。
「浮世絵中学ね……」
見知ったはずの道なのに、昨日読んだ漫画に出てきた地名に変わっている。それがちょっと変な感じ。同じクラスメイト、同じ席順、同じ担任、昨日までの続きの授業。窓の外に広がる景色も何もかもが同じで、でもやっぱり違ってる。たとえば斜め前の多田さんのファッションとか、カバンについたキーホルダーとか、男の子たちの話題とか。
なんていうか、我を忘れるほどに困惑するとか、そういった反応はもうできない。小鬼として十何年も生きて、椿の妖怪に殺されたと思ったら生まれ変わっていて――今度は時代を遡った。もう何が起きても驚けないよ。
なんだか地に足がついていないようなふわふわとした気分を持て余しながら帰路を歩いていれば、昔の私みたいな小鬼が二匹、電信柱に付けられた小さな朱色の鳥居の前で「ここは神社に違いない」とか「いや、これは神様の通り道なんだ」とか騒いでいるのを見つけた。懐かしいなぁ、生まれ変わってからは一度も妖怪を見なかったし。
「ふふ、それは立小便させないためのものだよ」
十二年ぶりの同族につい和んで口出ししてしまった。小鬼たちがビクリと私を振り返って目を真ん丸にする。
「おまえ、これがなにか知ってるのか!」
「ええ。誰も神社で立小便なんてしないでしょう、そんな汚いことできないでしょう。だからそれは『神社に関わり合いのある鳥居に小便をひっかけるなんてことしないだろう』ということで付けられているのよ」
「へえ、べんきょーになった!」
「オイラ、こけひめの神社で小便しようとしたらたたき出されたことあるぞ!」
「……それは当然でしょう」
それは怒られて当然だね。
「じゃあ、可愛い小鬼の御友達、私はもう帰るわね」
携帯なんて一般的じゃないこの時代だし、帰宅が遅れれば親が誘拐を心配する。
「またあした、ここに来るか?」
「おはなしするぞ!」
「月曜日から金曜日はこの時間にここへ来るわ。明日の土曜日はお昼にここを通るから会える可能性は低いでしょうね」
どうやら懐かれたらしく足元をちょろちょろと回る二人にそう言えば、じゃあ来週会おうなと元気に言われた。明日の土曜日は四時間目までの授業だから、私に会おうと思うと昼ごろずっとここに貼り付いていないといけない。まあ当然の判断。
「じゃあね」
手を振って去ろうとした私に小鬼が思い出したように叫んだ。
「そーだ! おまえ、名前!」
「名前はなんだー!?」
「鈴川若菜。そうね、鈴って呼んでくれる?」
かつて仲間であった小鬼にはそう呼んでほしい。そう思っての言葉だった――それがまさか彼の耳に入るなんて、彼が小鬼の言葉を理解できるようになってたなんて、思いもしなかったよ。
+++++++++ 三周年リクその4、小鬼シリーズでリハン贔屓――をすっかり忘れて書いてしまった分。というわけで、今日は小鬼を二話上げます。一話目はコレ、二話目はリクエスト。 10/22.2012
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