黒羽根のタンツェン2



 幼い時に身に付けた無表情と無口。誰も彼も同じにしか見えない白人女相手では興奮もしないから、マフィア学校の高等部では入学当初から「既に女がいるのでは」だの「ストイックで恰好良い」だのと、言われの無い悪評も含めて周囲は騒がしかった。

 噂に忙しい周囲が煩わしく、そういえば数歳下に跳ね馬のディーノがいたはずだと思い出した。奴と交流を持てば、何かしら理由を付けては日本に行っているようにしか見えない奴に同行して日本へ……というごく自然で誰にも奇異の目を向けられないだろう――そう思い、校舎の散策のふりをして中等部へ入りこんだ。アイツはいくつ下だっけ、二歳かそこらじゃなかったか。なら今は中二かそこらか、ガキだな。

 厳重な警備の目も、ここに通う学生相手では緩む。オレが通う高等部と中等部は隣接しており、誰に見咎められることもなく中等部の敷地内へ入ることができた。周囲をぐるっと見回す――金髪の見るからに細っこいガキが木の陰で三角座りしている。心細そうな目が昔のオレを彷彿とさせ、なんだか放っておけなかった。


「おい餓鬼」

「ハイっ!」


 十一歳で声変わりをしてから、オレはやけにドスの効いた低い声になった。低い声に怒られるとでも思ったのかすぐにオレのいる方向を向いて直立したソイツは、オレが高等部の制服を着ていることに目を丸くした。近くに駆け寄って来て直立する様子は礼儀正しい。


「先輩ですか?」

「ああ。高等部からの入学なもんでな、校舎を散策していた。テメーはあんなところで頭にキノコ生やらかしてどうした」

「キノコ生やすって、いえ、何でもないです。ここで座ってたのは、あの……えっと、言わなきゃ駄目ですか」


 気が弱いかと思えば、ちゃんと自己主張も出来るようだ。言いたくなければそれで良いと首を横に振れば安心したように息を吐くソイツ。


「オレんち、言いたくないんですけど、かなりデカいんです。でも跡取りのオレがこんなだから馬鹿にされちゃって――ファミリーのお先も真っ暗だな……なんて……」


 へにょりと眉尻を下げて行くソイツは、眉尻だけでなく頭もどんどん下を向いて行った。さっきのはどうやら凹んでいた最中だったらしい。その頭にポンと手を乗せて、力いっぱい撫でる。なんだこいつ、可愛い奴だな。親思いでファミリー思いなんだろう。自分が罵られるより、ファミリーために自分が何も出来ないことを恥じるところが好印象だ。


「自然にファミリーのためを考えられる奴じゃねーとマフィアのドンなんて勤まらねぇよ。お前はきっと、部下から慕われるドンになれるぜ、絶対な」


 九代目の爺さんはオレを我が子の様に愛そうとしているんだろう、努力は見える。が、オレは爺さんと家族ごっこをしたいわけではなく、ただ日本人になりたいのだ。心底どうでも良いとしか言いようがない。家庭教師から爺さんが善政を敷いているとか聞かされても困るし、爺さんの政策に対する意見を求められても「さあ、良いんじゃね」としか言えない。どうせ後継ぎは日本でのほほんと過してやがる沢田綱吉だからな、オレは愚男で良いんだよ。大学は出たいが。


「えと、有難うございますっ! 先輩もスッゲー恰好良くて、オレが部下なら自慢のドンです!」

「礼を言われることじゃねぇよ。それにオレはドンにはなんねぇしな――んじゃあオレは散策に戻る」


 じゃあな、と背中を向けて手を上げ、跳ね馬を探す散歩を再開する。んで、あの馬鹿みたいに明るい跳ね馬のディーノには、一体どこに行けば会えるんだ?




 昨日はスゲーカッケー人に会った。名前はお互い名乗らなかったから分らないけど、渋くてクールだ。本当に同じイタリア人かって思うくらい硬派な雰囲気をしてて、絶対あの人はモテモテだって確信がある。……ストイックなのに大人の色気が滲みでてるんだぜ? 男のオレでも惚れそうなくらいだかんな。見た目真面目そうって言うかキツそうなのに、オレが凹んでるって知ったら頭をクシャッと、なんか親父がするみたいに撫でてさ。

 あの人、本当に高校生か? 高校からの入学で散策してたってことはまだ高一だろ? あれで高一とか詐欺だ。『自然にファミリーのためを考えられる奴じゃねーとマフィアのドンなんて勤まらねぇよ。お前はきっと、部下から慕われるドンになれるぜ、絶対な』なんて滅茶苦茶恰好良いし! 本当にありえねー!

 顔は覚えたっていうか忘れられるわけがない。あんな紅い瞳を持った人なんて他に見たことないし、カッケーし。――また会えたら良いな、と思いつつ今日もまた学校に来て。

 噂を聞き、耳を疑った。昨日ボンゴレの御曹司が中等部に散策に来た? 覇気にやられて倒れる生徒が続出で、偶然学校へ戻って来てたスクアーロが恋に落ちた? は?


「ちょ、その噂は本当なのか!? 昨日ここにボンゴレの次期ボスが来たって!」


 講義室内で談笑していたクラスメイトに詰め寄る様にして訊ねれば、「畏れ多くも校舎の二階からその姿を拝見したんだ、羨ましいだろう」とソイツは胸を張った。マジかよ! ボンゴレの次期ドンであるザンザスって言えば、まだ社交界にはデビューしてないとはいえその才能と覇気の凄まじさはマフィア界でも噂の的だ。イタリア男には珍しいストイックさが逆に色っぽいと言う、黒髪に紅の瞳の高等部一年――あれ? あ、れ?


「え、えええええええ!?」

「キャッバローネの、うるせーから黙れ!」


 だって、ザンザスは「近寄れば撃つ」と言わんばかりの雰囲気をしてるって、周囲を拒絶してる瞳がクールだって、無表情に無口が平常運転だって聞いたぞ、オレ! でもあの人かなり優しかったし雄弁だったぞ!?


「だって、いや、嘘だろ」

「嘘じゃねーよ! オレは確かにザンザス様をこの目で見たんだ!!」


 自分の見た事実が信じられなくてつい呟けば、自分に向けられた言葉だと思ったんだろう、相手がキレ気味に怒鳴った。

 だって優しかったんだ。ザンザスの炎は『憤怒の炎』だって聞いた。憤怒の炎は周囲を拒絶する炎だって、オレは知ってる。怒り狂う感情の発露が憤怒の炎なんだって。あんなに落ちついていてどっしりと構えた人が憤怒の炎の持ち主? なら、一体あの人は何に対して怒り狂ってるってんだ?

 そして、最後に交わした言葉を思い出した。『オレはドンにはなんねぇ』。どういうことなんだ? 継承権第一位のザンザスが何故ドンになれないんだ。あの人以外に誰がボンゴレを率いることができる? 彼以上にドンに相応しい男はいない。オレにはその確信がある。

 ――調べよう。何故ザンザスがドンになれねーのか。そしてその不安要素をぶっ壊して、言うんだ。あんたこそがボンゴレのドンに相応しい、って。




+++++++++
 実に悲しきは「なれない」のではなく「ならない」のだと理解してもらえないこと……本人も周囲も大真面目にすれ違う。チキンでもないし自覚のない最強設定でもないが、転生主が自分の夢を語らない限り、その望みの方向性は勘違いされたままという。
 こんなのも勘違い系だと思うのです。
09/13.2012

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