赤ちゃんとボク12



「ここはトリックタワーと呼ばれる塔のてっぺんです。ここが三次試験のスタート地点になります」


 豆男がそう解説する中、おしゃぶりを口にくわえた赤ん坊の存在が気になるんだろう、受験生たちがボクの抱いたリンネをチラチラと見てくる。集中力が足りないよ。


「ひまぁ」

「んー、そろそろスタートだと思うから待とうね☆」


 口からおしゃぶりを外そうとするリンネの口に再びそれを突っ込んで黙らせる。もぐもぐ口を動かして文句を言いたそうだけど、ね。


「おや、やっと面白そうな試験になったじゃないか☆」

「むう! むううう!」


 暴れるリンネを抑えつけて周囲に足を滑らせる。外が駄目なら中から行くのが順当、そう見えないだけで、扉が絶対にあるはず。


「ここだ☆」


 斜めになった床板を滑り降りるように中へ入れば、戦いの道と書かれた札が立っていた。どうやら向こうとしては一人用のルートのつもりだったみたいだけど――ボクはリンネを抱っこしてるからねぇ。


「パパ、俺は歩けるんだぞ!」

「ウン。でもボクが抱っこしていたいからしばらくこのままでね☆」

「歩きたい!」

「後でね」


 おしゃぶりを吐きだしたリンネが眉をつり上げて主張してきたけど、今は無視。置かれていた腕時計を付ければ扉が開き、一本道が下へ続いていた。


「リンネ、舌を噛まないようにするんだよ☆」

「そっ」


 何を言いかけたのかは知らないけど、ボクが走り出したためリンネは口を閉じた。プニプニのほっぺが風圧でぶるぶると振えているのが可愛らしい。五分もすれば口を閉じていられなくなって小さな口を大きく開いて「うぇうぇ」言っている。

 ただひたすららせん階段を降り続けて二十分。下へ降りる階段は岩で塞がれ、他の道を探すことになった。これは――誘導されてるんだろうね。仕方なく扉の並ぶ廊下を進む。

 横幅は1.5メートル程で、石造りで窓がないせいか少しばかりの圧迫感。くたびれて脱力しているリンネの頬を突きながら歩けば壁越しに殺気……ここに試験官でもいるのかな?


「おや☆」


 その部屋の扉だろう壁が軋みながら向こう側に倒れていく。リンネの頬を掴んで不細工な顔にしたら手を叩かれた。

 室内に入れば見覚えがあるようなないような男がいて、ボクを待っていただとか言いながら立ちあがる。あんまり見れた顔じゃないから、そういう意味で見覚えがあるわけでもない。服装や髪形のセンスもボクの好みじゃないから違う。どこで見たんだろう?


「今年は試験官ではなく、ただの復讐者としてな」


 あ、去年ボクが半殺しにした試験官じゃないか。


「去年の試験以来、貴様を殺すことだけ考えてきた。このキズの恨み……今日こそ、晴らすっ!!」


 試験官は剃りの強い短刀を振り回す。あんまり去年と変わってない気がする。


「その割にはあまり進歩してないね☆」


 でも、リンネには危ないかもしれない。巻き込まれた――なんてなったら目も当てられないからね。というわけでリンネ、端っこにいるんだよ?


「うぇーい」


 まだ酔いが治まらないのかよたよたと壁際に向かうリンネにハラハラする。赤ん坊が初めて歩くのを見ている気分だ。こけやしないか心配だよ。


「ここからだ」


 試験官はどうだと言わんばかりににやりと笑うと、もう一本、そしてまた二本と刀を増やした。


「無限四刀流ぅ! くらえ!!」


 去年はただのカスでしかなかった彼だけど、今年はどうなんだろう? そう思ってしばらくやり合ってみることにする。先ず二本が先行して投げられ、その後に本人がボクの懐に飛び込み蹴りを繰り出す――まあ避けられるけど。

 そこに、ギュンギュンという音と共に後ろから先の二本がボクに向かう。ちょっとこれは避けにくいかな? 左脇腹と右肩に刃を受けて少し切られた。


「くくくくく、上下左右正面背後!! あらゆる角度から無数の刃が貴様を切り刻む!! この無限攻撃をかわすのは不可能!! ははは、苦痛にもがいてのたうちまわれ!!」


 正面背後って、前後って言えば良いんじゃないの? どうやら彼は頭の中も残念だったみたいだ。


「そして死ね!!」


 そう言って飛びかかってきた彼だけど――

 向かってきた短刀を二本とも受け止める。


「確かに避けるのは難しそう☆」


 面倒なだけだけどね。


「なら、止めちゃえば良いんだよねー☆」


 手の中の短刀を、彼がしていたように振り回す。案外簡単じゃないか。


「なんだ☆ 思ったより簡単なんだ☆――無駄な努力、御苦労様☆」


 その最後の言葉が止めになったのか試験官は弱い犬の様に吼え、短刀を振り回してリンネへ、投げつけた。





+++++++++
 今回は「引き」をわざとらしく作ってみた。どうだろう……。
2012/06/16

- 64/511 -
*前目次次#

レビュー・0件


第4回BLove小説・漫画コンテスト応募作品募集中!
テーマ「推しとの恋」
- ナノ -