赤ちゃんとボク8



 試験官の前にスシもどきを持った受験生が並ぶ。ボクらの前には三人しか並んでないからすぐに順番がくる。だけど――


「ニギリが強すぎる!」

「ネタの切り方が悪い!」

「不味い!」


 どうしよう、この試験官を滅茶苦茶にしたくなってくるよ。美味しいスシを食べることが仕事じゃなくて、合格不合格を判断するのがキミの仕事だろう? 勘違いしてないかな……来年受験し直しても良い気がしてきた。


「あら!」


 リンネが差し出したスシに試験官が目を見開く。


「あんた、どうして魚にしなかったわけ? あのハゲが言ったのは魚の切り身ってだけよ」

「川魚は寄生虫がいるだろう。生で食べるのは流石にはばかられるからな、加熱できる食材にするべきだと思ったんだぞ」

「ふーん。考えてるのね。これ、乗ってるのはマヨネーズね? スシに唐揚げとマヨネーズって斬新だわ……ホントに合うのかしら」

「食う前に迷ってどうするんだ、美食ハンターなんだろ」

「まあそうね」


 試験官は奇妙そうな顔をし、リンネのスシに黒い液体を付けようとした。


「おっと、醤油はかけない方が良いぞ」

「そうなの? ならこのままで」


 でもこのマヨネーズ酸化してない? と言いながらスシを口にした試験官は、次の瞬間目を見開いた。


「どうだ、自信作だぞ」


 コクコクと頷きながら咀嚼する女。後ろでもう一人の試験官が物欲しそうに空の皿を見下ろしてる。


「少し黄色かったのはからしマヨだったからなのね? 美味しいわ、これは。酢飯に唐揚げとからしマヨなんて新しくて面白い! それと川魚に関する知識から他の食材にチェンジする柔軟性は素晴らしいわ。文句なしよ」

「そうだろう! オレとパパの合作だぞ」

「なら四十四番と四百六番、あんたたち二人は合格!」


 オレも食べたい、と主張するもう一人の試験官のためにリンネは調理台に戻った。ボクはこの女に聞きたいことがあるんだよね。


「ねえ☆」

「なによ、四十四番」

「キミの試験はおかしいと言いたくて☆ 合格者を出そうという考えが全く見えてこないんだ☆ あのハゲ頭は偶然スシの作り方を知っていたみたいだけど、そうすると合格者はあのハゲ頭だけになった可能性が限りなく高いよね? 受験生のほとんどは脳筋だと言ってもキミの出したヒントはあまりに少なすぎる☆」

「……なんですって?」

「先ずはキミが持っている箸――箸には摘むこと以外にも使用法があるだろう? たとえばほぐす、かき混ぜる、切る、とかね☆ つまり受験生は『スシ』が一口サイズのものに限定できない。次に、その小皿の醤油――調理台にある黒い液体と、キミの小皿の黒い液体が同一のものであるだなんてどうやって知れば良いんだい。キミのテーブルの上にあるものを確認しきる前に次の順番が呼ばれて追い出されるって言うのに☆

 また、ボクたちに用意された皿の大きさ。スシを一個置くにはあまりに大きすぎると思うんだよね☆ はっきり言えば、キミがヒントのつもりだったモノのほとんどは実際のところヒントにさえならなかったってことだ☆」


 試験官はぐっと唇を噛む。


「ま、もう合格したボクにはどうでも良いことだけど☆」


 調理台に戻ればリンネがスシを三つ作っていた。一つはあの男の試験官として、残りは――


「はい、パパ」

「おや、ボクの分も作ってくれたのかい?」

「まあな。もう一つはパパの知り合いにでもやれば良い、ヒントにはなるだろうからな」


 じゃああのブタにスシやってくる、ペットに餌をやるような調子のリンネ。まあリンネからすればあの試験官もペットみたいなものだろう。だってリンネの方が何倍も強いんだし。


「……ギタラクル」


 ハンター証が必要だというイルミの合格のため、彼にガムを飛ばした。





+++++++++
 ジャポン出身のハンゾーの様子から考えるに、変わり種のスシはこの世界に存在しないと思われ。
2012/06/07

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